バースデー - 5
翌日の朝。
ランドセルから教科書を机にしまっていると、春馬と俊彦が教室に入ってきた。一緒に登校してきたのだろう二人は、仲良く話していた。にこやかに会話する様子には、昨日の気まずい空気は感じられなかった。
仲直りしたんだ。かなり頑固な印象のある春馬が、一日で俊彦との微妙な空気を解消したと思うと、ちょっと不思議な感じ。
ただ、春馬は先に教室に居たわたしを見ると、それまでの穏やかな表情を潜め、不愛想な顔で自分の席に向かった。
俊彦とは仲直りしたけど、わたしにはまだ不満でもあるのか。わたしは自分の顔がむっとしたのを自覚した。
そんな嫌な態度の春馬に続く俊彦は、ひらひらと手を振って挨拶してきた。それにわたしは声を出して返す。
「おはよう、俊彦」
あえて春馬に聞こえるように、大きく挨拶した。
前の方に座る春馬は、肩越しにわたしを見る。不満そう。
牽制し合うわたしたちを見て、俊彦は困ったように頬を掻いていた。
*****
お昼休みまで、わたしと春馬は話さなかった。
授業中は黒板よりも春馬の後姿を捉えていた。たまに目が遭ったりすると、何となくわたしたちの間に火花が散ってるようなイメージが浮かんだ。
そうして給食の時間が終わって、お昼休みに入った。昨日までの話し合いは今日からは無い。そう思い、わたしは体育館で友達と遊ぼうかと考えていた。
そんなところに、春馬がやってきた。
「今日もやるぞ」
春馬はそれだけ言ったまま、わたしを見ていた。体育館に行こうとしていたわたしを責めるような目つきだった。
そこに俊彦もやってくる。わたしはそっちを見て、
「俊彦もやるの」
と訊くと、俊彦は笑顔を浮かべて頷いた。
「ならわたしも」
ため息を吐いてから、そう答える。
わたしたちは、今日も今日とて空き教室に向かった。
*****
机を突き合わせると、春馬が口を開いた。
「天夏に訊いときたいんだけど、前に言ってたことってホントか」
妙に真面目な顔で、わたしに訊いてくる。その口調には、若干敵意みたいなものも感じられなくはない。
だからわたしも、少し強めに返すことにした
「前に言ってたことってなに」
「咲良ちゃんの好きな食べ物の話だよ」
春馬に代わって俊彦が答えた。
「前に一回聞いたんだけどさ、もう一回だけ聞かせてくれないかな」
「まあいいけど」
咲良ちゃんが小豆のお粥が好きだと言ってたこと。それを誕生日に食べていたということ。この二つをまた話した。
話しながら、何でこれをまた聞きたいのか、わたしには分からなかった。一度この話をした時は、誕生日を考えるのには役に立たなそうと三人で判断したのに。
そんな疑問を感じながら、わたしは長くもない話を終えた。
「えっと、あの時聞いたこととちょっと違うと思うんだけど」
全部聞き終えた俊彦が、慎重に言った。
ただ、違うと言われても、何が違うのかがわたしには分からなかった。春馬と俊彦のじれったい視線を受けながら、わたしは悩んだ。
「ほら、あれだよ。その小豆のお粥食べるときは、餅の花で飾り付けするみたいなやつ」
いつまでも悩み続けるわたしにしびれを切らした春馬が、なげやりな口調で言った。
「ああ、うん。そうだった。咲良ちゃん、小豆のお粥を食べるときは、お餅のお花で飾り付けするって言ってた」
「それって、確かかな。記憶が曖昧だったりしない?」
俊彦に訊かれて、わたしはもう一度咲良ちゃんが転校してきた日のことを思い出してみる。その一日の記憶を辿ってみて、間違いないと判断したわたしは、自信を持って頷いた。
すると、俊彦は嬉しそうに春馬に目配せした。一体何なんだろう。
「実は昨日、あの後に春ちゃんに頼まれて、一緒に調べたんだよ。その小豆のお粥と、お餅のお花についてね」
「ふうん‥‥‥ちょっと待って。春馬に頼まれて一緒に調べたの?俊彦が自分で調べたんじゃなくて?」
わたしは相槌を打ってから、聞き逃しそうになったところを再確認した。
「んだよ、悪いか」
横から不満そうな声が飛んでくる。朝から変わらずご機嫌斜めだけど、ふざけてたり嘘を言っているようには見えない。
春馬はため息を吐いてから、喋り出した。
「前は役に立たないかもって考えたけど、一回調べることにしたんだよ。このこと以外に咲良の誕生日が分かりそうなことねえし、もしかしたらって。ただ、俺だけだと上手く調べられるか分かんなかったから、俊彦に手伝ってもらった」
意外だと思った。昨日のお昼休みには、春馬と俊彦は気まずい感じだった。それなのに、その後で春馬は俊彦を頼ったという。
わたしの知ってる春馬は、少なくとも喧嘩気味になった相手とすぐに仲直りできるやつじゃないし、ましてその相手を頼るようなやつじゃない。頑固で意地っ張りだから、機嫌が悪い時は誰かを寄せ付けようとしないやつなんだ。
そのはずが、昨日は違ったらしい。俊彦の顔を見れば、春馬の話が嘘じゃないことは分かるけど、やっぱり信じられなかった。
わたしが静かに驚いていることに気付かないまま、春馬と俊彦は昨日の調べものの成果について報告した。
「それで調べてみたら、小豆のお粥とお餅のお花って、伝統的な食べ物らしいんだよね。小豆のお粥はそのまま小豆粥、お餅のお花は餅花って言うらしいんだけどさ」
「一月には小正月っていうのがあって、その時には餅花を飾って小豆粥を食べるらしいだよ。んで、これって咲良の言ってたことと一緒だなって思って、もう少し調べたんだ」
俊彦だけじゃなく、春馬も調べた流れを教えてくれる。それが春馬自身もしっかり調べていたことを示していた。
「それで、何か分かったの」
「小正月って、日にちが決まってるらしい」
「その日にちって」
「一月十五日。これは昨日まで僕たちが考えてたこととしっかり合うんだ。つまり、咲良ちゃんの誕生月は一月で、桜まつりが始まる一月七日から十六日の期間に誕生日があるかもっていうのと、この日付はしっかり合ってる」
最後は俊彦が締めくくった。
「それが、咲良ちゃんの誕生日なの」
「絶対合ってるとは言えないけど、僕は信じてもいいと思う」
俊彦の言葉に、春馬も頷いた。それを見て、わたしも受け入れることが出来た。
そうか。一月十五日なんだ。それが咲良ちゃんが生まれた日なんだ。
何とも言えない感情が湧いてくるのが分かった。はっきりと今の気持ちを言うことは出来ないけど、胸の奥が暖かい気がした。
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