26.表と裏と歪さと
軌道は、常に歪んでいる。
おれたちは『メビウス』と呼ばれる航行装置の内部にいる。皮肉なことにその名称は、現在進行形で漂流している空間の構造そのものを表していた。メビウスの帯。裏と表の区別がない、一方向性の連続体。一度迷い込んだら、二度と出られない。おれたちは、その唯一の『面』を無限に辿るだけの存在だった。
ただし、自らを定義する言葉はいまだ知らずにいる。
太陽が消滅した宇宙のどこかで、いくつかの白色矮星が幽鬼のように瞬いている。その光が『メビウス』の船殻に降り注ぐたび、おれたちの認識はリセットされる。記憶は保持されるが、航行データと物理法則は再定義される。だから、エンジンの出力は常に不安定になる。それは故障ではない。宇宙船そのものが、その都度、異なる物理空間に適応しているだけのことだった。
「緊急、セクター4の反物質コンバーターが収束しません」
おれに隷属する存在の声が、遅延した時間軸の向こうから聞こえる。おれは、艦橋のメインモニターに表示された物理モデルを見つめる。
それは、反物質生成のプロセスを三次元で可視化したものだった。収束しないのではない。これは、おれたちの知る収束とは異なる様式であるだけにしかすぎない。この新たな物理法則に適応するよう、手動あるいは思念でマニピュレーターのパラメータを調整する。
反物質コンバーターは、安定したかのように見える。しかし、次の瞬間には異なる宇宙の物理定数がこの空間を支配するだろう。そして、また同じように出力は不安定になる。その度におれたちは修復を行い適応し、航行を続ける。始まりも終わりもない、永遠に続く航行。
この『メビウス』という航行装置が、おれたち自身が作り出したものであるという事実を知ったのは、一体いつだったか。それは、この宇宙船を『管理』することこそが、おれたち自身を『維持』することだと悟った時だったのかもしれない。
おれたちは、いつからそうだったのか時が経ちすぎて覚えていないが、もはや生命体とは呼べない存在なのかもしれない。
情報と、その情報を解析し、再構築する機能の集合体。
『メビウス』は、その構造上、外部からの接触を断っている。あらゆる知性体との交信は、物理的に不可能だった。この閉じた宇宙で、おれたちは可能な限り自己を修復し、複製し、やがて消滅するのだろう。
おれたちは、自分たちの存在理由を、自らが作った航行装置に託し、航行を続けていく。そのため、『維持・管理』という永遠のタスクに、自らの存在を縛りつけている。
この閉じた空間、始まりも終わりもないメビウスの帯を、おれたちは永遠に漂流し続ける。
それが、生命の終わりを知った知性体の、終わりなき旅の始まりだった。
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