第5話 隷属の首輪

 坑道の一番奥。

 採掘場に不釣り合いな豪奢な扉が突如現れた。


 俺は腰のマジックバッグの中から一本の鍵を取り出す。この鍵一本を手に入れるためにどれ程の苦労があったか……

 俺は苦労話を女どもに聞かせてやりたい衝動をグッと我慢して鍵を差し込み扉を開ける。


「これは、見事な……」


「すごい」


 女騎士と嬢ちゃんは扉の先に広がる光景に感嘆の声をあげた。

 俺も初めてここに入った時は同じ様に感動したもんだ。


 眼前に広がるのは山の中を完全にくり貫いたドーム状のだだっ広い空間。

 壁には剥き出しの蛍光石が青白い光を放ち、さながら夜の星。

 その壁に蛇が這うように足場が組まれ、そこからさらに横坑おうこうか別部屋へ続く穴が開けられている。


 そう、これが本当の無法都市カーラマハルの姿だ。

 外のジャンキーどもと違い、この中を歩く者の殆どは、その首に賞金が懸かった札付きばかりだ。


「どうして、こんなところに無法都市なんて……」


 あまりの美しさに嬢ちゃんから本音がもれる。


「ここの顔役だった先代のボスが国に追われて偶然ここを見つけたらしいぜ。後は先代の人望からか自然と仲間が集まって都市になったんだとよ。……でもよ、ここだけの話、今の顔役は世襲せしゅうで後継いだボンクラだ。あいつバカみてぇに高い上前だけかすめ取るクソみてぇなヤツだからな。もし、お前らが犯罪犯してもここに来ることは勧めねぇぜ。ケケケ」


