酒クズ聖女、世界を救う

久遠れん

酒クズ聖女、世界を救う

 その聖女は、とにかく無類の酒好きだった――。



 私の聖女としての師であるシルヴァーナ様はとにかく型破りな方である。


 基本的にお酒の入った酒瓶を片手に持っていて、べろんべろん。真っ赤に染まった顔で説法をされると戸惑う人も多い。


 それでも聖女として認められているのは、ひとえに実力がとびぬけているから。


 シルヴァーナ様はかつて魔王を倒した勇者一向に同行した聖女だったのだ。


 とはいえ、とはいえ! だ!


 魔物が現れたから救援求む、の連絡を受けて駆け付けた現場で、酒瓶片手に無双するのはやめてもらってもいいですか?!


「先生! 真面目に戦ってください!」

「大真面目よ! さあ、浄化されなさい!! お酒には浄化の力があります!!」

「ありません!」


 酒瓶片手に酒を振りまきながら「浄化よ!!」と叫び続けるシルヴァーナ様に、私は頭を抱える。


 救援要請を出したパーティーだって唖然としてるじゃないですか!


 でも結局、魔物は全部退けて、瘴気まで浄化してしまった。助けられたパーティーのリーダーがシルヴァーナ様を拝んでいる。


「ありがとうございます! 聖女様!!」

「いえいえ~、今日もお酒が美味しいわぁ」


 そこで残ったお酒をぐびっと飲むのは格好がつかないと思います!!






 救援に入った森から街へと戻ると、シルヴァーナ様の行きつけの酒場の前に人だかりができていた。


 聞こえてくる怒声の感じからして、酔っ払いの喧嘩みたいだ。


「先生、どうされますか?」

「う~ん、中に入れないの、困るわねぇ」


 そうねえ、なんていいながら、勝手に割れる人ごみの中を悠々と歩いていくシルヴァーナ様。


 後ろをついていくと、やっぱり酔っ払いの喧嘩だった。


 胸倉をつかみあっている二人は、あと少しで殴り合いの喧嘩になりそう。


「先生……」

「頭を冷やしなさーい!」

「先生?!」


 携えていた酒瓶の中身を周囲に振りまいたシルヴァーナ様にぎょっと目を見開く。


 案の定、お酒がかかった二人組がこちらを向く。


「なんだあ! お前!」

「聖女だからって調子に乗るなよ!!」


 二人してシルヴァーナ様に詰め寄りだす。


 はらはらしながら見守っていると、シルヴァーナ様はにっこりと笑みを深めて。


「酔拳!!」


 そう叫んで、見たことのない動きで酔っ払い二人に殴りかかろうとして。


 するっと避けられてべしゃんと地面に沈んだ。


「先生?!」

「あはは、あとは任せたわぁ、エリザちゃん」

「え、えー!」


 地面と仲良くしながらひらひらと手を振るシルヴァーナ様の言葉に、酔っ払い二人の視線が私へとむけられる。


「お嬢ちゃんが相手をしてくれるのかい?」

「手加減はしねぇぞ」

「ええええええ」


 まさかの飛び火にビビりながら私は降りかかった火の粉を払うのだった。






「先生、勘弁してくださいよ~!」

「うふふ、エリザちゃんならできると思っていたから」


 気を失った酔っ払い二人の上に腰を下ろしてひんひんと泣く私の頭をシルヴァーナ様がなでる。


 その手が優しいからうっかり騙されそうになるけど、酔っ払い二人の喧嘩を私に押し付けたことは許しませんからね!


「先生の美味しいご飯を食べないと立ち直れません~!!」

「いいわよぉ。ご飯作りましょうねぇ」


 にこにこと笑うシルヴァーナ様の言葉にようやく機嫌を直して私が立ち上がると、散らばった野次馬の奥から視線を感じた。


 そちらを見るとぼろぼろの洋服を身にまとった子供が二人、こちらをじぃっと見ている。


「あらあら、どうしたのかしらぁ」


 シルヴァーナ様も気づいたようで、フラフラの足取りでゆっくりと近づいて視線を合わせるようにしゃがみ込む。


 子供たちはびくりと肩を揺らしたけれど、ぐうと聞こえてきたお腹の音を私も聞き逃さなかった。


「お腹減ってるのぉ?」

 

