「お前を愛することはない?」上等! なら愛され妻になるので覚悟なさって!
久遠れん
「お前を愛することはない?」上等! なら愛され妻になるので覚悟なさって!
「お前を愛することはない」
結婚式が終わって、初夜を迎えた深夜。
ベッドに座る私に向って沈痛な面持ちで告げたのは、私の旦那様になった公爵のジルベルト様。
私はぱち、と瞬きをする。
なるほど? 私を愛することはないと。
「では、愛されるように頑張ります!」
ぐっと手のひらを握って告げた私に、旦那様は大きく目を見開いた。
「今日はとりあえず添い寝をしましょう!」
「え? あ、ああ」
ぐいぐいと旦那様の腕を引いてベッドに入る。
戸惑っている旦那様をベッドに押し込んで、シーツをかけてぽんぽんと軽くたたいてあやす。
懐かしいな、弟が怖い夢を見た時もよくこうしていた。
「では、おやすみなさいませ。旦那様」
「……ああ」
にこりと笑って私は目を閉じる旦那様を見守っていた。
翌日、隣で寝ていた旦那様が体を起こした気配で目を覚ました私は、眠い目をこすりながらぽやぽやと口を開いた。
「おはようございます、旦那様。私のことを愛したくなりましたか?」
「おはよう。愛することはない」
私の問いかけに旦那様の答えはそっけない。
でもこのくらいでめげてはいられない。愛されるように頑張るんだから!
朝食の席で、向かい合って食事をとりながら時折他愛ないお話をする。
「このお肉とても美味しいです」
「そうか」
「美味しいご飯は幸せになりますね」
「そうだな」
一つ咀嚼するたびににこにこと喋る私に、そっけないけれど無視することなく相槌を打ってくださる旦那様。
それがうれしくて私の表情はますます緩んでしまう。
時間をかけて食事をすべて食べ終えて、私は口元をナプキンで拭う。
「美味しかったです。ごちそうさまでした。旦那様、私のことを愛したくなりましたか?」
「食事は美味しかったならなによりだ。お前を愛することはない」
「残念ですわ」
にこ、と笑った私に、やっぱりどこか旦那様は戸惑っているようだ。
でも、こういうのは押せ押せだと思うので、今後も手は緩めません!
そのあと、執務室にこもった旦那様に「日中は好きに過ごすといい」と言われて、私はお庭の散策をした後、用意してもらった自室で趣味の刺繡をして過ごした。
旦那様の書庫に立ち入る許可をもらえたら、明日は本を読んで過ごすのもいいかもしれない。
「とてもいい天気ね」
あけ放った窓の外に視線を滑らせる。
さんさんと降り注ぐ太陽、心地のいい風、時々聞こえる小鳥のさえずり。
とてもいい天気だ。刺繡がひと段落したので、そばのテーブルに針と刺繡枠を置く。
完成にはもう少しかかりそう。旦那様へのプレゼントとして白いハンカチに小鳥を刺繍しているのだけれど、趣味に合うかしら。
「それにしてもどうして旦那様は『お前を愛することはない』なんておっしゃるのかしら」
昨夜からずっと疑問だったことを口に出す。
寝る前にもぐるぐると考えていて答えがでなかったから、考えるだけ無駄かと放置していたけれど、ちゃんと考えたほうがいい気もする。
「愛することはない、その理由」
窓の外の木に小鳥が止まる。囀り声を聞きながら考えても、答えは出ない。
「うーん、とりあえず、私にできることをするしかないわよね」
愛することはないといわれたのだから、愛されるように努力するしかない。
そろそろティータイムの時間だ。休憩がてら旦那様のところでお茶でもしようかしら。
思いついたら即実行だ。私はメイドに声をかけるために、軽い足取りで部屋を出た。
メイドにティーセットの用意を頼んだあと、用意されたティーセットの乗ったワゴンを押すメイドともに旦那様の執務室を訪れた。
「失礼します、旦那様。ステファニアです」
こんこんとノックをすると旦那様付きの執事がドアを開けた。
微笑み返して私は執務室に足を踏み入れる。
「どうした、何か用か」
「ちょうどいいお時間ですから、休憩がてらお茶でも、と思いまして」
「……もうそんな時間か」
そう口にして腕時計の時間を確かめた旦那様は、浅く息を吐きだした。
「私の機嫌を取らずとも、追い出したりはしない」
「そんな心配はしておりませんわ。ただお茶をご一緒したかったのです。良い天気ですから、窓を開けてもいいですか?」
「……好きにしていい」
「はぁい」
許可をもらったので、締め切られている窓を開けるようにメイドに指示を出す。
ワゴンから離れたメイドが窓を開けるのを見ながら、執務室に置かれたソファに腰を下ろした。
「旦那様もぜひ」
にこ、と笑って対面をしめすと、旦那様はため息を一つこぼしはしたものの何も言わずに執務机からソファに移動してくれた。
