辺境ぐうたら日記 〜気づいたら村の守り神になってた〜

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第1章【欲求のままに生きる】

第1話「目覚めたら辺境だった」

目を開けたら、空が青かった。

やけに青い。

都会の空じゃない。雲一つない、抜けるような青。

風が吹いて、頬を撫でた。草の匂いがする。土の匂いも。

「……は?」

体を起こす。

周りは森だ。見たこともない木が生い茂り、聞いたこともない鳥の声が響いている。

葉っぱが風で揺れてる。木漏れ日が、地面に模様を作ってる。

俺は、さっきまで自分の部屋にいたはずだ。

夜勤明けで、ベッドに倒れ込んで。

それなのに今、森の中にいる。

草の上に寝てた。服は作業着のまま。ポケットを探る。

スマホもない。財布もない。鍵も。

全部、消えてる。

「……マジか」

立ち上がる。

足元はふかふかした土。靴は無事だ。それだけが救い。

空気が妙に美味い。肺が喜んでる気がする。深呼吸すると、胸の奥まで冷たい空気が届く。

でも、状況が分からない。

異世界転移、ってやつか?

いや、そんなバカな。

漫画じゃあるまいし。

でも現実問題、ここはどう見ても日本じゃない。

木の種類が違う。鳥の声も違う。何より、空気が違う。

森を見回す。

獣道みたいなのがある。踏み固められた土の道。

とりあえず歩いてみるか。

考えるのは後でいい。

腹が減った。喉も渇いた。

今は水と食い物だ。

生存本能が、そう言ってる。


森を歩く。

足元の草を踏みしめる音。鳥の声。遠くで何かの動物が鳴いてる。

怖くはない。

不思議と、危険を感じない。

森は静かで、穏やかだ。

どれくらい歩いただろう。

木々の隙間から、光が差し込んだ。

開けた場所が近い。

歩みを早める。

そして、森を抜けた。

目の前に、畑が広がっていた。

緑の葉っぱ。茶色い土。

畑の向こうに、家が見える。

村だ。

小さな村。家は木造で、屋根は藁葺き。煙突から煙が上がってる。

中世ヨーロッパみたいな感じ。

畑では数人が作業してる。

鍬を持って、土を耕してる人。水を運んでる人。

俺を見て、動きが止まった。

全員が、こっちを見てる。

警戒してる目だ。

「……あの」

声をかける。

中年の男が、鍬を持ったまま近づいてくる。

筋肉質な体。日焼けした顔。目は鋭い。

「誰だ、お前は」

日本語じゃない。

でも、意味が分かる。

不思議と、相手の言葉が理解できる。口を開けば、自然と言葉が出てくる。

「えっと、迷ったんです。森で目が覚めて、それで」

「森で?」

男は眉をひそめた。

「一人で森を抜けてきたのか」

「はい」

「……運がいいな。魔物に襲われなかったのは奇跡だ」

魔物。

やっぱり異世界か。

「水とか、分けてもらえませんか」

男はしばらく俺を見て、それから村の奥を指さした。

「村長のところに行け。勝手なことはするな」

「ありがとうございます」

頭を下げる。

男は怪訝そうな顔をしたまま、また畑に戻った。

他の村人も、ちらちらとこっちを見てる。

よそ者は珍しいんだろう。

俺は村の中を歩いた。


村は小さかった。

家が十数軒。畑と、井戸と、小さな広場。

子どもが数人、広場で遊んでる。

俺を見て、ぴたりと動きを止めた。

それから、家の中に駆け込んだ。

「お母さん!変な人が来た!」

変な人扱いか。

まあ、仕方ない。

村長の家は、村の中央にあった。

少し大きめの家。扉を叩く。

「はい」

中から声がした。

扉が開く。

初老の男が立っていた。

白髪交じりの髪と、日焼けした顔。目は優しいけど、どこか疲れてる。

「村長さんですか」

「そうだが」

「迷った旅人です。水と、できれば少し食べ物を分けてもらえませんか」

村長はしばらく俺を見た。

それから、家の中に入るよう手招きした。

「入れ」


家の中は質素だった。

木のテーブルと椅子。暖炉。棚に食器が並んでる。

村長は椅子を勧めてくれた。

「座れ」

「ありがとうございます」

村長は水差しから水を注いで、俺に差し出した。

「飲め」

「すみません」

一口飲む。

冷たい。美味い。

喉が潤う。生き返る気がする。

「どこから来た」

「……覚えてないんです。気づいたら森の中にいて」

嘘じゃない。本当のことだ。

ただ、異世界から来たとは言えない。

村長は腕を組んだ。

「記憶がないのか」

「いえ、名前とかは覚えてます。ただ、どうやってここに来たのかが」

「ふむ」

村長は考え込んだ。

「この村には宿もないし、商人もめったに来ない。だが、困った者を見捨てるわけにもいかん」

「本当にすみません」

「謝るな。お前が悪いわけじゃない」

村長は立ち上がって、棚からパンを取り出した。

硬そうなパン。それと、干し肉。

「これを食え。腹が減ってるんだろう」

「ありがとうございます」

パンを齧る。

硬い。でも、美味い。

噛めば噛むほど、味が出る。

干し肉も、塩気が効いてて美味い。

「ただし、働くんだぞ。タダ飯は食わせん」

「もちろんです」

村長は笑った。

「素直でいい。名前は?」

