第4話 メイドは見ていた

「はっ」

やられた、と自覚したのは目覚めた瞬間だった。


ズビッとなく鼻を鳴らし体のあちこちをチェックする…鼻の具合か、匂いがよく分からない。


「アタシとしたことが」

漏らした後悔は取り返せない、と気持ちを切り替える。


曲がった鼻をぐきりと戻し、隠しポケットから小さな容器を取り出す。


「秘薬を使う事になるとはね」


鼻もしっかり通った、嫌な臭いはしない。


すべてを整え何事も無かったように部屋を出る。

「報告しないとね」


自室に戻り、通信道具を出した。







「皇女様?」

アタシは扉の向こうにある気配を見つけた。

どうやら部屋に戻ってきたらしい。


だが、声を掛けても反応が無い。


無いからいいよね。


カチャリと扉を開けると、姿見に映った自分をマジマジと見ている皇女がいた。


「なんだよ…一つも勲章がねぇじゃねぇか」

「勲章?って何ですか?」

「銃槍が一つも無いし…綺麗なもんだ」

「綺麗なら良いじゃないですか」

「背中の逃げ傷まで消えたか…ざまぁねぇな」

「逃げ傷?だからさっきから何なんですか?」


間近にアタシが居て声も掛けているのに反応が無い。

「皇女様?ナルシストにでも成り果てましたか?」

「オメェ、口がへらねぇな」


やっと反応した。やっぱり無視してたのか。

一瞬アタシが幽霊なのかと思った。


「ちっ、やっぱトドメ刺すか」

やっぱりアタシ、幽霊になってるかも。


「皇女様、トドメは要らないですよ」

「何だよ、遠慮すんなオメェ」

「遠慮ではなく、配慮を求めてます。いえ、それよりもアタシはイリーナと申します。オメェではありません」


この言葉に振り向いた皇女は…少しだけ困った表情をした。


「それよりも皇女様。言葉遣いをなんとかして下さい。先日の目覚める前の状態じゃないと旦那様に放逐されますよ」

「そんなんで放逐すんのか?…いや、するな。今このタイミングで放逐されるのは痛い」

「では態度で示して下さい」

「…わかりましたわ」

「…キモっ」

「テメェ、あとでイモムシみてぇにしてやる」


そんな会話をしていたら急にニヤリとして、ヴィレと呼べとか言い出した。

だからヴィレ様と呼んだら、仕方ねぇなと言って服を着始めた…照れてる?


「様呼びは慣れねぇな。だけど慣れなきゃな」


いや、慣れる気ありませんよね?


そんな会話が途切れた時にまた扉から音がした。


「お、舎弟のロマリオか。入んな」

「はいはい」

「ハイは一回でいい」

「ハイハイ」

特にビビる事なく子供が入ってきた…騎士団で見た事ある顔だった。

てか普通、この皇女の言い方はビビるよね?


「誰コイツって顔してんな。メイドのイリーナだ」

「はい、ってイリーナ?!あのイリーナ?」


どのイリーナだ?

何故か感動していたが、アタシを知っているそぶりに疑問を感じた。

顎に手をやりながらふとヴィレ様を見ると、ニヤニヤしていた。


「こいつはあとでイモムシイリーナになるからな。楽しみにしておけよ?」

イモムシイリーナって何だよ!


アタシの疑問は即座に塗り替えられた。






「はぁ…疲れる」

イリーナは一時の休憩を給湯室で過ごしていた。


簡易なキッチンとお湯が出る魔導具が揃った癒やしの場所は、出入りが非常に少ない。

勝手に肉を焼いた形跡があるのが気になるけど。


「癖で驚きを隠したけど、何よアレ。様変わりし過ぎじゃない」

いつものように揶揄いがてら近づいたが、口調も仕草も何もかも変わっていた。

臭いと言われてキレてしまったが、腕力も体捌きも異常だった。


「仕方ない…ロマリオとか言うヤツに尋問するしかないわねぇ」



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