詩の行先
乃木ひかり
黒の転位
黒は、まだ名を持たない光だ。世界
が息を覚える前、ひとつの震えがあ
った。その震えが、やがて音になり
、音が崩れて時間になった。時間の
かけらが堆積して、わたしたちは生
まれた。つまり、わたしたちは、黒
の記憶に棲む一時的な明滅にすぎな
い。黒は、すべての始まりの母語で
あり、終わりの沈黙でもある。その
内部では、存在と不在がゆっくりと
交換されている。ひかりは、黒の呼
吸が外気に触れた瞬間の反射。孤独
とは、その反射が内側へ折り返す運
動の名だ。都市の夜、ガラスの塔が
光を撒き散らすたび、人々の影はよ
り濃く、より透明になってゆく。通
信網の中で、孤独は再生産され、ひ
とびとはノイズを愛と呼び、自己を
更新するアルゴリズムの夢に耽溺す
る。わたしたちは、見えない黒に接
続されたまま、互いの沈黙を交換し
ている。神は、ひかりをつくる前に
孤独をつくった。それは、宇宙最初
の構文であり、あらゆる言葉がそこ
から派生した。だから、語ることは
つねに回帰だ。言葉を発するとき、
わたしたちは、まだ発されぬ沈黙の
方へ還ってゆく。黒は、死ではない
。それは、生成の中で凍結した呼吸
、未来の胎内で眠る熱だ。朝が来る
たび、黒は忘れられ、忘却の中で再
び生成をはじめる。わたしたちは、
その循環の証として、影を持つ。影
とは、黒が人間に託した最後の記号
である。黒は、終わりではない。そ
れは、終わりを孕んだまま、なおも
始まり続ける、無限の転位である。
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