「アキトです」

「アキト、か。変わった名だな。まあいい。しばらくここにいるといい」

「本当にありがとうございます」

「礼はいい。働いてくれればそれでいい」

村長は窓の外を見た。

「この村は貧しい。土地は痩せてるし、雨も少ない。人手はいくらあっても足りん」

「何でも手伝います」

「期待してるぞ」


その日から、俺は村で暮らすことになった。

与えられたのは、村外れの小屋。

ボロい。壁は隙間だらけ。屋根も穴が開いてる。

でも、雨風は凌げる。

ベッドはない。藁を敷いただけの床。

毛布も薄い。

でも、寝られるだけマシだ。

文句を言える立場じゃない。

夕方になった。

村長が薪を持ってきてくれた。

「夜は冷える。火を焚け」

「ありがとうございます」

「明日から畑仕事を手伝ってもらう。早く寝ろよ」

「はい」

村長は去っていった。

俺は小屋の外で、焚き火を起こした。

薪を組んで、火打ち石で火花を散らす。

村長が教えてくれたやり方。

何度か失敗して、ようやく火がついた。

炎が揺れる。

煙が上がって、夕焼け空に溶けていく。

火が爆ぜる音。

パチパチと、リズムを刻む。

この世界、星がやけに多い。

空が暗くなると、星が現れ始めた。

天の川がくっきり見える。

こんなにたくさんの星、都会じゃ見られない。

「……まあ、悪くないか」

火の温かさが心地いい。

煙の匂いも、嫌いじゃない。

腹は減ってるけど、今日はもう寝よう。

明日から働けば、飯も食える。

そう思って、小屋に戻ろうとした時。

ふと、足元を見た。

「……ん?」

焚き火の周りの草が、妙に元気な気がする。

さっきまで枯れかけてたはずなのに。

よく見ると、芽が出てる。

小さな、緑の芽。

「気のせいか」

疲れてるんだろう。

目の錯覚だ。

俺は小屋に入って、藁の上に横になった。

薄い毛布をかぶる。

体中が痛い。歩き疲れた。

でも、不思議と悪い気分じゃない。

静かだ。

鳥の声も、虫の声もする。

風が吹いて、木々が揺れる音。

都会にはない、静けさ。

目を閉じる。

すぐに、眠りが訪れた。


翌朝。

ドアを叩く音で目が覚めた。

「おい、アキト」

村長の声だ。

体を起こす。体が重い。

「はい」

扉を開ける。

村長が立っていた。その後ろに、村人が数人。

「お前、昨日何かしたか?」

「何かって?」

「焚き火の周りを見てみろ」

外に出る。

朝日が眩しい。

焚き火の跡の周り。

昨日、芽が出てた場所。

そこには、花が咲いていた。

一晩で。

白い、小さな花。

でも、たくさん。

まるで春が来たみたいに。

焚き火を中心に、半径数メートル。

そこだけ、花畑になってる。

「……は?」

村人たちは、俺を見ている。

驚いた顔。畏れた顔。

「こんなこと、初めてだ」

村長が呟いた。

「この村の土は痩せてる。雨も少ない。花なんて、めったに咲かない」

「それが一晩で……」

若い男が言った。

「奇跡だ」

誰かが言った。

「あの方が、奇跡を起こしたんだ」

俺は首を振った。

「いや、俺は何もしてない。ただ焚き火しただけで」

「謙遜なさることはない」

村長が言った。

「お前が来てから、何かが変わった。それは確かだ」

村人たちは、俺に頭を下げた。

深々と。

「……え」

何が起きてるんだ。

俺はただ、火を起こして寝ただけなのに。

花が咲いたのは、偶然だろう。

たまたまだ。

「あの、本当に何もしてないんですけど」

「いいんだ」

村長が言った。

「お前がどう思おうと、花は咲いた。それが全てだ」

村人たちは、花を見ている。

嬉しそうな顔。

希望に満ちた顔。

「神様が、遣わしてくれたんだ」

老婆が言った。

「この村を救うために」

俺は何も言えなかった。


その日、村中が騒がしかった。

「奇跡の人だ」

「神の使いかもしれない」

「いや、ただの旅人だろう」

色々な声が聞こえる。

俺は小屋に引きこもった。

面倒くさい。

ただ普通に過ごしたいだけなのに。

でも、腹は減る。

村長が持ってきてくれたパンを齧る。

今日のは少し柔らかい。チーズも添えてある。

硬いけど、美味い。

水も、井戸から汲んだやつ。冷たくて気持ちいい。

窓の外を見ると、村人が花の周りに集まってる。

子どもたちが、花を摘んでる。

笑ってる。

「……まあ、いいか」

花が咲いて、喜んでるなら。

それでいい。

俺は何もしてないけど、結果的に良かったなら。

寝床がある。

食い物がある。

それだけで十分だ。

騒ぎなんて、そのうち収まるだろう。

俺は小屋の中で、ゆっくり目を閉じた。

外では相変わらず、村人の声が聞こえる。

でも、それも遠くなって。

心地よい疲れが、体を包む。

やがて、静かな眠りが訪れた。


そうして、俺の異世界生活が始まった。

のんびりと。

マイペースに。

ただ、自分の欲望に従って。

この村で、どんな日々が待ってるのかなんて、俺は知らない。

ただ、

美味しく食べて、気持ちよく寝られればいい。

それだけだ。

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