第二話「朱の詠唱」7

 軒下を借りようと民家を尋ね、三件目でようやく許可を貰えた。野宿なんて――と思っていたが、辺りを見ると軒下で寝ている連中は結構いた。この世界では当たり前なのかもしれない。


 リュックを枕代わりにして横になると、ルナリスも籠を枕代わりに……しようとしたが、どうやら高さの具合が悪いようで、何度も籠や頭の位置を変えたりしていた。俺は自分の頭の位置を少しずらして、「ほら、ここいいぞ」とリュックの半分を空けた。ルナリスは脇にちょこんと正座すると、そのリュックをまじまじと見た。その顔は真っ赤であった。


 なんだこいつ、このリュックが汚いかもと思っているのか? 各所を飛び回る際には、この大型のリュックじゃないと荷物が入りきれないので必ずこれだが、毎回消毒をして洗っている。外国で妙な病原体を持って帰っていたら嫌だからな。


「心配しなくても、毎回旅から帰ったら洗ってんだから汚くねえよ。ほら、寝ろ」


 俺はそう言って、背中を向けるように寝返りを打った。すると背後で、「そうじゃあ、ないんですけどね……」と小さく聞こえた。そしてもぞもぞと動く気配があり、リュックが沈んだ。背中がほのかに暖かみを増す。


 周りの音が遠くなり、意識が落ちようとしていた時、背中から声がした。その声に意識を戻される。


「き、今日は……ありがとうございました」


 その声は俺に向けてなのだろうが、半ばひとり言なのではと思えるほど小さかった。


「いやあ、こっちこそありがとな。城まで見せてもらって」


「あ、あ、そうではなくてですね……」


 そう言うと、ルナリスはしばらく黙った後のち、「ま、ま、まま……」と、言葉を発したが、次の言葉が出てこない。俺は眠気もあって、何も言わずに言葉を待った。


「……」


 尚も出てこない。そうなると、気になって逆に眠気が覚めてくる。そしてしばらく経った頃、背後でもぞもぞとルナリスが動く気配があり、顔を覗き込んでくるような影の動きを感じた。


「寝ました?」


 不意にルナリスの声がした。返事をするのも億劫だったのでそのままにしていたら、ルナリスは続けた


「守ってくださって、ありがとうございました」


 その声は、虫の鳴き声に消えてしまいそうだった。


 そしてルナリスは体を元に戻すと、その体を俺の背中にくっつけてきた。




 ――。




 ――。




 ――あ、あちい。


 離れてくれと頼みたいが、寝たふりを決め込んでいた手前言えない。くそったれ、こんなことならあの時返事しとけばよかった。もういい、寝てこの暑さから解放されよう。


 そう思い再び闇に意識を吸い込まれそうになった頃、遠くで警鐘が聞こえた。




 ――カァンカァンカァン!!


「襲来、襲来―――!!」






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