​【辺境伯の宣言と、偽りの保護】

​青年は、アウローラがぼうっとしている隙に、静かに彼女に話しかけた。


​「失礼。危害を加えるつもりはありません。少し、聞いてほしいことがあります」


​そして、彼はフードをわずかに持ち上げ、その顔を覗かせた。


​「私は、ロレンツォ・ヴェルナー。辺境伯家の嫡男です」


​ロレンツォの低い声は、威圧的ではなく、むしろ真剣な響きを持っていた。アウローラは、彼の言葉を信じるか迷ったが、彼の持つ瞳の色に、わずかな安堵を覚えた。


​「ここでは話がしにくい。関所を抜けてすぐの食堂で話をしたい」


​ロレンツォの誘導で、二人は関所を抜け、食堂の隅の席に移動した。ロレンツォは、周囲に気付かれないよう、静かに、そして単刀直入に話し始めた。


​「単刀直入に申し上げます。あなたの実家の侯爵家と王家が、あなたを探しています。失踪者として、似顔絵と共に全領地に通達が出ています。もちろん、この辺境伯領にも」


​(やはり、ルドルフの呪いから逃れることはできないのね……)


​アウローラの表情が青ざめたのを見て、ロレンツォはさらに声を潜めて続けた。


​「アウローラ嬢。通達が届いた以上、王都の手が伸びるのは時間の問題です。ここは辺境。王家からの介入もほとんどありません。あなたさえよければ、私の家で、身を隠す形で保護したいと思い、このような形で声をかけさせていただきました。女性一人で、この辺境の地で生活をするのは、あまりにも危険です」


​アウローラは、ロレンツォの言葉に、強い警戒心を抱いた。


​「なぜ、初対面の私を保護しようとするのですか? 私には、あなたに差し出すものは何もありません。辺境伯家に何の利益も――」


​ロレンツォは、アウローラの言葉を遮り、冷徹な表情で続けた。


​「政略の一環だと思ってくれ」


​彼は、椅子に深く腰掛け、声のトーンを落とした。


​「当領地は現在、王都との交易で不利な状況にある。私は、『王都の貴族階級に精通した秘書』を必要としている。あなたほどの出自を持つ令嬢ならば、その知識と作法は辺境では得難いものだ。あなたの身分を隠し、身寄りのない熟練の文官として、領地内での事務作業に専念させる。これが、あなたの居住スペースの提供と引き換えに私が必要とする労働だ」


​彼は、あえて「政略」と「労働」という言葉を選び、アウローラの警戒心を逆手にとった。


​「その役割であれば、王都にあなたの正体が露見しても、我々は『辺境の利益のために、密偵に作業を強いた』と説明できる。あなたは、辺境の平和を守るための、私の道具だ。やりたいことがあれば、領地内で自由にやっていい。ここは、あなたが選んだ宿だと思ってくれればいい」


​ロレンツォは静かに、しかし力を込めて続けた。


​「王都からここまで大変だったでしょうが、その大変な思いをしてまで家を出たのであれば、強い覚悟あってのこと。私は、その覚悟を尊重したい。そして、覚悟があるなら私はあなたの味方をしたい」


​ロレンツォの瞳は、まるで森の奥底の銀狼のように、冷たさと、確固たる決意を同時に宿していた。彼は、人型では決して口にしないと決めていた、あの時の誓いを、形を変えて伝えたのだ。


​アウローラは、その黄金の瞳の奥に、温かさを感じ、抗うことをやめた。


​「...わかりました。お言葉に甘えます。ロレンツォ様」

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銀狼と辺境の花嫁 あやか @A-5yuka

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