自堕落聖女は汚部屋の住人
久遠れん
自堕落聖女は汚部屋の住人
やったやったやった!!
やったわ!!
あたし、聖女に憑依してる!!
人気のない学園の女子トイレでガッツポーズを決める。
トラックに轢かれたときはどうなるかと思った。
でも、目が覚めてみれば日本ではありえない西洋的な学校にいて、周囲はあたしに「聖女様、こんにちは」なんて微笑みかけてくる!
最初は目を白黒させてしまったけれど、慌てて駆け込んだトイレで鏡をみたあたしは勝ちを確信した。
鏡の中にはふわふわのピンクブロンドの髪に桃色の瞳をもった美少女がいたからだ。
あたしのコンプレックスだった地味な黒髪と茶色がかった黒い瞳とは全然違う。
顔の造形も日本人ではありえないほど整っている。
高く通った鼻梁にくるくるの大きくて丸い目、まつ毛はこれでもかと長くて、頬はバラ色。
こんなに可愛い女の子、きっと日本ではアイドルにだっていやしない。
鏡の中の女の子はあたしが表情を変える度に、ちゃんと表情が動いている。
あたしの身体だ!
さっき「聖女様」って呼ばれてたし、この体は聖女なのよね? 勝確じゃん!!
多分ここは死ぬほどアニメや漫画や小説で読んだ異世界って場所で、あたしは物語の主人公よろしく聖女に憑依したのだ。
(個人的には異世界転生の方がよかったけど! まぁ贅沢はいってられないか)
せっかくなら一からやりたかったけど。まぁいいや。
問題はここがどの世界かってこと。
最近よく話題になるWeb小説だと、乙女ゲームの世界に迷い込むことが多いみたいだった。
あたしはあんまり乙女ゲームをプレイしたことがないけど、知ってる世界だったらいいな。
るんるんの軽い足取りでトイレをでる。
あ、教室どっち? まぁ、誰かに聞けばいいか!
あたしの意識がこの身体で目覚めたのが午前中のこと。
具体的に言うと授業が一つ終わった後。
この世界は中世ヨーロッパみたいな価値観ぽいけど、学園が舞台だし、清潔感もあるし、昼食は普通に美味しかったので、多分ご都合世界。
やっぱり乙女ゲームの世界かな~。みんな顔整ってるし。
女子生徒もそうだけど、男子生徒の顔がとにかくいい!
みてるだけで目の保養! あたし、だれとくっつけるんだろう!
わくわくしながら昼からの授業を受ける。文字も言葉も問題なし。
使われているのは日本語ではないけど、意味が理解できる。憑依だからかな。ラッキー!
クラスメイトともほどほどに交流する。こっちから話しかけると少し驚かれたけど!
なんでも「普段は無口な聖女様が……!」とのことらしい。この身体の持ち主、どんだけ喋らなかったのよ。
あたしのこの世界での名前は『シルヴィア・メディチ』
いいわね、名前も聖女っぽい。
咄嗟の反応が遅れないようにこれから慣れないと!
にこにこと微笑みながら授業を受けていると「あの聖女様が微笑んでいらっしゃる……!」とも言われた。
どんだけこの身体の持ち主は――以下略。
そんなこんなで一日の授業を終えて、これまたるんるんでクラスで二番目に可愛い女子生徒(一番目はあたしだから!)と仲良くなるべく雑談をして、寮に案内してもらおうとなった頃には、夕日が沈もうとしていた。
(一日が早いなぁ)
日本で学生生活をしていた時は一日はすっっっごく長かったのに!
