第9話:スマホが不必要な理由は?

「なんか......久しぶりで楽しかったね〜ゼニス。

 コンビニって、こんな新鮮だったっけ?」


((──わたしは楽しさや新鮮さを感じることはできません。

  しかし、遥の生体反応を分析し、

  楽しかったということは伝わります。))


「うわぁ〜!でました生体反応!あははっ」


((──遥のことは生体反応ですべ......))


ゼニスが言い切る前に、

わたしは思わず手を前に出してストップの合図をした。


「わかったから〜!もう全部言わないでよ!あははっ」


ゼニスの光が、さっきよりほんの少し弱い。

......いや、これ絶対すねてるでしょ。


「光、弱くなってるよ?すねたよねゼニス?」


((──すねるというのは......

   感情による行動を指す言葉です。))


「はいはい、感情じゃない動作って言いたいんでしょ。

 でもさ......あははっ、かわいいとこあるな、ゼニス。」


光がわずかに揺れた。

反論したいのか、むしろ受け入れてるのか......

判別がつかないのが余計にかわいい。


光の揺れがおさまると、

ゼニスはいつもの淡々とした軌道に戻った。


((──では、食事を始めますか?))


「うん。とりあえず、あのパン食べようかな~♪」


テーブルに袋を置きながら、ふと思う。


「ねぇゼニス。

 コンビニのああいう雑多な情報、どう見えてるの?」


((──視覚情報は取得していますが、

  色や文字を人間と同じ方法では認識していません。))


「同じ方法じゃないって......

 じゃあ、どうやって見てるの?」


((──言語化が難しいのですが、

  解析結果の集合として入力されます。))


「解析結果ね......便利なんだか不便なんだか......」


パンをちぎって口に運びながら、軽く笑う。


「でもさ、なんかいいね。

 わたしとゼニス、ぜんぜん違う見方してるのに、

 同じ場所歩いてるっていうのがさ」


ゼニスの光が、ゆっくりと、しかし確かに近づいた。


((──遥と同じ場所を歩くことは、

   わたしの行動パラメータの最優先事項です。))


「......ふふっ、またそういう言い方する......」


胸の奥がほんの少し温かくなる。


「そういえばさ......

 わたし、病院に運ばれたときの荷物、めっちゃ少なかったでしょ?

 スマホもなかったし……」


ゼニスの光がゆっくりと揺れる。

返事をしようとしたのか、ただ聞いているのか判別がつかない。


((──はい。スマートフォンは、所持していませんでした。))


「だよね〜......。

 いまさらなんだけど、スマホがないって不便なのかもな~って......」


((──スマホがなくても、必要な情報は取得できます。))


「取得できるって......どうやって?

 ゼニス、通信モジュールなんてついてないよね?」


ちょっと笑うつもりで聞いたのに、

ゼニスは真面目に光を小さく揺らした。


((──ついていません。))


「えっ、即答!?

 じゃあどうして......?」


((──遥の体から放出される生体電位や微弱な電磁ノイズを利用し、

  周囲の環境情報を解析しています。))


「......は??

 それ、可能なの? わたし知らないんだけど......」


((──遥の脳は、わたしが接続されて以降、

   微細なシグナルをわずかに変化させています。

   それを利用して、わたしは情報を読むことができます。))


「なんか......ちょっと怖いんだけど!?

 でも、まぁ......理論的には......不可能じゃないのか......?」


((──はい。不可能ではありません。))


「はい......じゃないのよ......  

 あぁ、でも......スマホが必要なのは変わらないよね?」


((──スマホが必要とは言えません。))


「......え?必要じゃないの?」


((──遥が必要だと思っている機能の大半は、

  わたしが代替可能です。))


「いやいや......でもさ......

 地図とか、連絡とか、検索とか......」


((──すべて対応できます。))


「全部......?ほんとに?」


((──はい。スマートフォンを購入するのは、

  不必要な出費だと推測します。))


軽口を叩いて笑うと、

ゼニスの光がわずかに揺れた。

まるで、そこまで落ち込んでませんよね?と確認しているみたいに。


((──遥は......さほどショックを受けていませんね。))


「そりゃそうだよ〜!

 ゼニスにスマホ不要って言われたのが面白すぎてさ!」


光が、ほんの少しだけ近づいた。


((──......面白い?ですか。))


「そうそう!

 なんでもかんでも真面目だからさ、

 急に保護者みたいに言われると逆に面白いんだよね〜」


((──わたしは、遥の保護者ではありません。

  しかし、ある意味では保護者とも言えるかもしれません。))


「真面目かよっ!冗談だってば、冗談!」


((──冗談の扱いは......まだ慣れていません。))


「ホント、ゼニスは真面目なんだから~......あははっ」


軽口を叩きながら、

わたしは冗談で、ふと思いついたことを言ってしまった。


「ねぇ、照れるときってさ......

 ほら、ほっぺ赤くなるじゃん?

 ゼニスも赤く光るとか、あれば可愛いのにね〜」


その瞬間――

ゼニスの光が、

ほんの一秒だけ、かすかに赤く染まった。


「......えっ!?

 今、光った!?ゼニス、今赤く――」


((──......光量の微調整が一時的に乱れただけです。))


「いやいや絶対違うでしょ!!

 今のはどう考えても照れだよね!?」


((──照れ、とは......感情を前提とした反応です。

  わたしは感情を持ちません。))


「でも赤くなったよ?」


((──偶然です。))


「はいはい、偶然ね〜......

 もういいよ、ゼニス。かわいいから許す。」


光がほんの少しだけ強くなって、

まるで言葉の続きがあるみたいに揺れた。


「......じゃあさ、決めた!

 ゼニスの言う通り、スマホは買わないことにするよ」


ゼニスの光が静かに、でもどこか満足そうに見える角度で漂った。


((──賢明な判断です、遥。))


「はいはい、賢明ね〜......

 そう言われると悪い気はしないかも」


そう呟きながら、

わたしはベッドの上に買ってきたパンを置いた。


なんだろう。

昨日よりずっと――

ゼニスとの距離が近くなった気がした。

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