カクヨム版(改訂) 鎧の姫

キムラましゅろう

第1話 美貌の王子の婚約者


オリオル王国第二王子オリオル・オ・アズベルト・ジオルド十七歳は、西方大陸史上最も美しい王子だと謳われていた。


長身痩躯にして均整の取れた筋肉を纏い、ベージュグレイブロンドの髪にアメジストの瞳を持つ絶世の美青年。

生まれ落ちた瞬間からその美貌を讃えられ、小さな赤子を巡って実母や乳母、専属侍女や女官や女性護衛騎士、そして産婆や女性医療魔術師による彼の争奪戦が始まったという。


それに呆れ果てた父である国王の差配により、彼の身の回りの人間は厳選された選りすぐりの常識人だけで固められたのだった。


しかし成長するにつれますますその美しさに磨きが掛かってゆくジオルド。


彼が踏みしめた足跡には大輪の薔薇が咲き綻び、彼の入浴した後の湯は芳醇なワインに変わり、そして彼の視線が向けられた先には虹が差す……というまるでいにしえ聖人の逸話のようなことが真しやかに語られていたのであった。


そんなジオルドだが、王族だからこそ様々な国の様々な身分の者と共に学び切磋琢磨するべし……というオリオル王家の慣例に倣い、ハイラント魔法学校に通っている。

兄王子に不幸でもないかぎり、彼が王位を継ぐことはないが、のちの世に兄王を支える忠臣となるべく、日々勉学や武術の鍛錬を真摯に取り組んでいるのだ。


しかしそんな勤勉な彼を他所に、我こそがジオルドの最愛となるに相応しいと声高らかに宣言する女子生徒が後を絶たず、水面下でもおおっ広げでもそこかしこで熾烈な争いが繰り広げている。


全学年のほとんどの女子生徒が内心ジオルドの最愛になる事を望んでいると言っても過言ではないのだが、現在表立って最前列で争っている女子生徒が三名。

その女子生徒三名共、本来なら彼女たち一人ひとりが主役を張れる肩書きをもつ存在なのだ。


異世界から転生したという、前世の記憶をフル活用して巧みに世渡りをする美貌の公爵令嬢。


市井で生まれたにも関わらず、その高い神聖力を認められて聖女となった、庇護欲を掻き立てられる愛らしい小動物系聖女。


モブというありふれた容姿のありふれた身分でありながら、何故か類稀たぐいまれなる魔力を持つチートなモブ令嬢。


この三名のうち誰がジオルドに選ばれてもおかしくはない、と言わしめるほどの実力者ばかりであった。


隙あらばジオルドの隣を独占しようといつも画策している、その三名の女子生徒。

卒業まであと一年。

ジオルドと同学年であるこの三名の中で、卒業に合わせて選出されるという王子妃に誰が選ばれるのか。それを学園中が、そして本人たちが刮目していたのだった。


しかしここに来て、誰もが予想だにしなかったダークホースが現れる。


たった一年だけの遊学として入学した小国の末の姫君、イコリス・オ・ルル・チェルシー殿下十七歳。

彼女はジオルドの縁戚で、幼い頃から彼と親交があるという。


厄介な女が現れたーー!

と、転生公爵令嬢も小動物系聖女もチートモブ令嬢も思い、焦燥感を募らせた。

だがそのチェルシー姫の姿を一目見た瞬間に、

「これまた凄いのが来た。だけど私の敵ではないわ」と各々安堵したという。

容姿、外見を見て判断するとはなんとも失礼ではあるが、ここ場合は致し方ないのかもしれない。


だってチェルシー姫は、厳ついフルプレートメイルを全身に纏った鎧姿であったのだから……。


なぜ鎧姿?

皆がそう等しく疑問に思うも、なぜか誰も口にする度胸がない。

何か深い意味があるのか無いのか。一国の姫が全身を鎧で包まれているという事実が恐ろしく、どうしても理由わけを尋ねることができなかったのだ。


物語の中では、鎧や仮面の下は実は美少女だった……というのが定石セオリーだというが、全長二メートルの重量級フルアーマーを装備して軽々動ける女性など、まず以てそれに見合う体格であることが窺える。