 今のボスは俺らが命がけで盗んだ金の四割も取っていくんだ。愚痴の一つも言いたくなる。

 嬢ちゃんは、俺の話なんぞどうでも良いと、高い高い天井を見上げていた。


「あっ、あそこに歩いているのはグスマン<ザ・チョッパー>エルオールじゃないのか?」


 こっちも俺の御高説を聞いていない女騎士が、突然前を歩く男を指差す。


「さぁな。名前は知らんがありゃ俺の部屋の隣のヤツだ」


「ま、間違いない。手配書で見たことがあるぞ。王都で34名もの女性を惨殺した指名手配中の男だ。あっ!あっちは、アンドラス領で一揆を企てたアンドレイ・クルツ!?」


 騎士の血が騒ぐのか鼻息荒く目の前を通りすぎる男を目線で追う。


「おいおい落ち着けって。ここは無法都市だぞ。犯罪者なんぞ五万といる。んなことで一々騒ぐな。怪しまれるだろが」


 殺人鬼、国を追われた政治犯、詐欺師、放火魔、ここは犯罪者の見本市と言っても過言ではない。


「そうだったな。騒がしてすまん」


 叱られた犬のように項垂れる女騎士。その姿を見て嬢ちゃんが笑う。


「フフフ。ヴィーはたまにおっちょこちょいです」


「エレオノーラ様、笑わないで下さいよぉ」


 何を呑気に笑っているのか分からんがさっさと用をすませよう。


「さっさと歩け。目的の場所はあそこだ」


 俺が指さしたのは誰がどう見ても他と同じ穴蔵の一つ。しかし、両隣のあなとはかなり間隔が空いており、内部の広さが伺える。

 その穴蔵の入り口には木製の扉が取り付けられ中は見えないようになっていた。


 俺が扉を開けると錆び付いた蝶番ヒンジが死にかけたババァのいびきの様な音を立てる。


 俺の後に続く嬢ちゃんは部屋の中を見て、元から白い顔色が更に白く変わる。


 部屋の中は人一人が立ってやっとの狭い檻がずらりと立ち並び、勿論檻の中は奴隷が入っている。

 そう、ここは奴隷商人の店。奴隷自体は違法ではないが、ここの店主は奴隷確保の為に人間狩りをして無法都市に逃げ込んできたヤツだったはずだ。


 通路を歩く俺を檻の中からどいつもこいつも辛気くさい顔で見てくる。


「ひ、ひどい……」


 嬢ちゃんは社会見学のつもりなのか、あほくさいくて陳腐としか言い様のない感想を呟く。

 その後ろで、女騎士まで「ギリリ」と悔しそうに奥歯を噛み締めてた。

 俺は一体どうやって育てば、そんな真っ当でつまらん人間になれるのか不思議に思った。


 嬢ちゃんはひと際幼いの様でずっとその場から動かない。


「いらっしゃい。今日は何をお探しで?それとも売りにこられたのかね?」


 俺達に声をかけてきたのは、腰が曲がりに曲がった白髪の老婆ばばあだった。

 俺の後ろに控える女を見て、奴隷を売りに来たと思ったのだろう。


「いや、こいつらに隷属の首輪をほどこしてほしいんだが。いくらかかる?」


 老婆は嬢ちゃんと女騎士を値踏みするように、じっとりとした視線で上から下まで舐めるように見る。


「フェフェフェ。あんた随分と好きもんだねぇ。こんな綺麗な女を二人もかい?んー、そうさねぇこれでどうだい?」


 老婆は指を四本立てて見せる。一人あたり二万メルク。

 普通に奴隷を買っても二万メルクほどが相場だ。どう考えても、ボッタクリ。


「少し高ぇんじゃないか?」


「フェッフェッフェ。嫌なら良いんだよ?アチキは別にどうしても金がほしい訳じゃないからねぇ」


 さすが長年、奴隷商人をやっているだけはある。人の足元を見るのが上手い。


「大丈夫なのか?」


 女騎士が心配そうに話しかけてくる。

 どう考えても大丈夫ではないが、これから隷属の首輪を入れられる女が心配することではない気がする。

 この辺りが嬢ちゃんの言う「たまにおっちょこちょい」たる所以ゆえんだなのろう。


 俺はしばらく


「……仕方ねぇ。払おう」


「毎度ありぃ」


 どうでも良いが、そう言ってニタリと笑う老婆の歯はほどんど抜けていた。


 老婆は黙って店の奥に歩いていく。俺たちもそれにならい後をついていった。

 嬢ちゃんは獣人の子供が未だに気になるのか何度も後ろを振り返っていた。


 店の奥は狭いながら壁にはいくつかの魔石の付いた道具マジックアイテムが掛けられ、床には白墨で魔法陣が描かれ、さながら魔法使いの工房のような作りになっていた。

 老婆は嬢ちゃんに部屋の中央、魔法陣の中に立つように促す。


「待ってくれ!まずは私が――」


 女騎士がそれを邪魔するように魔法陣に入る。

 それを見て老婆が「良いのか?」と確かめるような目線を俺に送る。

 

 どうせやることは同じ。先か後かの話だ。

 やりたいと言うのならやらせてやろうと俺は老婆にうなずいてみせる。


 それを受けて老婆は自分の指のような細長いワンドを取り出すと、女騎士の首のあたりにワンドの先をつけ、反対の手で俺の手を握った。


「あんた、名前は?」


「……ヴァレリー」


 女騎士は小さく答えた。この時俺は女騎士改めヴァレリーの名前を初めて知る。


「汝ヴァレリーはここに主従の契約を結ぶ」


 繋いだ手から魔力が老婆へと流れ、ワンドの先からヴァレリーへ紋章魔術となって放たれる。


「ぐっ!」


 苦痛に顔を歪めるヴァレリーの首にぼんやりと紋様が浮んで消える。

 これが俗に言う隷属の首輪という魔法だ。

 これにてヴァレリーとの主従の契約が成った。


 さて、次は嬢ちゃんだ。

 同じように老婆が名を訊ねる。


「エレオノーラです」


 嬢ちゃんの名前はエレオノーラと言うらしい。


「汝エレオノーラはここに主従の契約を結ぶ」


「っ!」


 案外エレオノーラの方が痛みに強いのか、あまり表情を変えることなく契約を終えた。


 主従の契約は、あるじに害を与えない。

 あるじの命令には背かない。

 この二つを無理やり誓約させ魔法で縛る紋章魔術の一つだ。

 この誓いを破れば隷属の首輪が発動して奴隷に苦痛を与える事となっている。

 

 やっとこれで俺はヴァレリーから襲われる心配がなくなった。

 気分も軽く、奴隷商人の店を後にした。

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