第4話 貴族の娘の常識は

「ウォーレン殿下はアリスさんの無知につけこんだのでしょう。淑女教育を受けている貴族の娘なら、不埒な誘いなど即座に断ります。アリスさんが貴族の風習に無知で、無防備だったから、つけこまれたのですわ」


 アリスさんはバード男爵が平民の愛人に生ませた庶子で、男爵家の養女です。

 バード男爵は、美しく育ったアリスさんを政略結婚の駒とするために正式に養女にしたという噂です。


 アリスさんは男爵家の養女になる以前は、平民として暮らしていたと聞いております。

 それで貴族の常識に疎いのでしょう。


 アリスさんは愕然とした表情のままで、私に言いました。


「エリザベス様と婚約解消ができたら、私と結婚してくれるって、ウォーレン様は言っていました。私と結婚したいって……」


「そのことをウォーレン殿下は、貴女のお父君バード男爵に伝えているの?」

「それは、まだですが……」

「本当に結婚する気があるなら、父親に了承を得るはずよ」

「……そ、それは、まだエリザベス様と婚約解消ができていないからで……。婚約解消したら、きっと……」

「ウォーレン殿下が本気でアリスさんと結婚する気があるなら、バード男爵にきちんと話を通しておくはずよ。ねえ、アリスさん……」


 私はずっと気にかかっていたことを言いました。


「貴女がウォーレン殿下と二人で街歩きをしているという噂、本当ですの?」


「何回か一緒にお出掛けしました。でも、やましいことはしていません!」


「アリスさんのお父君バード男爵は、ウォーレン殿下がアリスさんを連れ出すことを了承しているの? バード男爵は知らないのではないかしら?」


「……」


 アリスさんは黙りこくりました。

 やはり父親には内緒で、ウォーレン殿下と付き合っていたのですね。


「平民育ちの貴女は知らないのかもしれないけれど、貴族の娘は、未婚のうちは父親の承諾なしに男性と出掛けたりしないの」


 平民の娘は異性と気軽に出かけると聞きます。

 平民には貴族のように護衛や使用人がいないので、信用のおける男性と一緒のほうがむしろ安全な場合もあるそうです。

 平民育ちのアリスさんは、異性と出掛けることを問題だとは思わなかったのでしょう。


 しかし貴族の娘は『箱入り娘』などと揶揄されることがあるように、自由気ままに外を出歩くことはありません。

 ましてや親の了承もなく異性と二人で外出するなど有り得ないのです。


「恋人とデートしている令嬢は他にもいます!」


「それは婚約者同士でしょう。婚約しているということは、令嬢の父親が承知しているということよ。婚約していなくても、令嬢の父親に了承を得てエスコートしているはずよ」


 私は貴族の常識をアリスさんに教えてあげました。


「貴族社会ではね、父親の承諾なしに未婚の娘を連れ出すなんて有り得ないことなの。結婚前にそんなことをした娘には、悪い噂が立ってしまって、まともな結婚ができなくなるのよ。父親の目を盗んで娘を連れ出すなんて、不埒者がすることなの」


「……」


「お父君のバード男爵に会って欲しいと、ウォーレン殿下に頼んでごらんなさい。ウォーレン殿下がアリスさんと本気で結婚しようとしているなら、バード男爵にきちんとご挨拶をして、アリスさんとお付き合いする許可を願い出るはずよ」


 その日のアリスさんとの話はそこで終わりました。


 しかし、その二日後、私は再びアリスさんとお話することになりました。


 悲愴なお顔をした、可哀想なアリスさんと……。

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