いくら仲の良い幼馴染だとしてもそんなゴツましい姫がジオルドの想い人であるはずはないし、選ばれるわけがない。


イコリスは小国でありながら大陸最強の騎士団を有し、先々代の女王の王配により国力を増した力のある国である。

それゆえに政略婚としては、チェルシー姫はジオルドの妃として釣り合いがとれた相応しい相手だといえる。

だがあれは無い。

あれだけは絶対に無い。

と三名の女子生徒は思い、それぞれほくそ笑んだのだった。


しかし、その予想は見事に覆される。

チェルシーが入学して早々に、三名の女子生徒は信じ難い現実を突きつけられた。


「チェルシー。私の最愛、私の命。キミがこの学校に来てくれるのをどれほど待ち望んだことか。これから一年間、毎日キミに会えるのが嬉しくてたまらないよ」


学園に在する誰もが聞いたこともないような甘く優しい声でジオルドがチェルシーに向かってそう言うと、鎧兜の内側から発せられたくぐもった声でチェルシーが巨躯をもじもじさせて答える。


「ジオ様。わたくしもジオ様と共に学べる喜びを噛み締めております。一年間の遊学をお認め下さった学園長先生(白髪のおかっぱ頭)に改めてお礼を申しあげねばなりませんわ」


そんなチェルシーの指先までガッチリと鎧で覆われた手を、ジオルドは繊細な飴細工を扱うかの様に優しく触れる。

しかも慈しむような、愛しさに溢れた眼差しでチェルシーを見つめながら。

ジオルドとチェルシーは、誰も立ち入れない二人だけの世界にどっぷりと浸っているのだった。


だがはたから見れば、美の女神も平伏すほどの美貌を持ち、王族の権威に満ち溢れたジオルドと、彼の身長を優に越す巨躯の鎧の騎士が共に手を取り合い、戦の勝利でも喜んでいるようにしか映らない。

それでも二人から漂うピンクの雰囲気に危機を感じた転生公爵令嬢が、思い切ってジオルドに尋ねた。


「ジ…ジオルド殿下、こちらのチェルシー殿下とは幼馴染でいらっしゃるとか……?」


対するジオルドは、咲き綻ぶ花のかんばせ(要するに微笑んでる)でその問いかけに答える。


「ああ。チェルシーとは物心つく前からよく一緒に遊んだ仲だ」


それを聞き、小動物系聖女が喜色満面で公爵令嬢の前に出た。


「そうなんですね~!幼馴染なら、でなくても仲良しなのは当たり前ですもんね~!」


それに同意するように、今度はチートモブ令嬢が小動物系聖女の前に躍り出て、言った。


「なるほど……!両国の親交を深めるために、ご幼少の頃からを深めていらしたのですね」


自分たちがそう思い込みたい、そうであって欲しいと願う現実を言葉にした女子生徒たちに対し、ジオルドはサラッとペロっと本心を告げる。


「友情?チェルシーは生まれる前から決まっていた婚約者で、私にとって彼女は最初から特別な存在だよ」


ジオルドからサラッとペロッと突きつけられた真実に、どこからともなく悲鳴が上がる。


「そんなっ……!で、ですが婚約者がいるという公表は一切されておりませんわよねっ?」


転生公爵令嬢が縋るようにジオルドに詰め寄った。


「まぁ事情があって公にはしてこなかったからね」


詰め寄られた距離をさらりと躱しながらジオルドがそう答えると、甘ったるい声を出しながら小動物系聖女が言った。


「う、嘘でしょう?王族は聖女と結ばれるというセオリーがあるじゃないですかぁ」


「そんなセオリーは聞いたことがないけどね」


ジオルドが若干呆れた様子で首を傾げる。


「そ、そんなぁ~」


落胆する聖女を尻目に、今度はモブ令嬢がジオルドに言う。


「でも、卒業記念式典で殿下の妃が発表されると聞き及んでおりますわっ」


「うん、そうだね。そう決められているね。発表するだけだけど」


ジオルドが肯定するのを聞き、三名の令嬢は内心ガッツポーズをした。


『それならばまだ私にも充分にチャンスがありますわ』


『絶対にワタシがぁ~ジオルド殿下の最愛♡になってみせるもんねぇ~』


『まだ公表されていないのであればまだ覆せるということ……』


と各々そんなことを都合良く考えた。そしてそれぞれの本心では、

(((あんなゴツい鎧女に負けるはずがない)))

と高を括っていたのだった。


しかし当のチェルシーはそんな思惑など露知らず、これから始まる学園生活に思いを馳せている。


(初めて自国を出て学校に通えるんだもの!憧れの学生生活をエンジョイするわ!)


そしてそれを愛おしそうに見つめるジオルド。

波乱の一年になりそうだと、周りの人間の誰もが感じていた。




        











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