第一章:銀狼との、血と薬草の夜 ​【冷たい森と、深手を負った獣】

​旅は、想像以上に過酷だった。

人目を避けるため、アウローラは整備された街道ではなく、森や野を抜けて進んだ。辺境に近づくにつれて、空気は冷たさを増し、森は深く、暗くなっていった。


​(これでいい。誰にも見つからなければ、この体はただの孤独な旅人として、静かにその生を終えることができる)


​国境に近い、冷たい森の奥深く。

アウローラは、道の傍らで、深い傷を負い倒れている大きな獣に出会った。

​その獣は、アウローラが今まで見たどの犬よりも大きく、毛並みはまるで月に照らされたように美しい銀色に輝いていた。

しかし、左脇腹には血が滲む深い裂傷を負い、苦しそうに横たわっていた。その血は、辺境の冷たい土を黒く染めていた。


​「こんな深い傷を負って……」


​七度の死を経験し、自らの命に価値を見出せなくなったアウローラには、目の前の痛む命を見捨てるという選択肢はなかった。自分の命には執着がないが、目の前で消えそうな命を救うことには、何の躊躇もなかったのだ。


​アウローラがそっと近づくと、獣は最後の力を振り絞るように、力ない声で低く「ウゥ……」と威嚇してきた。その黄金の瞳には、激しい痛みと、人間に対する根源的な警戒の色が宿っている。


​(ロレンツォの心境:動くな。なぜ、こんな辺境の森に、貴族の娘がいる?私は今、人型に戻ることもできぬ。傷が深すぎる。もしこの娘に正体が露見すれば、ヴェルナー家の秘密が、ひいてはこの辺境全体が王都に屈することになる――)


​彼は、人としての理性を保とうとしたが、傷口から流れ出る血と激しい高熱が、彼の理性を獣の本能へと引きずり戻そうとしていた。

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