第一話「悪魔を封印せし者」2

 さて、三十分の休憩も終わり、俺は最後にもう一口だけ水を口に含んだ。

 立ち上がると、太ももとふくらはぎの筋肉が張っている事に気付いた。明日は筋肉痛だろうな。

 壁沿いに続く道をひたすら下る。幅は広く、おおよそ三メートルはあるだろうことが伺えた。これだけ安全であるなら、観光地にしてもいいのではとよぎったが、その言葉は飲みこんだ。

 と、その時、崖下から大きなうなり音が聞こえた。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 音の正体を確認しようと暗闇を覗き見るが、まったく見えない。

「地震デス! コレハ、大キイネ!」

 ガイドが叫んだ。

 じ、地震だと? ふざけるな。こんな場所で地震なんてきたら、足場が崩れちまう。

「戻るぞ!」

 俺の声が洞窟に響いた。

 全員、急いで来た道を引き返す。

「風間さん、早く!」

 先を走る木下が、俺に振り返る。木下は元陸上部だとか言っていた。さっきまで俺と一緒に歩いていたのに、もう先頭に立っていた。

 地震の揺れは収まるどころか、どんどん大きくなっている。

「振り返るな、急げ!」

 俺は普段のたばこと怠けた生活が祟ってか、みんなについて行くことが出来ない。どんどん離されていく。

 すると、目の前の足場に、細く線が走った。見る間に亀裂が走り、ひと呼吸ののち、足場は轟音とともに崩れ落ちた。

「くそぉっ!」

 バランスを崩し、奈落に吸い込まれる感覚に陥る。その最中(さなか)、見上げる視界には、尚も走り続けるみんなの姿が映った。そして木下が俺に気付き、

「かざまさぁぁぁぁぁん!」

 叫ぶ声が聞こえた。

「きのしたぁぁぁぁぁぁ!!」

 俺はその叫びとともに、奈落の闇に飲みこまれた。


 **********


 目を覚ますと、視界には暗闇が広がるばかりだった。

 ――死んだ、のか?

 そう思ったが、ふと横から光が差していることに気付いた。

「――え」

 その光は、外の光だった。出口らしい。いや、入口か。結局、奈落の底にも入口がもう一か所あった。そんなオチだったって事か。

 体を起こそうとしたが、自分の周りがやけに柔らかく、上手く体を起こせない。よく目を凝らして見てみると、白い物体がベッドみたいになっていた。その物体は、きめの細かい何か。ぐにっと握ってみると、簡単にちぎれた。ん……これは、マシュマロか!?

「はは、ははは……あーはははははは!」

 助かった安堵と、奇跡的にその場所に落ちたという事と、なにより、それがマシュマロで出来たベッドだった事に笑いが込み上げてきた。

「なんなんだよちきしょー、人生捨てたもんじゃねえな!」

 わざと大きな声を出し、空洞に声を反響させた。

 俺は助かった。いや、一度死んだ気さえする。今なら何だって出来そうな、そんな気分だ。

 体を起こそうとした時、右足首に激痛が走った。

「――っぐ!!」

 足首は触れるだけで焼ける様に痛んだ。マグライトで照らしてみると、青紫に腫れていた。

 くそ、折れてるかもしれねえ。

 ベッドに体を預けたまま叫んだ。

「きのしたぁぁぁぁぁぁ! おーーーーーい!!」


 ……。


 自分の声が反響して返ってはくるが、ガイドやら木下の返答はない。何度か試してみたが、無駄だった。

 もしかして、俺が落ちた所は相当な高さだったのかもしれない。よく見ると、他にも体中は傷だらけだ。切れて血が流れている箇所もある。よくぞ生きていた。自身でもそう思う。

 助けを待っていても仕方がないので、足首の痛みを必死に堪え、登るためのらせんの道を探した。しかしらせんの道は、到底届かないであろう場所で崩れていた。

 舌打ちをひとつ響かせ、光の差す方へ歩みを進めた。

「ん?」

 目が暗闇に慣れてきたのか、不意に、足元に何かが刻まれていることに気付いた。

 見たことのない文字と、何かの印……というかマークというか、そんなのがたくさん並んでいる。しかもそれは秩序を持っているらしく、綺麗に並んでいた。記事に出来るかもとそれを追ってみると、それは壁沿いに綺麗に円になっており、しかも、中心までびっしりと紋様やら文字やら線やらで形成されていた。

 俺はこれを見たことがあった。

「こ、これは……魔法陣」

 そう気付くと、急に寒気がした。背中に嫌な汗が伝うのを感じる。

 もしかして……ここに悪魔を封印しているのか。ま、まさかな。そうは思うが、どこかで、“おとぎ話が本当は実在するのでは”という恐怖に、膝が震えた。

 早く、ここを出よう。そう思い光の方へ急いだ。左足だけで跳ねる様に進むが、振動だけでも右足首が痛む。もう少しで、外へ出られる。

 すると、外が近くなればなるほど視界はかすれ、テレビの砂嵐みたいなものに覆われた。そして外に出たところで、俺は――


 気を失った。



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