第二話「朱の詠唱」4
城下の入口には、兵士が二人いた。大きな門があるわけではなく、門構えだけが腰を据えていた。随分不用心だなと思ったが、反面、ここはまだ城じゃないからこんなもんか、とも思った。
ルナリスはすんなりと門を通ったが、兵士は俺を見るなり、持っていた槍で体を抑えてきた。
「止まれ。そこの者、通行の許可はあるか」
その眼光が、ぎろりと俺を睨んだ。予想もしていない展開に、少しばかり焦ってルナリスを見た。するとルナリスは、さらに焦った様子で戻ってきてくれた。
「あああ! そ、その人は、う、うちのお客様です。ごごご、ご、ご無礼の、んないように、お願いします!」
言葉が転げるように出てきた。兵士は俺を訝し気に睨むと、「ふん」と上等でもなさそうに鼻を鳴らして槍を下げた。
「そうでしたか、ルナリス殿のお客人でしたか。失礼」
兵士は不快そうに元の位置に下がった。体の自由を取り戻した俺は、すぐにルナリスに駆け寄ると、ルナリスも俺に両手を広げて駆け寄ってきた。
「すすす、すいません! ま、まさか止められるとは。城に投獄されるのではと焦りました」
と、投獄!? 冗談じゃない。俺は何もしてないどころか、ここへ来たのは初めてだ。何を以って投獄されなきゃならんのだ。
そう思ったが、ここは城を構えた一国なのだ。俺に罪を着せようなんざ簡単なこと。それが例え無実だとしても。それにそんな事、いくらでも起きているかもしれない。
「ったく焦ったぜ! それよりお前、“ルナリス殿”とか呼ばれてたけど、一体どんな身分なんだ?」
「あ、えっと……おじいちゃんが、ここの元兵士でして。けっこう偉かったみたいで、今は名誉顧問とか……そんな感じらしいです」
ルナリスは照れ笑いを浮かべた。
あのじいさんが、名誉顧問か。というと、いくらか死線もくぐってきたのだろうか。人は見かけによらないとは、よく言ったものだ。
俺が「お前のじいさんすげーな」と言うと、ルナリスは頬を染め、指先で髪をくるくると弄びながら、小さく笑った。そしてそのまま顔を上げ、「それじゃあ、道具屋さんへ行きましょう」と促した。
城下町は村とは比べられないほどに人が行きかい、何かお祭りでもやっているのかというほど賑わっていた。そしてそこで特筆すべきは、そこにいる“人”たちが、人間ばかりではないということだろう。なんと、体つきこそは人間のような見た目をしているが、顔が豚や狼、猫や兎、それに熊といったようなものだったのだ。体型も、どことなくそれぞれの特徴に合っているように思えた。
「お、おいルナリス! 人間じゃないやつがいるぞ!」
そう言うと、ルナリスは目を丸くして答えた。
「え、ニホンに獣人じゅうじんはいないのですか?」
おいおい、そんな当然みたいな顔で答えないでくれ。どういう進化の過程を経るとそうなるのだ? 疑問でしかない。
人間は猿から進化したと考えられているが、顔はちゃんと人間になっている。しかしこいつらときたら、顔だけ据え置きではないか。何故顔だけ進化しなかった? しかもしっかりと、俺が理解できる言語で喋っている。
「いるわけないだろ。獣人? ってのは、普通に俺たちと同じような生活をしているのか?」
「ええ、同じように、集落で農業をしたり城下でお仕事をしたりしています。ボア族なんかは……あ、熊の種族なんですが、ボア族は体も大きく力も強いので、兵士として城に仕えてる方もいます。この城下の魔法学校にも、獣人はいます」
なるほど、上手く共存しているってわけか。たしかに、そこいらで買い物をしている獣人たちは、人間と話している時も愛想がいい。分け隔てなく、って感じだ。村で火の魔法を見た時もそうだったけど、改めて“違う世界”に来てしまったんだなと痛感させられる。
そのままルナリスの先導で道具屋まで来た。そこでは、雄の兎の獣人が主人らしかった。
そこでふとよぎった。この場合雄とか雌とかって言い方をすると、差別的表現になるのだろうか。やはり、男や女というような呼び方がいいだろうか。
うん。ここは、男女でいこう。
そう腹に決め、店を出たところでルナリスに言った。
「ここの獣人は男の兎だったな」
「ええ、雄でしたね」
「……」
すぐにたばこに火をつけ、空に煙を吐いた。今日は天気がいい。
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