追放されたお荷物記録係、地味スキル《記録》を極めて最強へ――気づけば勇者より強くなってました

KABU.

第1話

 ダンジョンの深層は、息をするだけで肺がざらつくような冷たさがあった。

 ライトはその薄暗い通路の先を見つめる。灯された魔石の光が揺れ、仲間たちの背中をぼんやりと照らしていた。


「ライト、お前はそこで待ってろ。どうせ前に出ても足手まといなんだから」


 リーダーである勇者カイルが、いつものように軽く吐き捨てる声で言い放った。


「……分かった」


 ライトは反論しなかった。

 言い返したところで、彼らの態度が変わるわけではない。


 勇者パーティは強かった。

 光魔法の使い手アルシア、精霊弓の名手リデル、頑強な盾役のグロウ。

 どれも国が誇る超一流の冒険者たちだ。


 そんな中でライトが持っていたのは、ただ一つ。

 役に立たないと思われているスキル《記録》だけだった。


(道を記録することしかできなかったから、ずっと役立たずのままだった)


 最初こそ希望があった。

 けれど実際に冒険へ出ると、記録した地図は誰か一人が覚えれば済む話だと言われ、

 いつの間にか「お荷物」という扱いが当たり前になっていった。


 それでもライトは耐えていた。

 いつか役に立てるかもしれないと、そう信じて。


 ──けれど、その期待は今日、深層で断ち切られる。


「カイル、そろそろじゃないか?」


 グロウが声を潜めながら言う。

 ただならぬ気配を感じていたのだろう。ダンジョンの最深部は、魔物の気配が濃い。


 そのあたりまでは、いつも通りだった。

 だが──次の瞬間。


 パーティの三人が、視線を合わせた。


 ライトだけが、その意味に気付けなかった。


「……ライト、お前さ」


 カイルが振り返り、いつになく穏やかに口を開く。


「ここから先は危険だ。いや……正直に言うと、お前を連れて行く余裕がない」


「……どういう意味だ?」


「この階層、戻れないほど魔物が活性化してる。足手まといを抱えてたら全滅する。だから……ここに残れ」


「ま、待ってくれ。それじゃ俺は……」


 置き去り。

 その言葉が脳裏に浮かび、体が冷えたように固まる。


 アルシアが小さく笑う声がした。


「ライト、あなたがいるせいで何度危険な目にあったか分かってる? ここは足を引っ張らないでほしいの」


 リデルは淡々とした瞳のまま、弓を背負い直す。


「ごめんね。でも全員で生き残るためには、こうするしかない」


 ライトの胸がひどく痛んだ。

 彼らの言葉が刺さるのではない。

 その表情に迷いがなかったことが、何よりつらかった。


「……分かった。ここで待つよ」


 言葉にした瞬間、自分の声が震えているのがわかった。


「決まりだな。じゃあ行くぞ」


 三人は迷いなく背を向けた。


(まさか、こんな形で……終わるのか?)


 ゆっくり歩き出す彼らの姿が闇に溶け、

 ついに見えなくなった。


 静寂が訪れる。

 ほんの数秒前まで隣にいた仲間たちは、もういない。


 それは「置き去りにされた」という事実を、容赦なく突きつける。


「……一人か」


 胸にぽつりと穴が開いたような感覚が広がる。

 けれど同時に、どこか冷静な自分もいた。


 待っていれば戻って来る保証などどこにもない。

 この階層は危険だ。

 魔物が現れれば、一人では死ぬ。


(このまま死ぬのは……嫌だ)


 ライトは胸の奥で、はっきりとそう思った。


 そのときだった。


 視界の端に、淡い光が揺れた。


 ライトは反射的に振り返った。


「……え?」


 胸の奥で、なにかが震えた感覚があった。

 次の瞬間、体を包むように光が広がる。


 文字が視界に浮かぶ。


《スキル《記録》は条件を満たし、《超記録》へ進化します》


 息が止まった。


「……進化? そんな……」


 信じられない感覚が体を満たす。

 頭の中に、無数の情報が流れ込んでくる。


 魔物の動き。

 罠の構造。

 通路の揺れ方。

 足音から得られる距離。

 そして、相手のスキル。


(これって……今までとまるで違う)


 まるで新しい目が開いたような感覚だった。


(逃げられる……!)


 その瞬間、背後の闇から唸り声が響いた。


 大型の魔獣が姿を現し、ライトめがけて跳びかかってくる。


 だがライトの視界には、魔獣が動くより早く軌道が見えていた。


(右前脚が沈む……次に来るのは──掴みかかる動きだ!)


 体が勝手に反応する。


 ライトは反射的に横へ飛び、通り過ぎた魔獣の横腹へ剣を突き立てた。


 刃が肉を裂き、魔獣が地面に倒れ込む。


 自分でも信じられなかった。


(俺……避けられたのか……?)


 震える手を見ると、その中に確かな力が宿っていた。


(まだ……生きられる。ここから抜け出せる)


 ライトはゆっくりと立ち上がる。

 置き去りにされた悔しさが、胸の奥にじんと残っていた。


(俺は死なない。こんなところで終わってたまるか)


 その一歩が、暗闇を照らす灯りのように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る