メイドからバトンタッチした執事がお茶をティーカップに注ぐ音が静かな部屋に響く。
ソーサーに乗せられてローテーブルに出された紅茶に口をつける。
一口、舌の上で転がして風味を楽しんでから嚥下する。
「こちらも美味しいですが、もっとおすすめの紅茶があるのです。手配をしても?」
「好きにしていい。この屋敷の女主人はお前だ」
「ありがとうございます」
許可をもらったので、今後はお屋敷に関する色々なことに口を出していこう。
お茶請けのケーキをフォークで小さく切り分けて口にする。こっちは文句なしに美味しい。
「実家で食べていたケーキも美味しかったのですが、よりいっそう美味しいです」
「そうか」
旦那様の前には紅茶しか置かれていない。
甘いものは苦手なのかしら。そのあたりも今後少しずつ知っていきたい。
「旦那様、私のことを愛したくなりましたか?」
「いいや、お前のことを愛することはない」
そうよね、まだ二日目だもの。こういうのは気長に行くべきだわ。
夕食を食べて、お風呂に入って、肌のお手入れをする。
メイドたちに手伝ってもらって綺麗に身だしなみを整えてから寝室へ。
旦那様はベッドサイドのチェアで本を読んでいるようだった。
なんの本を読んでいるのか気になったけれど、あまり詮索しすぎるのもよくない気がして、私は旦那様に声をかけてベッドに入る。
「旦那様、おやすみなさい。私のこと、愛したくなりましたか?」
「おやすみ。お前を愛することはない」
残念。やっぱり結婚して一日では愛はどうにもならないらしい。
私はまだ本を読み続ける旦那様を見つめながらまどろむのだった。
▽▲▽▲▽
政略結婚で嫁に取ったステファニアは変わった令嬢だった。
伯爵家の長女であったステファニアは面倒見がよかった。
私の小さな変化に気づいては、先回りするように原因を潰していく。
よくできた妻だと私ですら感心する。
結婚式の初夜で私はステファニアに「お前を愛することはない」と告げた。
それは紛れもない私の本心だった。
私はひどく臆病だったから、愛する人を作るのが怖かったのだ。
敬愛していた父と母を馬車の事故で亡くしてから、私はすっかり人と接することが恐ろしくなっていた。
けれど、手ひどい言葉を告げた私に対して、ステファニアは妙に前向きだった。
「愛されるように頑張ります!」
と口にして、実際その通りに動いた。
私の朝は早いのに、私が起きれば目を覚ます。
まだ寝ぼけ眼でぽやぽやした口調で「おはようございます」と言われるとじんわりと胸が温かくなる。
食事の席では、これが美味しい、あれも美味しい、とにこにこと微笑みながら食事を食べて、他愛ない会話で楽しませてくれる。
午後の三時には必ずティーセットともに執務室に表れて「旦那様、お茶をしましょう」と誘ってくれる。
疲れている体にステファニアが手配した新しい茶葉は染み渡るように美味しかった。
執事曰く、なんでも疲労回復の効果がある茶葉をわざわざ遠方から取り寄せてくれたらしい。
夜も、どんなに私が遅くまで仕事をしていても寝ることなく起きて待っていてくれる。
先に寝ていていい、とは何度も言ったのだが、ステファニアが私が寝室に戻るより先に寝ていることは一度もない。
たいていの場合、趣味だという刺繡をしながら穏やかに私を待っている。
口癖のように何かをするたびに「私のことを愛したくなりましたか?」と尋ねられるのを除けば、本当にできた妻だと思う。
私はそのたびに「お前を愛するつもりはない」と返しているのに、めげた様子は欠片もなかった。
そういう風に二人で日々を過ごした。
結婚して三か月目、やはりそっけない態度をとり続ける私に対して、ステファニアの態度は結婚当初から変わらない。
「旦那様は愛らしい方ですね」
執務の合間のお茶の席で、唐突にステファニアがそう口にした。
私は一瞬意味がわからずきょとんとしてしまい、一泊遅れて眉を寄せる。
「どういう意味だ?」
「ふふ、そういうところです」
からころと笑うステファニアの表情は見ていて飽きない。
言葉の真意はわからなかったが、別に問い詰めることでもないと思いなおして、私は紅茶の注がれたカップに視線を落とす。
近頃、そろそろ限界だと、察し始めていた。
(ステファニアが愛おしい)
どんなに私がそっけない言葉をかけ続けても、子犬のように私のそばをちょろちょろと動き続けてなついてくれるステファニアに、情を移すなというほうが無理な話だった。
だが、私の中の恐怖が素直な感情を口にするのを止めてしまう。
もし、ステファニアを失ったら。
