副業ギルドSP~クマ被害が続発する街で~
山本正純
大熊
「……最近、被害が急増してますね。これもあの異常気象の影響でしょうか?」
早朝、ギルドハウスの遊戯室の中、木製の椅子に腰かけた白髪の少女が、新聞の目を通しながら、呟いた。
綺麗な後ろ髪を腰よりもやや上の長さまで伸ばし、特徴的な尖った耳を持つ彼女、フブキ・リベアートは、何かを考えるように、自身の顎を掴み、文字を目で追っている。
丁度その時、黄緑色のローブに身を包むハーフエルフの少女が彼女の元に歩み寄ってきた。赤髪をツインテールに結った少女の両耳は、少し丸みを帯びた三角形のような形をしている。
「フブキ、何の記事、読んでるの?」
ホレイシア・ダイソンの問いかけを耳にしながら、フブキは新聞を机の上に置く。
「はい。最近、ビックマが市街地で目撃されるようになり、人間たちを襲っているようです。今年、アルケア国内であのモンスターに襲われて亡くなった人は二十人以上。重軽傷者も含めると、被害者は百人を超えるようです。今度、薬草採取クエストを行うために伺う街でも、多くのビックマ被害が急増しているそうですよ」
「ああ、そのニュースだったんだ。もしも、薬草採取のクエスト中に襲われたら……って考えるだけで怖いよ」と心配そうな表情になったホレイシアの隣で、フブキは首を縦に動かす。
「大丈夫です。あの程度のモンスターに倒されるほど、私は弱くありません。いざという時は守りますから、安心してください」
「うーん。だったら、私はモンスター避けの薬草、用意しようかな? ビックマの苦手な匂いを発することができれば、安心してクエストに挑戦できそうだから!」
「大丈夫ですか? 最近、そういう薬草の需要が高まり、品切れになりやすくなっていると聞きますが?」とフブキが首を傾げてみせると、ホレイシアが優しく微笑む。
「大丈夫だよ。あの薬草、いっぱい持ってるから」
「それならいいのですが……」とフブキが答えると、クマの耳を生やした獣人の少年、ムーン・ディライトが娯楽室に顔を出した。ベージュ色の短い髪を伸ばした元気そうな彼は、先に起きていたふたりに疑問を投げかける。
「おはよう、お前ら、何の話してたんだ?」
「ビックマ被害の話だよ。最近、被害が増えてるから、気を付けないといけないなぁって」
幼馴染であるホレイシアの発言に、ムーンは目を大きく見開いた。
「えっ、そんなことが起きてるのかよ! 全然、知らなかったぞ!」
「はぁ。マスター。相変わらずの無知ですね。今のところ、サンヒートジェルマンでの被害は確認されていませんが、いつ街中でビックマに襲われてもおかしくない状況です」
フブキの冷たい視線を感じ取ったムーンが、右手を大きく握りしめる。
「うるさいなぁ。俺はそういうのに疎いんだよ!」とむき出しになった額をムーンが掻きむしる。
そんな時、フブキが右手の指を二本立てた。
「では、マスター。選んでください。今日の午後は、私と予定通りのおつかいクエストをするのか? それとも、予定を変更してビックマ討伐クエストをやるのか? 好きな方をどうぞ」
「なっ、なんだよ。いきなり!」
驚くムーンの隣に並んだホレイシアも困惑の表情を浮かべた。
「えっ、フブキ。どうして、ビックマ討伐クエストを選択肢にしたの?」
「こちらをご覧ください」
そう告げたフブキが、右手の薬指で空気を叩き、指先から長方形の鏡を召喚する。それをムーンの目の前に突き出し、現在の彼の姿を映しだした。
クマのような半円の両耳と、首元の暑苦しい茶色い獣の毛。茶色いクマのような丸い尻尾。これらの特徴を併せもつ獣人の少年。それが現在のムーンの姿だった。
「鏡がどうかしたのか?」
意図が分からず困惑するムーンの前で、フブキは真剣な表情を作る。
