​【銀狼の求愛と、侯爵令嬢のキス】

アウローラが、ルドルフへの憎悪と、静かな死を望む八度目の人生の目的を全て話し終え、夜が明けた翌朝。


​アウローラが目を覚ますと、すぐ隣にいた「わんちゃん」が、彼女の顔に優しく鼻を擦りつけてきた。そして、寝台の足元には、羽がきれいにむしられた数羽の鳥が丁寧に並べられていた。


​(まあ、この子は!これは、私への贈り物かしら。私を労って、食料を狩ってきてくれたのね)


​アウローラが鳥に目をやっていると、「わんちゃん」は、アウローラの目の前で仰向けになり、四肢を投げ出してゴロンと転がった。

​その姿は、きれいな銀色の毛並みに覆われた、ふかふかのお腹をさらけ出しており、アウローラは思わず微笑んだ。

それは、獣としての最も無防備で、最大の信頼と愛情を示す求愛行動だった。


​(なんて無防備で可愛いの)


​アウローラは、そっと手を伸ばし、その温かい毛皮のお腹を撫でた。


​「ふふ。あなたフワフワね」

​アウローラは、さらに大胆にも、そのお腹に頬を擦り寄せた。獣の毛皮は、辺境の朝の寒さの中で、太陽のような温かさを放っていた。


​「あら、あなたオスだったのね」


​アウローラのその小さな呟きを聞いた瞬間、「わんちゃん」の動きがピタリと止まった。


​(ロレンツォの心境:ま、まずい!つい無意識に腹を見せてしまったが、これは獣人としての生殖器まで晒していることになる!辺境伯であるこの私が、腹を撫でられ、オスだと確認された上、頬を擦り寄せるなど…!)


​「わんちゃん」は、顔(狼の鼻先)を赤くしたかのように見え、すぐに起き上がって、元の大人しい体制に戻ってしまった。アウローラは、彼の照れたような仕草を愛しく感じた。


​アウローラは、鳥を見て、「狩ってきてくれたのね?ありがとう」と言うと、彼の濡れた鼻先に、感謝のキスを一つ落とした。


​その瞬間、「わんちゃん」はビクッと身を震わせたかと思うと、一言も鳴かずに、一目散に辺境伯領の方へと向かって走り去って行った。


​「わんちゃん!」


​アウローラの呼びかけは届かない。彼女は、彼が突然逃げたことに寂しさを感じたが、きっと「おうちに帰ったのね」と思い、彼の安否を案じながら、再び一人旅を続けることにした。


彼女の心には、**銀色の大きな「わんちゃん」**の残した温もりだけが、深く残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る