第24話:ヒヨリナ①

((ホント美味しかったねゼニス!

  せっかくだし、腹ごなしにぶらぶらしようかな~。))


((──はい。カロリー消費には申し分ないです。))


通りには、ぽつりぽつりと人影があるだけだった。

その歩く速度や足取りは、相変わらず一定のリズムに見える。

ただ、今はもう気にならない。


((駅の方にいってみたいかも~。))


((──この通りを道なりに進んでいきましょう。))


駅の方へ歩いていくと、

この前、唐揚げ特盛弁当を買ったお弁当屋さんが見えてきた。

しもむらの明かりも左手にあって、

あの食堂がこのあたりだったことが、なんとなくつながる。


((思ったより近かったんだね、さっきの食堂。))


((──ホテルの裏側の区画なので、比較的近い位置でしたね。))


表通りへ出ると、右手の先に大きな駅ビル《ヒヨリナ》が見えてきた。

新幹線も乗り入れている駅で、上の階にはホテルの灯りが並んでいる。

夜でも人の気配があって、街の明るさがゆるやかに広がっていた。


((さすがに人も多いね~。))


((──駅前は、この時間帯でも一定の人流があります。))


((うんうん、賑やかなのも悪くないね。))


((──駅ビルの商業施設を見てみますか?))


((いいね~!ナイス提案!))


駅前広場を横切って、駅ビルの入り口へ向かう。


自動ドアが開くと、

外よりも人の流れがゆっくりしていて、

どこか落ち着いた空気が広がっていた。


せかせかしていないその感じが、

なんだか心地よく思えた。


((ホント久しぶりにきたよ~ヒヨリナ......ふふ))


((──楽しそうですね、遥。))


((うん、なんかすごく楽しいよ♪))


((──良い傾向です。))


((ヒヨリナの1階は、お土産とか売ってるフロアだったよね?))


((──はい。地元特産品と軽食店舗が中心の区画です。))


((じゃ~、甘いものあるじゃん!))


((──さきほど食事したばかりですよ、遥。))


((甘いものは別腹っていうじゃん......ふふふ))


((──医学・栄養学的には、

  好物を見たり甘味を味わったりすると、

  脳内のホルモンや報酬系が刺激され、

  胃の動きが活発になって中身が小腸へ送られ、

  胃の上部にスペースができることがあるとされています。

  つまり、

  好物は別腹に入るという比喩表現ではありますが、

  医学的な要素もあるわけです。))


((うんうん、さすがゼニス辞書。でも、長いよ......ふふ))


ヒヨリナの1階を歩いていくと、

甘い香りがふわっと漂ってきた。


地元スイーツのお店が並んでいて、

季節限定のケーキや焼き菓子が、

ショーケースに綺麗に陳列されている。


((あ、ほら見てゼニス!おいしそうなのある~♪))


((──視覚刺激によって、別腹が解放されたようです。))


((えっ......そんなことまでわかるの、ゼニス?))


((──冗談です。わかりません。))


「あははっ! 冗談うまくなったね〜ゼニス!」


周囲のことなんて、

気にも留めていないかのように、

つい声を出して笑ってしまった。


((──声量にご注意を。))


((大丈夫。みんなきっと忙しいから......ふふ))


色とりどりのケーキが

宝石みたいに並んでいるケーキたちが目に入った。


苺が山のように乗ったタルト、

艶のあるチョコレートムース、

クリームたっぷりのショートケーキ。


どれも、見ているだけで

胸の奥が少し温かくなるような気がした。


((──購入しますか?))


((うん、ここでケーキ買おうかゼニス。))


いざ、

買おうと思ってケーキを見ていると、

どれもおいしそうで目移りしてしまう。


((イチゴのタルト......いや、チョコもいいな〜......どうしよう......))


((──遥は迷っている時間も楽しんでいるようですね。))


((うん。こういうのって、

  選んでる瞬間がいちばんワクワクするんだよ。ふふっ))


ショーケースを見ながら迷っていると、

優しい笑顔の女性店員さんが声をかけてきた。


「お決まりでしたら、お声がけくださいね。」


「は~い。じゃ~......このイチゴがたくさん乗ってるやつと......」


((ねぇ、ゼニスはどれ気になる?))


((──見た目の構造的には、

  手前のガトーショコラが美しいです。))


((構造って......ふふ......ゼニスらしいね。))


「あと、ガトーショコラもお願いします。」


「はい、イチゴたっぷりタルトとガトーショコラですね。

 他はよろしいでしょうか?」


「大丈夫で~す!」


店員さんが丁寧に箱詰めしてくれているのを眺めながら、


((──楽しそうですね、遥。))


((うん!なんか、すっごく楽しい!))


店員さんがケーキを詰め終えると、

「お待たせしました。ありがとうございます」と

箱を手渡してくれた。


「は~い、ありがとうございます!」


ケーキの箱を受け取って、そっと抱える。


((せっかくだし、上の階も見てみよっか?))


((──では、上階へ向かいましょう。))


((OK!いこ~!))


ヒヨリナの中央にあるエスカレーターへ向かう。

ステップに上がると、静かに動き出し、

ゆるやかに視線が高くなっていく。


手すりに軽く触れながら上がっていくと、

目の前に2階のフロアが広がった。


衣料品や雑貨の店が並んでいて、

1階よりも少し落ち着いた雰囲気が漂っていた。


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