 ゆっくりと尋ねたシルヴァーナ様に、子供たちが顔を見合わせてこくんと頷いた。


「……もう三日も食べてないの」

「お腹……空いた……」

「あらあら、じゃあご飯を一緒に食べましょうねぇ」

「「!!」」


 シルヴァーナ様の言葉に子供たちがぱっと目を輝かせる。


 私は肩をすくめて、子供たちとシルヴァーナ様に近づいた。


「私たちが泊まっている宿屋に案内するわ」


 手を差し出すと子供たちがおずおずと手を伸ばしてくる。


 左右の手にそれぞれの手を握って、やっぱりふらふらと歩きだしたシルヴァーナ様の後を追いかけた。


「これが! お酒料理!」

「普通のフランベですね」


 ぼっと火がでるフライパンを動かして、シルヴァーナ様が楽しそうに笑う。


 私は子供たちをシャワーに入れてきた後だ。髪の毛を乾かしてあげながら、お皿に料理を乗せたシルヴァーナ様の手元をきらきらとした目で見つめる子供たちの髪がある程度乾いたことを確認して「これで大丈夫」と手を放す。


 子供たちはテーブルに向って駆け出した。


「これはなに?!」

「おいしそう!!」

「ステーキよぅ。美味しいお肉を差し入れてもらったからねぇ」


 野菜を添えて肉厚のステーキを並べたシルヴァーナ様は、ほかにも具沢山のスープも用意している。


「まずはスープから食べてねぇ。お腹がびっくりしちゃうから」

「はーい!」

「わかった!!」


 いい子のお返事をした二人が食事にがっつきだす。私とシルヴァーナ様は温かく見守るのだった。






「子供たちがお腹を減らしているのはよくないわねぇ」

「協会に掛け合いますか?」

「そうねぇ」


 ベッドで寝ついた子供たちの顔を見ながら小さな声で話し合う。


「それよりもっと簡単な方法があるわぁ」

「なんですか?」


 ぱち、と瞬きをする。協会に掛け合うより早く孤児を救う方法。私には思いつかない。


「魔王に魔物をもう少し減らしてもらいましょう!」

「はあ?!」


 魔王?! 魔王って魔王?!


 魔王はシルヴァーナ様が勇者と一緒に倒したのでは?!


「まーちゃん~! でてきて~!」

「まーちゃん?!」


 まさかとは思うけど『魔王』だから『まーちゃん』だなんて馬鹿なことはいわないですよね?!


「何用だ、人間」

「っ?!」


 シルヴァーナ様の影がぞぞっと波打って、そこから二メートルを超える大男が現れた。


 二本の立派な角をはやしたその人影は、明らかに人間ではない。


「ねぇ、まーちゃん。魔物もう少し減らせないかしらぁ」

「我に理がない」

「美味しいお酒、また上げるからぁ」

「……少しだけだぞ」

「ありがとねぇ」


 うそ?! 魔王ってお酒で説得できる生き物なの?!


 ぎょっと目を見開く私の前で、魔王はまたも影へと戻っていく。


 私は恐る恐るシルヴァーナ様の影をつつく。なにも現れない。


 どういう原理だろう。


「先生、いまのは……」

「まーちゃんよぉ」

「魔王ですよね?!」


 私の突っ込みにシルヴァーナ様は頬に手を当てて、上をみて下を見て、うーんと悩んで。


「内緒にしてねぇ」

「そもそもばらさないでもらっていいですか?!」


 私だってそんな国家機密知りたくなかったんですけど!


「まーちゃんとはお酒で意気投合したのよぉ」

「勇者様と一緒に倒したのでは……?」

「戦いのときに私がぶっかけたお酒が気に入ったらしくてねぇ。盛り上がっちゃって」

「酒飲みをしたとかいいませんよね?!」

「魔王城のお酒も美味しかったわぁ」

「絶対飲んでる……!」


 勇者はどんな気持ちでその光景を見守っていたのだろう。


 あるいは勇者も一緒に飲んだのだろうか。


 聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちがせめぎあう。


 複雑な表情をする私の前で、シルヴァーナ様は新しいお酒をどこからともなく取り出して、グラスに注ぐことなくそのまま飲みだした。


「世界を救ったとか、難しいことはわからないんだけどねぇ」


 わかっていてほしいなぁ! 一応救国の英雄の一人なので!!


「お酒が美味しい世界が、正義よねぇ」


 そういってぐびっとさらに一杯。


 私にお酒の良し悪しはわからないけれど。




 どうやら世界がお酒によって救われたことは、理解しました!!



◤ ̄ ̄ ̄ ̄◥

 あとがき

◣____◢



『 酒クズ聖女、世界を救う』はいかがだったでしょうか?


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短編をコンスタントに更新していく予定ですので、ぜひ「作者フォロー」をして、新作をお待ちください~!!!


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酒クズ聖女、世界を救う 久遠れん @kudou1206

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