「御覧の通り、今のマスターとビックマは少し似ています。このような状況で、クマ被害が増えているあの街に薬草採取クエストに出かけたら、地元の住民たちがマスターを街に出てきたビックマであると誤解するのかもしれません。最悪の場合、誤射によってマスターが大怪我を負うかもしれません」
「おい、フブキ! 怖がらせるなよ!」と笑う獣人の少年を見たフブキが溜息を吐き出す。
「はぁ。これは笑い話ではありませんよ。深刻な問題です。今度伺うあの街では、既に何件かのビックマ討伐クエストが発注されています。それを受けることで、ビックマたちに知らしめるのです。街は危険なのだと」
「なるほどな。俺と街を守るためかぁ。よし、分かった。フブキ、そのクエスト、受けてくれ!」
腕を組んだムーンが納得の表情を見せると、フブキは小さく頷いた。
午後になると、クマ被害が続発する街をムーンたちが訪れた。三人まとまって、緑豊かな街の中を進む中で、黄緑色のローブのフードを目深に被り顔を隠したホレイシアは、ソワソワと体を揺らす。
「ホレイシア、どうしたんだ?」
右隣に並ぶムーンに声をかけられ、ホレイシアは視線を幼馴染の彼へと向ける。そこには、いつもとは異なりローブのフードを目深に被ったムーンの姿があった。
「……別に、なんでもないよ。ただ、ムーンが私と同じ格好してるのが、気になってるだけ」
「なんだ。そんなことかぁ。偶にはこういうのも悪くないよな。ホレイシアが普段、どんな景色を見てるのか分かる気がするぞ」
無自覚な彼の発言を受け、ホレイシアの頬が赤く染まった。自分に自信がなくて、ローブのフードを目深に被り、顔を隠してきたホレイシア。そんな彼女が想いを寄せている幼馴染の彼が自分と同じ格好をしているのだ。
クマ被害が続出する街での誤射を防ぐため、クマの獣人であるムーンは、顔を隠して行動しなければならない。頭では分かっているホレイシアだったが、彼女は恥ずかしそうに俯くことしか出来なかった。
そんな時、青空を小鳥の群れが慌ただしく飛んだ。可愛らしく鳴く小鳥たちの声を耳にしたフブキが問いかける。
「マスター、何か聞こえますか?」
背後からフブキが声をかけられ、ムーンは振り返りながら答える。
「そうだな。あっちの方が危ないって言ってたぞ!」
生き物の声を聞く獣人としての能力を発揮したムーンが、右を指差す。それは小鳥たちの群れが飛んできた方向と一致していた。
「なるほど。ありがとうございます」
「おお。そうか。少しは役に立ったみたいだな」とムーンが胸を張る。
「はい。闇雲に探すより、マスターの能力をお借りした方が、効率的です」
真顔で答えたフブキが、ムーンの指さす方へと歩みを進める。その後ろ姿を、ムーンとホレイシアが追いかけた。
しばらく道なりに進んでいくと、緑色の木々が密集したエリアへと辿り着く。
「この辺りにいるはずなんだが……」と呟き、周囲を見渡すムーンの隣で、ホレイシアは静かに左手の薬指を立てた。その瞬間、ホレイシアの耳が悲鳴を捉えた。
「いやだぁ!」
悲痛な男の子の声が聞こえてきて、ホレイシアは思わず近くにいるフブキの肩を叩いた。
「フブキ、あっちの方で男の子がクマに襲われてるかもしれないの」
林の奥を指さすホレイシア。その動きを察知したフブキは、小さく溜息を吐き出す。
「分かりました。一刻を争うようですね。ホレイシアはこの場に待機。ここにその子を瞬間移動させるので保護してください。私とマスターが救出に向かいます」
早口で指示を出したフブキがムーンの右肩に手を触れ、ふたり揃って姿を消す。
声がした方へと体を飛ばしたフブキは、長い後ろ髪を揺らしながら、百メートル先の座標に降り立つ。その右隣には、ローブのフードを目深に被ったムーンの姿が並ぶ。