こんなに楽しいなら、死んでよかったかも。そう思った瞬間、意識が、途切れた。
▽▲▽▲▽
どうやら、この身体の主導権は完全にあたしに移ったわけではないらしい。
五日間、この身体で過ごしてわかったこと。
あたしの意識は日中しか持たない。具体的には午前十時から午後六時までの八時間。
六時になるとぴたりと意識がなくなって、次の日の午前十時になっている。
最初こそ混乱したけど、ゲームらしい縛りかな? とか思ってた。
でも、カバンに「私の身体にいるだれかさん、変なことはしないでね」と差出人不明でメモが入っていた瞬間、あたしは理解した。
あ、この身体の持ち主、意識あるな? と。
あたしの意識が表面に出ているときにも意識があるのかは知らない。
でも、あたしが意識を失っている夜の時間帯は確実に元の人格が宿っている。
だって、言われちゃったもん。
寮で部屋が隣だというクラスで二番目に可愛い女の子に「なんだか昼と夜で別人みたいに表情が違うけど、大丈夫?」って。
心配そうにしながら聞かれてしまった。
適当に笑って誤魔化したけど、こうなってくると色々と難しい。
あたしが昼の時間で恋人を作っても、夜の間に本来の人格に別れを切り出されたらたまらないし、そもそも、どうやら素っ気ないらしい元の人格があたしの気になる人に失礼な態度をとっても困る。
悩んでいる間に休日がきた。
この世界も日本と同じ週休二日制らしく、週末は自由に過ごしていいとのこと。
どこまでもご都合主義な世界観だ。
あたしはといえば、まだこの身体で踏み入れたことのない自室で過ごすことにした。
本当は気になる男子生徒とデートでもしたかったけど、その為にも作戦を立てる時間が必要だ。
面倒だけど、元の人格となんらかの方法でやりとりをして、恋人を作る許可を取らないといけないかもしれない。
……もうあたしの身体だから、好き勝手にやりたいけど、ぶっ壊されるのが一番いやだから、ここは慎重に行く。
そう思ったのが昨日のこと。
意識が覚醒したので、恐らくいまは翌日の午前十時。
さて、作戦会議でもするか~! とベッドから起き上がったあたしは、目の前に広がった光景に悲鳴を上げた。
「何よこの部屋、きったない!!」
ここ自室よね?! あたしの部屋よね?! つまり聖女の部屋よね?!
部屋の惨状を一言でいうなら『汚部屋』だ。
あまりにも酷い。あまりにも汚い。あまりにも雑!
まず、学校の制服が適当に脱ぎ捨てられてる。ハンガーにくらいかけなさいよ!!
次に、読みかけの本が散乱している。本棚があるのに!!
さらに、食べかけらしきお菓子が放置されている。一度口をつけたなら全部食べなさいよ!!
トドメとばかりに、よくわからないゴミがたくさんその辺に放置されている。ゴミ箱はどこ?!
部屋のどこにも足の踏み場もない。床が全部隠れている。ありえなくない?!
鳥肌が立つ。
自慢じゃないけど、潔癖症で掃除が得意なあたしには耐えられない!!
「まど、窓をあけなくちゃ……!」
部屋の空気もこもっている気がする。
換気は大事だって幼稚園児でも知ってると思うんだけど!
この世界に幼稚園児がいるかどうかは知らないけど! 多分いないだろうけど!!
でも、かろうじて無事なベッドの下は物が溢れ返っている。いや、違う。
ベッドにまでいろんなものが侵食している。本当に耐えられない!!
「掃除!!」
悲鳴のように叫んで、あたしはまず窓に辿り着くための通路を作るための掃除を始めようとして。
「この世界ゴム手袋あるの?!」
ごみを触りたくなくてさらに悲鳴を上げた。
現在、午後の五時。食事も忘れて掃除を頑張ったおかげで、なんとか窓までの足場はできた。そこからベッドを中心に食べかけのお菓子やごみクズを捨てることに専念したので、部屋はまだまだ汚いけれど、気持ちマシ、程度にはなった。
「明日も掃除ね……!」
この部屋、あたしの変なやる気を押してくる。
絶対綺麗にして見せるんだから!
