冬が溶ける夜
浅野じゅんぺい
冬が溶ける夜
冬の最終新幹線に、僕は乗った。
一目で恋に落ちた大学生に会うためだ。
高校生のくせに無謀だとわかっていても、胸のざわつきだけは止められなかった。
会いに行きたいと思ったのは、あの日の何気ない会話のせいだった。
「冬ってさ、急にあったかくなる瞬間が一番好き」
ふと笑いながら言った声が、耳の奥に残り続けていた。
まるで僕に向けられた暗号のようで、胸をくすぐった。
冷えたホームで彼女を待つ間、手のひらは少し汗ばんで、白い息だけが頼りなく揺れる。
時計を見ても、針は進むのに、心臓は落ち着かない。
待つことが、こんなにも胸を揺さぶるなんて思わなかった。
「……来ないのかな」
つぶやいた瞬間、胸の奥に冷たい影が広がる。
そのとき、肩にバイオリンケースを抱えた彼女が駆けてきた。
「ごめん、遅くなっちゃった」
息を弾ませた笑顔に触れただけで、張りつめていた世界がふっと緩む。
「待った?」
「うん……ちょっとだけ」
素直に出た言葉に、胸が跳ねた。
アパートまでの道。
白い息が夜にほどけ、指先だけがかじかむ。
並んで歩くだけで、世界の温度が少しずつ上がる気がした。
街灯の光が、彼女の頬を優しく照らす。その赤みまで愛おしくなる。
「手、冷たいね」
彼女がそっと指先を包む。
触れた瞬間、胸の奥がじんわり温まる。
──あったかくなる瞬間が好き。
あの日の言葉が、静かに結び直される。
数日間、彼女の部屋で過ごした。
窓の外の雪、響くバイオリン、湯気の立つマグ。
見慣れない景色なのに、不思議と落ち着いた。
彼女が同じ空気を吸っているだけで、世界が柔らかく見えた。
「こういう時間、続くといいね」
胸がきゅっとなる。
未来の扉を、彼女の小さな声がそっと押し開けるようで、心が揺れた。
冬の街をふたりで歩く。
つないだ手の温度は、季節より確かだった。
怖くて、離したくなかった。
指先から伝わる小さな温もりが、胸にずっと残った。
「ずっと、一緒にいたいな」
気づけば口にしていた。
彼女は少し照れたように笑い、でもどこか安心した顔でうなずいた。
「うん、私も」
その一言が、胸の中の冬をゆっくり溶かしていく。
凍りかけていた心が、静かに息を吹き返す。
あの夜の灯りは消えない。
ふたりで歩く道を、少しずつ照らしてくれる光になるのだと、やっとわかった。
冬が溶ける夜 浅野じゅんぺい @junpeynovel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます