Winter Wonderland -ある冬の夜の夢-

moonlight

Winter Wonderland -ある冬の夜の夢-

(あぁ…疲れた)

21時、ようやく自宅に帰りつく。

ここ最近ずっと残業続きの毎日だ。家に帰ったら最低限の家事をして、気づけばもう寝る時間ということも珍しくない。

誰もいない家は芯から冷えきっていた。ひとまず小型ヒーターのスイッチを入れる。

ゆっくりだが暖かい空気が循環していくのを感じながら部屋着に着替えて、簡単な食事を済ませる。そして少しでも早くゆっくりできる時間を確保したいので早めにお風呂へ直行する。いつものルーティンとも言える流れだった。

バスルームから出ると、家に帰った時よりも冷え具合が増していた。部屋の気温が低いと言うよりは底冷えしているような感覚だった。

カーテンを開けて外を見ると、雪がひらひらと舞うのが見えた。舞う雪が時折街灯に照らされて、キラキラ輝いているのも見える。

「綺麗…」

しばらく窓辺に佇んで、雪が舞う様子を眺める。雪の夜はさほど珍しいことでもないのに、今夜は何故かやけに惹かれるものを感じていた。

どうしてだろうかと考えているうちに頭がぼんやりしてきて、視界が曖昧になっていく。そっと意識を手放して、ゆるやかな波に身体を預けたー

(え、ここどこ…?)

目を覚ますと、霧がかかった世界が広がっていた。

よくよく目を凝らすと、目の前に森が見える。どうやら森の入り口にいるようだ。

「ここを通り抜けないと、先には進めないってこと…?」

恐る恐る森の中へ足を踏み入れると、霧がかなり深くなったのが分かった。ちゃんとした道らしきものがどこなのかの判断も曖昧になっていく。どうしたら良いのかと不安になったとき、鳥の鳴き声がした。白いふわふわした毛を持つ、小さな可愛い鳥だった。首をかしげるようにしてこちらを見ている。

「道がわからないの。教えてくれる?」

あまりにもファンタジー過ぎるが、ダメ元でそっと鳥に話しかけたところ、鳥はピ、ピ、ピ、と高い声で鳴く。いいよ、と肯定してくれている感覚を感じ、藁にもすがる思いで鳥が飛ぶ方向に歩いていった。

しばらく歩くと、目の前に雪原が広がっていた。森の中よりも霧は晴れている。目を凝らすと、少し離れた所に3人の人影が見えた。鳥はその人影の方向に向かって飛んでいく。

人影の正体は、白い服を身にまとった3人の青年だった。雪の感覚を楽しむように、ぴょんぴょんと跳ねたり歩いたりしている。とても微笑ましい光景だった。

気づけば自分を案内してくれた鳥はいなくなっている。いよいよどうしたら良いのかと悩んだ時、がっしりした体格の青年がこちらに向かって歩いてきた。綺麗な黒髪をなびかせ、少し離れた所から見ても分かるほど整った顔立ちをしている。優しい目が印象的だった。

「あの…ここってどこか分かる? 俺ら、気づいたらここに来てて…」

それは自分が一番聞きたいことでもあった。若干頭を抱えるような気持ちになる。

「実は私も同じ状況で…白い鳥に案内されてここに来たの」

「白い鳥?どんな子だった?」

「えっと…ふわふわした白い毛で覆われてる小さな可愛い鳥だった。さっきまで近くにいたんだけど…」

「それ、シマエナガだよ! いいなぁ、俺も会いたかったなぁ」

青年は目をキラキラさせている。無邪気な笑顔が胸に焼きついた。

「ショウ、何か分かった?」

気づけば後ろから、彼の連れと思われる2人の青年が来ていた。1人は艶やかな金髪で可愛らしい雰囲気を持つ青年で、もう1人は柔らかな茶髪で高貴な雰囲気を持つ青年だった。

