第一章:1 整えられた死-1

 十一月十五日 八時。

 

 朝靄の掛かる、町の外れの河川敷。

 ススキが生い茂った草むらの中で、彼女は見つかった。

 壊れた人形のように。しかし、美しく整えられていた。

 

「高瀬さん! こっちです!」

 土手の脇に車を止めた高瀬を、河川敷の柴田が呼ぶ。

 濡れた草が生えた土手を慎重に下りて行く。百メートル先まで行けば階段があったが、そこまで行く時間が惜しかった。

 高瀬文孝たかせふみたか柴田義彦しばたよしひこは、警視庁捜査一課特殊事件対策室の刑事だ。名前は厳めしいが、その実態は捜査一課の助っ人や、あぶれた事案の請負屋である。所謂、捜査課のお荷物部署だ。

「さびぃな」

 川から吹き付ける風が頬を刺す。高瀬は鼻を啜るとコートの襟を立て、忙しなく踵を上げ下げした。

「ここ最近急に冷え込んできましたからね。あ、こちらです」

 柴田に並んで草むらの中に入る。セイタカアワダチソウと、ススキの葉や穂が顔に当たって痒い。

 こんな背の高い草むらの中で良く見つかったと思うが、見つけたのは散歩中の飼い犬だと聞けば納得も行く。

 その時、デジカメの電子音が聞こえた。

 柴田が草を掻き分ける。

 すると、ぽっかりと空いたスペースで、制服姿の女の子が鑑識の白いフラッシュを浴びて眠っているのが見えた。胸の上で手を組み、バラの花びらを散らしたように見えるのは血か──。

 死んでいると一目で分かる。なのに、ただ静かに眠っているかのように整えられ、吹きっ晒しの河川敷で横たえられている。周囲に生えたススキは、さながら天蓋のレースのように彼女を包み、セイタカアワダチソウの黄色い花が、彼女を美しく彩っていた。

 その現実離れした姿を目にした途端、川の水音が近づき、穴を掘る音が頭の中で鳴り響いた。

 高瀬は軽く頭を振った。

 感じたのは既視感だ。とはいえ、日々殺人事件や事故現場を見ている。その中で見た若い娘の死体と重なったのかもしれない。

 しかし、背中に張り付く違和感が消える事はなかった。


「お疲れ、タカちゃん」

 背後から声を掛けられ振り返ると、白髪頭の痩せた男が立っていた。

 一見すると、昼行燈のようなこの好々爺は、警視庁でも有名な切れ者鑑識員、竹山誠吉たけやませいきちである。その見てくれとは裏腹に、竹山は幾度となく、難事件を卓越した鑑識技術と推理力で解決に導いてきた。

 それゆえに、警視庁内の曲者刑事たちも、この竹山には一目置いている。

 それは高瀬も同じだった。警視庁の狂犬と名高いこの男が、竹山の前では子犬と変わらない。

 高瀬はニッと笑う片手をあげた。

「お疲れさんです。さみぃっすね」

「そやな。早いこと終わらせて、娘さんを風の当たらんとこ連れてったらな。可哀想やわ」

 そう言うと、竹山は膝をつき、そっと少女に手を合わせる。すると周囲の鑑識員も一斉に手を合わせた。

 擦れ合い、乾いた音を立てていた雑草が動きを止める。

 ほんの僅か、彼女を悼む静かな時間が流れた。


 よっこらしょと立ち上がると、竹山は膝を払った。

「手を胸で組ませ、血を花弁に散らし、頭を北枕に──。こりゃ『整え』や。美しく見せることそのものが目的やろ。殺しより『死を見せる』が先に立っとるな」

「死を見せる……ですか」

 竹山は頷くと、高瀬を振り返った。その目が、鋭く光る。

「葬式がしたかったんかもしれん」

 竹山の言葉に高瀬は言葉を失い、河川敷の枯草が、高瀬の心情に呼応するかのようにざわざわと騒いだ。

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