きっと私は今度こそ立ち直れない。無残に死んだ父と母の痛ましい亡骸が脳裏をよぎる。
手が、震えてしまった。カップの中の紅茶が揺らぐ。
「旦那様?」
「……なんでもない」
ステファニアの気遣う呼びかけに、私の口から零れ落ちるのは愛想の欠片もない言葉。
そもそも、この結婚は政略結婚だった。
愛など最初からどこにもなくて、私には歩み寄るつもりすらなかった。
愛してしまえば失った時が恐ろしいから、と言い訳を並べて、対話を拒絶した。
それなのに、ステファニアはよく私に尽くしてくれている。
これ以上手放せなくなる前に、と理性がささやく。
「ステファニア、離縁しよう」
そっと私がささやくように告げると、ステファニアが大きく目を見開いた。
そこらの宝石よりよほど美しく澄んだ瞳に私が映っている。
そのことに優越感を覚える自分がいた。
「嫌です」
予想外にもきっぱりとした返事が返ってきて瞠目する。
カップをソーサに戻して、私はまっすぐにステファニアを見つめた。
いつものように、ステファニアは穏やかに微笑んでいる。
「旦那様が抱えているものを、私は知りません。けれど、離縁はしたくありません」
いつもほわほわとしているステファニアの強い拒絶。
それだけ愛されているとうぬぼれてもいいのだろうか。
自然と上がる口角を意識して押さえつけて、だが、と私は口にする。
「私はお前を愛することはない。離縁して新しい縁談を見つけたほうが幸せだろう」
「あら、旦那様はおかしなことをおっしゃいますのね」
にこり、ステファニアが優しく愛おしく微笑んで。
「私は十分、旦那様に愛されていると思っています」
そんな風に、口にした。
▽▲▽▲▽
『離縁しよう』
そう言われて、真っ先に思ったのは、どうして、でも、なぜ、でもなく。
嫌です。それだけだった。
私を愛せないと仰る旦那さまはきっと私を気遣ってそう伝えてくれた。
でも、おかしな話だと私は思う。
旦那様と結婚して三か月、私はこんなにも大切に愛されているのに。
「例えば、朝目が覚めた時」
私は詩をそらんじるように、歌うように告げる。
「まだ眠くてまどろむ私を見つめる旦那様の優しい瞳には紛れもない『愛』が宿っていると思うのです」
私の言葉に、旦那様が軽く目を見開いた。
私はさらに続ける。
「私がこうやってお茶に誘うたびに、どんなに忙しくても執務を中断して付き合ってくださいます。そこには休憩以上の意味があると、私は受け取っているのです。『愛』ではなくて、なんだと仰るのでしょう」
旦那様の頬に赤みがさす。
「私が『私を愛したくなりましたか?』としつこいほど聞いているのに、一度も無視をされたことはありません。それだって、私は」
「もういい、やめてくれ」
頬を真っ赤にした旦那様が片手で顔を抑えている。私はくすくすと軽やかに笑う。
「ねえ、旦那様。私のこと、まだ愛したくはありませんか?」
優しく、穏やかに、そして静かに。
問いかけた私の言葉に。旦那様は。
「……とっくに、愛おしいと思っていたよ」
顔を隠した手を退けて、かすれる声でそう口にしてくださった。
▽▲▽▲▽
私たちが『愛』を確かめ合って、十か月後、私は待ち望んでいた新しい命を生み落とした。
おぎゃあおぎゃあと泣き声が部屋に響く。私は疲労で滲む視界で、それでも愛おしい我が子を見つめていた。
「ステファニア、ありがとう、ありがとう……!」
いつも冷静な旦那様がぼろぼろと涙を流しながら私の手を握っている。私はふんわりと微笑んだ。
「旦那様、この子のことを、愛してくださいますか?」
「もちろんだ! お前たち二人とも、私が命に代えて守ってみせる!!」
強い口調で断言した旦那様は、あの日の夜、両親を亡くした日のことを私に話しながら涙を流した悲しい気配はどこにもなくて。
だから私を愛するのが怖かったと告白した、ふけば消えそうな儚さもなくて。
ただ、頼りがいのある、私の素敵な旦那様がそこにいる。
「旦那様」
「なんだ、ステファニア」
「大好きです、愛しています」
「私もだ」
こんな風に口にしてくださるまで、旦那様の中では相当な葛藤があったのだと知っている。
だから、私は新しく生まれた命と、旦那様の大きな愛を抱えて、これからも元気に長生きをするつもりだ。
◤ ̄ ̄ ̄ ̄◥
あとがき
◣____◢
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「お前を愛することはない?」上等! なら愛され妻になるので覚悟なさって! 久遠れん @kudou1206
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