「分かんない…この子も気づいたらここにいたって。シマエナガに案内されて来たんだって言ってた」

「そっか…シマエナガか…」

ショウの言葉を受け、茶髪で高貴な雰囲気の青年が何やら考えている。

「ジン、何か心当たりある?」

「シマエナガって、確か雪の妖精って言われてる鳥だったと思うんだ。俺らの仕事とも何か関係してるのかなって」

「俺らの仕事…? あなたたちは一体…」

「…雪だよ。冬が来たことをみんなに伝えるのが俺たちの仕事なんだ」

金髪で可愛らしい雰囲気の青年が答える。

「雪?あの、空から降る雪のこと?」

「うん、そう。…そろそろ仕事だよって言われて移動してたら急にすごい勢いで風が吹いてきて、飛ばされたんだ。それでここに」

「じゃあ…あなたたちは雪の化身ってこと?」

「まあ、そういうことになるのかな。服装もそれっぽいでしょ」

金髪の青年はニコニコ笑っている。温かくて優しい気持ちになる笑顔だった。

「確かに、白っぽいコーデだもんね。…そう言えば寒くないの?だいぶ薄着に見えるけど」

「大丈夫!! 俺ら、結構動いてるからね。冬が来たのを皆に伝えるのも結構ハードなんだよ」

まるでおとぎ話のような展開だが、彼らを見ていると何故だか自然と受け入れられた。

「ってことは俺らって、みんな偶然に引き寄せられて出会ったって事だよね。なんか面白いじゃん。…そう言えば名前、なんていうの?」

ショウと呼ばれた青年が笑いかける。

「…希。希望の希でノゾミ」

「希ちゃんか、いい名前だね。…俺はショウ。それからジンとユウ」

「ショウさん、ジンさん、ユウさん…」

「さんは無しでいいよ。みんなショウって呼ぶから」

「そうそう、俺らも気軽に呼んでもらえたら。ね」ジンとユウも笑いかける。

「そうなんだ、ありがとう」

柔らかく微笑む3人はとても綺麗で、温かなオーラに満ちていた。心の純粋さや真っ直ぐさが感じられて、こちらも自然と笑顔になる。

「ここで会えたのも何かの縁だし、雪合戦的な事でもしてみる?」

「お、いいね。賛成」

「じゃあ決まりね。やるぞー!」

ジンが嬉しそうに雪原に駆け出す。雪玉を作ってひたすらにみんなでぶつけあった。

「ショウ、そこで投げんのナシでしょ!」

「ユウだって人のこと言えないじゃん。お返し」

「はは、ふたりとも相変わらずだね」

「ジンだって相変わらずだよ。一番はしゃいでるじゃん」

「えー、そうかな?」

3人が楽しそうに遊んでいる姿を見ながら、希はふと物思いにふけっていた。

(こんなに遊んだのっていつぶりだろ。最近心から楽しいと思って笑うこともあんまりなかったな)