あたしが廊下に出したごみ袋の量に隣の部屋のクラスで二番目に可愛い女子生徒は驚いていたけれど、こんなものでは終われない。
「ぜぇったいに綺麗にするんだから!!」
今日のタイムリミットまであと一時間。どうにかもう少し綺麗にしてみせる。
腕まくりをした腕に気合を入れて、あたしはゴミの山に立ち向かう。
そして翌日。
さらに休暇を一日潰してなんとか部屋の原型が分かる程度に掃除を終えたあたしは達成感に満ちていた。
「これできっと大丈夫よね……!」
目が覚めたらなんだか少し部屋にまたゴミが増えていたのは気になるけど!
この聖女、どんな部屋の使い方してるの!? と正気を疑うけど!!
まあ、ここまで綺麗にしたから、来週の週末を使ってさらに念入りに掃除をすればモデルルームもかくやという部屋になるだろう。
「あ、一応クレーム入れとこう」
綺麗になった部屋のまだ雑然としている机に向かう。
机の上が散らかっているのは、聖書だとか教科書とか、捨てたらダメなものを積み上げてるからなんだけど!
ここまで手が回らなかったの! 悔しい!!
適当なメモ用紙につらつらと文字を綴る。意識しなくてもこの世界特有の文字が使えるのは有難い。
「えーっと『聖女なんだからもっと部屋を綺麗に使って』でいいかな」
聖女だから、の部分を強調する。
聖女ってもっと清楚でお淑やかなイメージがあったのに、この身体の元の人格はどうやら無口だし無表情だし部屋は汚いしで、あたしの中の聖女のイメージが下がった!!
クレームもしっかり書いて、満足しながらあたしは時計が六時を告げるのを見て、意識を手離した。
▽▲▽▲▽
さらに次の週末。
自室で目覚めたあたしはまたしても悲鳴を上げた。
「部屋が! 汚部屋に戻ってる!! なんで! あんなに掃除したのに!!」
散らかっている部屋の惨状に、あたしは頭を掻きむしった。
なんでなんでなんで! 納得いかないというか理解できない!!
こんなんじゃ気になる男子生徒の攻略ルートどころじゃないじゃない!
部屋の片づけが終わらないとなにもできない!! というややりたくない!!
この部屋を放置なんて神様が許してもあたしが許さない!!
むきー! とひとしきり騒いで、あたしは諦めて掃除を始めた。
ふと、机の上を見るとそこには先週あたしが残したメモの下に「また掃除よろしく。助かるわぁ」と書かれていて、生まれて初めての殺意を抱いた。
それから、二日かけて掃除をして、またメモを残した。
『なんでこんなに部屋を散らかすの! 聖女でしょ!!』
翌週の週末、部屋で意識が戻ったあたしはまた散らかった部屋と残されたメモを見て絶叫する。
『聖女だって自堕落に過ごしたいわ。貴方が掃除をしてくれるからとっても楽』
こっちも負けじとメモを残した。
『あたしに面倒を押し付けないで!!』
翌週、また汚れた部屋と一緒にメモが残されていた。
『私の身体を乗っ取ってるんだから、それくらい宿代代わりよ』
そうして、週末ごとに散らかった部屋を奇声を上げながら掃除するあたしと、部屋を散らかし続ける懲りない元の人格の聖女とのやり取りは続いて――。
――とうとう、学園卒業の日となった。
「嘘でしょ……掃除をしてたら……青春が終わった……?」
クラスメイトが晴れやかな表情で卒業証書を受け取っているのを眺めながら、あたしは茫然と呟く。
恋をする暇も、恋人を作る時間も、なんだったら級友と交流する時間も、ぜ――んぶ! 掃除に! 消えたんだけど?!
唖然とするあたしの番が回ってくる。
頭の片隅で、初めて元の人格の聖女の笑い声が聞こえた気がした。
『おかげでとっても楽ができたわ! ありがとう、メイ』
あたしの前世の名前どこで知ったの?!
優しく呼ばれても絶対に絆されないんだから!!
かくして、一つの身体に二つの人格を宿した聖女の果てなき掃除の戦いはまだまだ続くのであった。
◤ ̄ ̄ ̄ ̄◥
あとがき
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自堕落聖女は汚部屋の住人 久遠れん @kudou1206
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