前方に見えるのは、五メートルほどの大きさを誇る茶色いクマ。ビックマと呼ばれる生物は、鋭い爪を光らせ、腰を抜かした男の子に近づいている。
襲い掛かる巨大クマに恐怖した男の子の姿を認識したフブキが、彼の背後に体を飛ばす。震える男の子の肩に手を触れさせ、安全な場所へ飛ばすと、ムーンが腕を鳴らしながら、一歩を踏み出した。
「おい、フブキ。コイツ、素手で倒していいか?」
「質問の意図が分かりません」と冷たく答えるフブキをムーンが笑い飛ばす。
「クマを素手で倒せるヤツは最強だって、聞いたことがあるぞ!」
「マスターはクマと同等のチカラを持っています。互角の状態で勝ったとしても、私は驚きません」
フブキが呆れながら、左手の薬指を立てる。
東に土を意味する下向きの三角形を横一本の線で分割された紋章。
西に増殖を意味する水瓶座の紋章。
南に水を意味する下向きの三角形の紋章。
北に凝固を意味する牡牛座の紋章。
最後に下向きの三角形の紋章を中心に記すと、フブキの指先で、五本の氷の尖った柱が浮かび上がる。それを指で弾き、目の前にいる獲物に狙いを定めたクマの胴体に打ち込む。
悲鳴をあげたクマが怯んだ隙に、ムーンは右手の薬指で空気を叩いた。その指先から赤く輝く太刀を召喚すると、束を掴み構えの姿勢を取る。
そのままイッキに間合いを詰め、太刀を横薙ぎに振るった。その太刀筋から炎が走り、敵の茶色い毛皮に燃え広がる。
「クマァ!」とクマは雄叫びを上げながら、ムーンの懐に飛び込んで来た。その巨体がムーンを押し潰そうと迫る。しかし、ムーンは動じることなく、太刀を逆手に握り直し、柄でクマの腹を突き飛ばした。
「うおりゃああ!」とムーンが叫ぶと同時に、赤い光がクマの腹に突き刺さる。
「これで終わりだ!」と叫ぶムーンが振るう太刀が、巨体の胸に刀キズを刻む。その一撃でクマの体は動かなくなり、ドサリと背中から倒れ込む。
「ふぅ」と息を吐き出し、太刀で空気を切ったムーンが、討伐対象に視線を向けた。そこには既に絶命したクマが転がっている。
「マスター。クエストクリアです」
「そうだな。どうだ? かっこよかっただろ?」
得意気に笑うムーンとは対象的にフブキは冷静な態度で一歩を踏み出した。
「……マスター、戻りますよ」
ムーンの問に答えることなく、フブキはギルドマスターの彼の右肩に触れた。その瞬間、ムーンの体が一瞬にして消える。
そして、数秒後、ムーン・ディライトは緑の草が生い茂る林の中にいた。そこは、クマに襲われていた男の子を救出する直前までいた場所。目をパチクリと動かす彼の目の前には、ホレイシア・ダイソンの姿がある。
「ムーン。おかえり。そろそろ帰ってくる頃かなって思ってたよ」」
ローブのフードを目深に被り素顔を隠す彼女は、笑顔を浮かべた。
「まあな。俺とフブキが協力すれば、あんなヤツ、あっという間に倒せるぜ。ところで、あの男の子はどこだ?」
ホレイシアの近くに飛ばされたはずの男の子の姿が見えず、ムーンは周囲を見渡した。すると、ホレイシアが首を縦に動かす。
「ムーンとフブキが戦ってる間に、親御さんが迎えに来たんだ」
「そっか。それなら安心だな!」とムーンが納得した直後、ふたりの前にフブキが姿を現す。
「マスター、ホレイシア。討伐したビックマをクエスト受付センターに搬送しました。これからセンターで事後処理を行いますので、一緒に行きましょう」
事務的に話すフブキの元へふたりが歩み寄る。人々の生活を脅かすクマを討伐した結果、街に平和が訪れる。また一つ、人助けができたと満足気な表情になったムーンは、次なる目的地へ向かうため、大切な仲間の手を取った。
副業ギルドSP~クマ被害が続発する街で~ 山本正純 @nazuna39
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