「大丈夫?」

肩をトントンとされているのに気づき振り向くと、近くにユウがいた。少し心配そうな顔をしている。

「うん、大丈夫。ちょっと休憩」

「…そっか。楽しかった?雪合戦」

「うん、こういうの小さい頃ぶりだからめっちゃ楽しかった。ありがとう」

「笑ってくれて良かった。実はちょっと心配してたんだ」

「…どうして?」

「なんか不安そうにしてたから、気になって。せっかく会えたんだからいい思い出になればなって」

ユウの顔は少し赤くなっていた。

「…ありがとう、ほんとにいい思い出になったよ。ずっと覚えておきたい」

「良かった。じゃあ、俺たちのことも…てか俺のことも覚えてて」

ユウは少し真剣な表情をしている。

「もちろんだよ。忘れるわけないでしょ?」

希は優しく微笑む。ユウはホッとした表情をしていた。そして気づけば…頬に暖かい温もりが触れた。驚いてユウの顔を見る。

「え…?!今のって」

「まあまあまあ、ね。…ふたりには内緒で」

ユウはニッと笑って、また雪合戦の中に戻っていった。

そして、時間が経ちー4人は雪原に寝っ転がり空を見上げていた。雪がはらはらと落ちる。

「雪の結晶…綺麗」

「ほんとだ、すごくキラキラしてる」

「ずっと見てたくなるね…」

しばらく静かに空を見上げていると、白い鳥が飛んでくるのが見えた。

「あの鳥…さっきの」

「シマエナガだ! やっと会えた」

ショウが身体を起こし、そっと近づく。シマエナガはふわりと彼の前に降り立ち、羽を上に上げる仕草をした。

「そろそろ、仕事に行かなきゃってこと?」

ショウの言葉に、シマエナガはピ、ピ。と頷くように鳴く。

「そっか…道、分かる?」

またピ、ピ。と鳴く。任せて!とでも言うような鳴き方だった。

「…じゃあ、行かなきゃだな」

「だね」

ユウとジンも顔を見合わせて頷く。希の心にふと寂しさがよぎった。

「…そうだよね。そもそも仕事の途中だったんだもんね」

「希?」

「なんか、久しぶりに楽しくて。正直、もう行っちゃうのって…ごめんなさい、湿っぽくなっちゃって」

「なんで謝るの?」

ショウが不思議そうに希を見る。

「いや、そういうの重いかなって…」

「重くないよ。むしろそういう風にちゃんと伝えてくれる方が嬉しい」

「ショウ…」

「…またすぐ会えるよ。楽しみにしてて」

「ほんと?」

「うん。だから…笑顔で」

ショウは優しく微笑む。隣にいるジンやユウも、優しく頷いて微笑んでいた。

「…わかった。身体に気をつけて」

「希もね。…ありがとう、楽しかった」

3人の姿がゆっくり光に包まれていく。

「私も、楽しかった…ありがとう」

気づけば希も光の中にいた。眩しさに目を閉じていると、だんだん眠気がやってくる。そっと意識を手放して、ゆるやかな流れに身を任せたー

「あれ、もう朝…」

希がゆっくり目を開けると、いつもの部屋の光景が広がっていた。ベッドから身体を起こす。

「夢…だったんだ。でもなんかずっと心に残ってる」

幻想的な雪景色を思い出す。白銀の世界と、美しい人たちとの出会い。雪合戦。雪原に寝っ転がりながら一緒に空を見上げたこと…どれも幸せな、宝物のような記憶だった。

朝食の用意をしながらテレビをつけると、いつもの情報番組が流れていた。

また日常が始まるんだな、と思いながら準備をしていると、いつしか芸能コーナーに変わっていた。

「人気コスメブランドの新CMが届きました。幻想的な冬の世界を体現する3人にご注目ください」

そんなアナウンスと共に、CM動画が流れる。そこに映っている3人は、あの雪原にいた3人の青年に瓜二つだった。

「え、これって…?! あれは夢だったはずなのに」

思いがけない偶然に胸が高まる。そしてー

ピ、ピ、ピ。

窓辺の方から鳥の鳴き声がする。聞き覚えのある鳴き声にまさかと思いながら近づくと、そこにはシマエナガが3匹並んでぴょんぴょんと跳ねているのが見えた。まるであの時、雪原で遊んでいた3人のように…

「あ…」

…またすぐ会えるって言ったでしょ。

耳元で優しい声が聞こえた。驚いて振り向くが、そこには誰もいない。

代わりに窓辺には、小さな雪の結晶を象ったブローチが置かれていた。

「雪の結晶…」

ブローチを手に取りベランダに出るが、既にシマエナガたちはどこかに飛んでいってしまっていた。

「きっとまた、旅に出たんだね」

空の上で風に吹かれながら、小さな粉雪がいつまでも楽しそうに舞っていた…。


Fin.















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