38.絶望的魔法少女 vol.2

2. 共鳴する絶望



 ステッキから放たれた光弾は、敵の身体を原子レベルまで粉砕し、虚空へと霧散させた。爆音と閃光、そして断末魔の叫び。いつものように心に虚無感が広がる。だが、今回は違った。爆発の残滓が消え去った空間に、一つの影が浮かび上がったのだ。

 その存在は、スズと非常によく似た姿をしていた。パステルカラーのコスチューム、手に持つステッキ。いかにもな魔法少女然とした姿。だが、その醸し出す雰囲気は、決定的にスズとは異なっていた。スズが『被観測者』として無機質に戦いを繰り返しているのに対し、その少女は明確な敵意を放っていた。


「あなたは、誰?」


 スズの問いかけは、虚空に溶けていった。

 いや、少女はスズの声を観測していない。あるいは、観測することを拒絶している。少女のステッキが、スズのそれとは異なる光を放ち始めた。

 スズの魔法が破壊を伴うエネルギー放出系であるのに対し、その光は、どこか異質な別の世界の法則を体現しているかのようだった。


「あなたは消えるべきだわ」


 少女の声は冷たく、明確な殺意に満ちていた。

 その言葉が、自分自身に投げかけられたものだと、スズは理解した。


「どうして? 二人で協力した方がよくない?」

「いらない。あなたのバトルは見ていてつまらないから。だから、わたしが追加でクリエイトされたのがわからない?」


 今度はスズの言葉が届いたようだ。返ってきた言葉には、違和感しかなかったが──。


「組むなら別の魔法少女がいいわ。ようやく見つけたと思ったら、あなたみたいなのだったなんてね」


 少女の声に、絶望の色が滲んでいる。絶望は自分一人で抱え込む孤独なものだと思っていたスズは、目の前の少女の言葉に驚愕する。絶望は共鳴し、反響し、新たな絶望を生み出す。

 その少女は、スズの絶望が具現化した、もう一人の自分なのかもしれない。


「まさか、あなたも何かに絶望しているの?」


 スズの問いかけに、少女は無表情のまま首を振った。


「いいえ。わたしはね、あなたの絶望を観測してしまったがゆえに、その毒に犯されてしまった。あなた目障りなのよ、はっきり言って。だから、助けてあげる。わたしがあなたを倒して、戦いの毎日から解放してあげる」


 その言葉は、スズの心の奥底に眠っていたわずかな希望を打ち砕いた。自分は、ただの『被観測者』として永遠に戦い続ける運命なのだと思い込んでいた。誰かが自分を救いに現れるなんて想像したこともなかった。

 だが、目の前にいるその少女は、絶望の毎日を終わらせてくれるという。

 それは、救いなのか。あるいは、より深い絶望なのか。

 ステッキを構えるスズの指先が、微かに震えている。新たに生まれた一縷の希望が、逆に彼女の存在を揺るがし始めていた。

 観測されることによってしか存在意義を見出せない自分と、そんな自分を否定する存在。その少女は、『被観測者』である自分を目障りだと言う。


 主観と客観、客観と主観。それぞれの視点が交錯する。


 二人の魔法少女が、一つの戦場に集結し、お互いがお互いから目を離せないでいる。空には相変わらず無数の星が瞬いているが、見上げる余裕は二人にはなかった。

 二つのステッキから放たれる光が、虚空を切り裂いた。それは、絶望する存在と、絶望に毒された存在の衝突であり、そして、お互いの存在証明を賭けた戦いの始まりでもあった。

 彼女たちの戦いは、観測可能な限り、永遠に続く。その終着点は、誰にも予想できなかった。

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