第3話 夕食

と、宣言したものの、この時間から凝ったものをつくるのは負担がかかりすぎるので、簡単なものにした。


「おお〜。」

しかし、ベルは驚いてくれたようだ。

食べるものがない、と言っていたので食事をとらない事はないはずだ。


「カラフルな食べ物じゃのお。」

白米。

味噌汁。

鮭の塩焼き。

レタスとトマト。


「どうぞ召し上がれ。魚には骨があるから気をつけてね。」

「サカナというのは、これで間違いないな?」

「うん。その一番大きいやつ。硬くて細い部分があって、それが喉に引っかかったりするから、ゆっくり食べてね。」

「では。」

そう言ってベルは箸を持ち、食べる。

まるで日本人の様に、慣れた手つきで。


「…どうかな?」

さて、宇宙人の口に地球の食べ物は合うのだろうか?

「ん?ああ、問題ないぞ。」

直ぐにベルは答えた。


問題ない、か。

これは、どっちだ?


「美味しいかい?」

直接聞いてみることにした。


「オイシイ?なんじゃそれは?」


……………え。

「いや、普通に美味しい、美味いってことだよ。口に合うかどうか。」

「だから、問題ないと言っているであろう?普通に食べられるのじゃ。」


まさか。

そんなバカな。

口に合うか、に対してのアンサーが、食べられる。

味に対する感想が一つもない。

つまりは、

「味覚が、ないのか。」


信じがたい事実だ。

しかし事実である。

頭を抱える。


さっきの解析に引き続き、醍醐味が消えた。

うぐうう。

上手くいかないものだな。


「お主は食わんのか?」

ベルから声を掛けられる。

「……食べるよ。」

はあ、と、ため息をつく。


落ち込んでいても仕方がない。

諦めて、切り替えよう。

ご飯が冷めてしまう。

「いただきます。」

手を合わせた後、箸と茶碗を持つ。


そして、

「アタルよ。」

食べ始めた途端、ベルが話しかけてきた。


「なんだい?」

「その、イタダキマス、というのはなんじゃ。」

箸を僕に向けながら質問してくる。


「ああ、食べる前にする挨拶だよ。こうやって、手を合わせるんだ。」

「挨拶?誰に向かって挨拶してるんじゃ?」

「誰に向かって、か。」

天井を見上げ、少し考える。


「強いて言うならこの食材が、ここで食べられるまでに関わった人たちに、ここに届けてきてくれた人たちに、かな。」

「ほう。」

「そして何より、この食材自体にだね。特に肉や魚。文字通り、命を、いただいているんだから。」

「なるほどのお。」

正直、上手く伝えられたかどうかは分からない。

でも、言うべきことは全部言ったつもりだ。

「良い文化じゃの。」


あ。

気づく。

なんだ。

握手の時から、僕はベルに教えているじゃないか。

モノや機械は無理でも、こうした、文化的なことは、まだ、ベルは何も知らないんだ。

「ちなみに、食べ終わった時は、ごちそうさま、って言うんだよ。」

だったら、たくさん教えてあげよう。


「…なにニヤニヤしとるんじゃ。」

「えっ?」

急なベルからの指摘に声が出る。

「ほ、本当にニヤニヤしてた?」

「ああ。してたぞ。なんじゃ、気持ちの悪い。」

それは言い過ぎじゃないかな!

…しかし身に覚えがない。

無意識に、笑っていた?


「…っ!」

恥ずかしさを誤魔化すように手を早める。

浮かれてたのかな、僕。

まあ、仕方ないか。

宇宙人と会話が出来て、一緒にご飯も食べれて。

夢に見た、生活だから。


「…………。」

でも、それだけじゃない気がする。

もっと、あと一つくらい、理由があるような、


「お主もそろそろ食べ終わるようじゃな。」

またも、ベルがしゃべりかけてくる。

考えている内に、殆ど平らげてしまったようだ。

最後に味噌汁を飲み干す。

「ふう。」

汁椀をテーブルの上に置く。


「待っていてくれたのかい?」

「ああ、せっかくなら、じゃ。」

「はは、ありがとう。じゃあ、一緒に。」

僕とベルは手を合わせる。


「「ごちそうさまでした。」」


食後の挨拶がリビングに響く。

二人の声が響く。

それは僕の体を、心も震わせた。


さっきまで探していた答えがみつかった。

こうして、夕食を誰かと食べたのは、久しぶりだったのだ。

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