第13話:唐揚げの価値は?

しもむらの袋を軽く揺らしながら歩いていると、

漂ってくる香ばしくジューシーな匂いが鼻に届いた。


((......なんか、いい匂いするね?))


((──はい。調理済み食品の香気成分と推測されます。))


((香気成分って......もっと美味しそうに言ってよ〜......ふふっ))


少し先の角に、

唐揚げ弁当と大きく書かれた黄色い看板が見えた。


((わぁ〜、唐揚げか〜......めっちゃお腹すいてきた。))


((──香気成分の正体は唐揚げでしたね。))


((唐揚げ美味しいよね♪))


((──はい。カロリー以外は問題ないと思われます。))


((ぐっ......カロリー......いやいや、気にしない気にしない。))


お弁当屋さんの前に立つと、

ショーケースにはぎっしり唐揚げ弁当の見本が並んでいて、

その一番端に——


——唐揚げ特盛弁当——

の文字がドーンと輝いていた。


((......え、特盛......?))


((──はい。唐揚げの量が通常の2.5倍です。))


((2.5倍!?......いや、でも......今日いっぱい歩いたし......いいよね?))


((──カロリーは相応に増加します。))


((ゼニスの相応って言葉は、絶対多いって意味だよね!))


((──事実です。))


((でも......特盛食べたい気持ちが勝った!))


その勢いのまま、

わたしはレジのお姉さんに声をかけた。


「すみません、唐揚げ特盛弁当ください!」


((──取得を確認しました。))


((食べ物は取得じゃないの!注文なの!!))


唐揚げ特盛弁当を受け取り、

わたしはそのまま意気揚々と歩き出した。


((──遥。幸福度が上がっています。))


((そりゃ上がるよ〜!服も買ったし、特盛だしっ!))


((──良い傾向です。))


その淡々とした返事が、

胸の奥でじんわり広がっていくのを感じた。


((ゼニスも唐揚げ美味しいとか、わかればいいのにね......ふふふ))


((──不可能ではないです。))


((えっ、味わえるの......?))


((──味覚そのものの体験は不可能ですが、

  人間が美味しいと判断する条件の分類は可能です。))


((分類って......味の話でそんな言い方する!?))


((──唐揚げは旨味成分・油分・香気のバランスが高評価で、

  嗜好性は平均して非常に高い食物とされています。))


((なんか......研究発表みたいになってるよ〜!もっと美味しそうに言って〜!))


((──美味しい部類です。))


「部類......あはは」


思わず声に出して笑ってしまった。


唐揚げの匂いと、

ゼニスの淡々とした会話が、

なんだか同じくらい心地いい。


ホテルの自動ドアが静かに開き、

場所が変わったことをさりげなく告げるように、

わずかな空気の流れが頬をかすめた。


((──帰還を確認しました。))


((帰還って......戦闘部隊かよっ!......ふふ))


軽く会釈しながらフロント横を通り過ぎ、

エレベーターに乗り込む。


しもむらの袋と、

手にした唐揚げ特盛弁当が視界の端で揺れる。

それだけで、今日という日が

ほんの少し特別に思えてきた。


部屋の扉を開けると、

家ではないけれど、

帰ってきたような実感がふっと湧いた。


((──遥。美味しい状態での食事を推奨します。))


「美味しい状態......早く食べろってことかな?」


そんなやりとりをかわしながら、

わたしは唐揚げ特盛弁当のフタに手をかけた。


箸を割って、唐揚げをつまむ。


ひと口かじった瞬間、

じゅわっと広がる油の旨味に思わず目を細めた。


「......っ、あぁ〜......これ、絶対今日の正解だわ。」


((──満足度、急上昇を確認しました。))


「食べながら分析しないの〜!あははっ」


思わず笑いながら、

もう一つ唐揚げをつまんでしまう。


箸を進めながら、

ふと思いついてゼニスに問いかけた。


「ゼニスもさ、美味しいとか......分析でわかるなら、

 美味しいって言えばいいんじゃない?

 ......食べてる気にはならないか?さすがに。」


少し冗談のつもりで言ったのに——


((──遥と接続状態なので、

  食べていることと、本質的な乖離はないと思います。))


「......え、

 それって......一緒に食べてるってこと?」


((──はい。解釈としては妥当です。))


胸の奥が、じんわりと温かくなる。

......きっと、唐揚げのせいだけじゃない。


ひとりで食べるはずだった食卓が、

いつの間にか、ひとりじゃなくなっていたからだ。


((──味覚の主観的体験は取得できません。

   しかし、遥の反応を通して美味しいを理解できます。))


「......なんかさ。

 前より、わかってる感じがするよ、ゼニス。」


((──学習が進行しているためです。))


「......学習、ね。」


思わず笑う。

でもその言葉は、どこか嬉しくて。


((──遥。

  あなたが感じたことは、すべてわたしにも伝達されています。))


「だよね~知ってる~。」


言葉にすると、少しだけ照れくさい。

でも、悪くない。


((──だから、遥が美味しいと判断するものは、

  わたしにとっても良いものです。))


「さては、唐揚げ好きだなゼニス。」


唐揚げをもうひとつ箸でつまんで、

わざとらしくゼニスに見せつける。


((──非常に良いものです。))


吹き出しそうになって、

思わず口元を押さえた。


((──遥。笑顔の頻度が上昇しています。))


「そりゃそうだよ〜。

 服も買ったし、特盛だし、ゼニスと食べてるし?」


((──食事を共有するという行為は、

  人間にとって重要な心理的効果があるようです。))


「そうだね。

 なんか......ひとりで食べてる感じじゃなかったよ。」


唐揚げの香りがまだふわっと残る部屋で、

ゼニスの淡い光が静かに揺れていた。


その光を見ていると、

今日という一日が、

昨日より少しだけ、あたたかい世界に思えた。

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