俺が勇者ってマジですか? ~世界滅亡まであと少し。召喚された俺はコモンレアだし木こり~
@mortal_
第1話 地面が泡立っている
国境に面したマクバ駐屯地から王都まで約2日。
ここまでの伝令役は全滅した。馬を駆歩で走らせてなお全滅した。
4番目の伝令役であるメクはもはや、異常を王都に伝えるためなのか、『あれ』から逃げる為に馬を走らせているのか、分からなかった。
地面が泡立っているのだ。
満月が燐光を放つ夜だというのに、空は赤く染まっていた。
弾けた泡からは灼熱の飛沫が飛び散り、周囲の草木に引火する。
メクの背後にある山々は既に焼けただれ、焦げた匂いのもとに岩々を晒していた。
マグマに似たこの泡は、半日ほど前、国境から伝染するように広がり始めた。
向こうの国がどうなっているのかは分からない。それを伝えてくれるほど好い関係ではなかったし、そもそもこの速度では自国の守護に手いっぱいだろう。
この混乱を前に国としての体裁が保てていれば、だが。
「はあ、はあ……ッ!」
震える馬のいななき。
メクは熱気に肺を焼かれないよう最低限の呼吸だけをしながら、鞭をくれる。
背後に置いてきた全てには彼の故郷があった。妻もいた。ドジなところさえ可愛げに思えていた。
「(これも魔王の仕業なのか?)」
メクの心はすっかり渇いていて、むしろ酷く冷静な状態にあった。
今はただ自らの使命を果たすのみだ。
遠く、土塁が見えてきた。そろそろ村につくだろう。
そこには継立があって、次の伝令役に交代できるはず──。
「ッ……!!」
メクは気付いてしまった。
村はもぬけの殻だった。
ここは低地にあるのだから、山稜を見上げれば異変にはすぐ気づくことができた。
もう皆逃げ出したのだろう。次の伝令役すらも。
「あぁ……」
おのずと、絶望した声がメクの口から溢れ出た。
「(彼に交代できたとしても、どうなる? この馬から降りたら、俺は死ぬ)」
どこまで逃げる?
──馬も随分疲労している。メクは自分が死ぬ運命を悟ってしまった。
メクは馬から降りると、最期を共にする愛馬の脇腹を優しく撫でてやった。
それから、切株に腰掛ける。
夜は更け、見上げれば僻地特有の美しい星空が広がっている。
「(自分は頑張った。頑張ったから、死後は星となって報われることができるだろうか)」
背後から地割れのような音が継続的に響いている。
それは徐々に明瞭さを増していき、破滅が近づいてきているのが分かった。
メクは自らの死を悟った。
その時、一条の光が天を割る。
「…………!!」
それは矢にも似ていて、雷にも似た、けれども物質的な例えとはどれとも似つかない、青白く神秘的な光だった。
次いで閃光が辺り一面に広がって、視界を塗りつぶす。
彼はその現象を知っていた。
この国の人間──否、教会にて洗礼を受けたこの大陸の人間ならだれもが知っている、その名を呼ぶ。
「女神……、様? 女神様! ああ、ついぞ顕現なされたのですか!
救世の女神──、アルマ様ッ!!」
これは、女神が顕界に降臨せんとする光だ。
奇跡を目にしながら、メクの意識は遠ざかって行った。
・・・
地は沸騰し、海はよどむ。
星歴297年、大陸各地で異常な現象が発生するようになった。
それらは創世神話になぞらえて、『魔王』と呼ばれるようになった。
創世神話では対になる存在として、『勇者』の存在が囁かれ──、
そしてそれは『女神』によって召喚される、と語られた。
勇者は人類すべての希望を背負い込む、英雄譚の体現である。
天を貫く光のあとには、空と地を繋ぐように、高い高い塔が建っていた。
人間の力では、建設に気の遠くなるような時間と技術が必要になるだろう。
それを刹那で成し遂げたそれは、紛うことない女神の権能だった。
女神は塔の上に座し、星のような瞳を瞬かせた。
その色素の薄く、床を平然と引き摺るまでに長い髪は、ステンドグラスの瞬きによって彩られている。
彼女は勇者の『召喚』を試みていた。
破滅が近づく中、奇妙なことに、女神はちっとも緊張感を見せていない。
さながら児戯のように、空間に浮かびだす召喚の紋をタッチしていた。
「ううん……。彼でもない、彼女でもない……。全然ハイランクが出ないわ」
”あっ”と声を漏らす。
「どうしよう。ガチャ石が尽きてしまったわ」
女神には”何か”が見えていた。
仕方がないので、ストックとして立たされていたであろう男に声が掛けられる。
「すみません、そこのお方。勇者になってくださる?」
麻の服は質素で、片手には刃の欠けた斧。
この大陸では最も多く見かけられる茶色の髪、
疲れたような伏せられた瞼に覆われる、ヘーゼルの瞳。
日焼けした肌とそばかすは労働者の証。
「俺ですか?」
「うん、貴方」
どう見ても仕事帰りにそのまま召喚されたといった感じで、
何がおきているのかわからない顔だ。
居心地悪そうに立ち呆ける姿には、カリスマ性のひとつもなかった。
勇者候補は見慣れぬ景色と眼前の神々しい存在を前に、
言葉を選ぶための少しの間を以て──。
こう告げた。
「……えっと、俺、その。ただの木こりなんですけど……」
彼もまた、召喚された勇者候補の一人だ。
英雄に求められるような分かりやすく秀でていた能力──
この男を一見したところで、きっとほとんどの者が『ない』と答えるだろう。
勇猛さや優しさは、一見だけではわからない。
しかして、ひとつだけ確かに彼は力を持っていた。
それは『悪運の強さ』だ。
彼は名をルーカスと言った。
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