アグス・ティニア

命野糸水

第1話

タケシは熊友大学に通うごく普通の学生である。そんな彼は今マッチングアプリで出会った女性とカフェにいた。カフェは「アメリカ」という名前だった。


マッチングアプリのメッセージでやり取りをする段階で相手の女性からこのカフェで会うことを提案された。


タケシはこのカフェに行ったことがなかったが断らなかった。断る理由がないからである。


カフェに入店する前タケシは「アメリカ」というカフェの名前から店内の雰囲気や料理がアメリカをイメージしているのではないかと思った。


例えば、店内の装飾が西部劇を想像させるようになっていたり、店の看板メニューがハンバーガーやホットドッグだったり。


もしくは壁にレイが飾ってあったりパケやロコモコが出されたり。いや、それなら「アメリカ」という名より「ハワイ」にした方がいいよな。いや、でもハワイもアメリカにあるわけだから、その場合でもカフェ名を「アメリカ」にするのは間違ってはいないのか。


しかし結論からいうとこのカフェはアメリカを想像させるコンセプトを持っていなかった。西部劇を想像させるような雰囲気でもない。レイも飾ってない。パケやロコモコも提供されていなかった。


メニュー表を見てもハンバーガーやホットドッグはなかった。看板メニューはパスタらしい。


なら、なぜこのカフェはアメリカという名前なんだろうか。それは単にこのカフェのオーナーがアメリカが好きでカフェの名前にアメリカを採用したかららしい。


タケシは店のメニュー表を見る時に裏にもメニューがないか確認した。その時にカフェ名の由来が書いてあったのを見た。


話を戻すが、タケシがこのカフェに来たのはマッチングアプリで出会った女性と会うためである。彼女の名前はアグス・ティニアという。名前から分かる通り日本人ではなく海外の方だ。彼女のことをアグスさんと呼べばいいのか、ティニアさんと呼べばいいのか。タケシはまだ決めていない。後で決めればいいと思っている。


彼女が日本人ではなく海外の方ということはマッチングアプリのプロフィール欄で知っていた。プロフィール欄どころかアイコンを見ればすぐ分かることだった。そのため今目の前にいる女性が日本人ではなく海外の方だという事実にタケシは驚いていない。


「私日本に来てから長いですけど、日本っていいですよね。安全で住みやすくて」


彼女はアールグレイが入ったマグカップを持ちながら言った。彼女は日本語が話せるほど日本に長くいるらしい。それもかなり流暢に話せるほどに。


彼女が日本語を話せることも事前に知っていた。プロフィール欄にそう書いてあった。日本に長くいるため日本語は堪能だと。なので気軽に交流しましょうと書いてあった。


もしも彼女がプロフィールに書いた日本語が堪能ですという部分が嘘だった場合、おそらくタケシは今頃慌てていただろう。なぜならタケシは英語があまり得意ではないからである。あまりというか話せないに等しい。中国語や韓国語といった他の言語ももちろん話せない。話せるのは母国語の日本語だけである。


その場合どうしていただろうか。スマホの翻訳機にいちいち頼って会話をしていたかもしれない。トイレに行くといって逃げていたかもしれない。トイレって言えば通じるよな。それともレストルームって言った方がいいのか。


彼女が言う通り確かに日本は安全である。事件が全く起こらないわけではないが海外に比べると少ないのではないだろうか。


日本ではトイレなどで席を立つ時に場所取りとして鞄などを置きっぱなしにする時がある。鞄の中には財布やパソコンといった大事なものが入っている場合もある。


席取りのために鞄などの荷物を置きっぱなしにするという行為は日本だから出来ることである。日本なら置きっぱなしにしていても誰も取らないだろうという安心感からこのような行動をさせている。もし海外で同じように荷物を置いたまま席を立ったらどうなっているだろうか。おそらく戻ってきたときに荷物は無くなっている。


また自動販売機やコンビニが24時間営業という点も日本が安全であることを表している。自動販売機を壊してお金を取るといった行為が日本では見られない。自動販売機の下を探って小銭が落ちていないか確認するという行為は見られるけど。しかしこの行為も最近は少なくなった。電子マネーが普及しているせいだと思う。


「そうですね」


タケシは彼女の意見に賛成せた。賛成はしたが話を広げることが出来なかった。


「私ししとうが好きなんです」


しばらくして彼女はそう言った。ししとうが好きと聞いてもタケシは何も言い返せなかった。そーなんですねとしか言えなかった。


別に彼女の好きなものに興味がないわけではない。ししとうという食べ物に興味がないのである。あれ、そうだよな。ししとうって食べ物たよな。とうで終わるから刀の可能性もあるし、塔の可能性もあるけど食べ物だよな。


食べ物だったとしてもししとうってどんなやつだ?タケシはピンときていなかった。わからなければししとうってどういうものなんですかとか、何に使われているんですかとか彼女に質問をすれば良かったかもしれない。後で覚えていたら調べよう。ししとうとは何かを。


「遣唐使って894年に廃止されたんですよ。知ってましたか」


どうやら彼女は日本史も少し分かるらしい。タケシは遣唐使が894年に廃止されたことを知っていた。白紙に戻そう遣唐使。義務教育時代の先生がこの語呂合わせを教えてくれたため今でも覚えている。しかしタケシは返し方が分からなかったため黙っていた。


知ってますよ、菅原道真がねとか言えば良かったのかもしれない。もしくは知らないふりをすればよかったのか。


菅原道真がねと言ってこの話題をを深堀してもタケシは会話についていけなかった。それ以上の話題というか展開を持っていないからである。ここは何も言わずに頷いただけにした。


「タケシさん、さっきから私の話に全然興味ないですよね。聞いてることは分かってるんですけど返しが雑だったり、頷きだけだったり。そういうのすぐばれますよ」


興味がないわけではない。分からないところがあった。ただそれだけだ。ししとうとか。それは認める。それは認めるが彼女の話全てに対しては興味はある。遣唐使に関しては興味がないというより深く知らない。話を膨らませることが出来ない話題だ。


「そんなことはない。確かに興味がなかったところはあった。ししとうが好きってところとか。ししとうってなんだっけって思っている。あー、ししとうについては興味がないというより知らなくて話が入ってこなかったと言った方がいいかもしれない。でもね、話に対しては興味を持っている。ただどう返していいか分からなかったんだよ」


そうなのだ。会話のキャッチボールの仕方がわからなかった。ただそれだけのこと。


「アグスさんの情報はマッチングアプリのプロフィール欄で少しは知っているから。初めに書いてあったところから質問すればよかったかもしれないね。事前に何を聞くか計画を立てておくべきだったかもしれない」


タケシは彼女のことをアグスさんと呼ぶことにした。ティニアさんよりアグスさんと言った方が言いやすいなと思ったからである。


「でもね何を質問していいかも分からなくてさ。あまり異性の方と話すの慣れてないんだよね」


そうなのだ。タケシは女性と話すことに慣れていない。慣らすためにマッチングアプリを始めたといってもいい。本当は彼女を作るためだけど。


「タケシさんは異性の人、女の子と話すことに慣れていないんですか。ならなぜ私のような異性であり外国の方と話そうと思ったのでしょうか。不思議です」


確かに彼女の言う通りだ。なぜ彼女と会おうと思ったのだろうか。それは彼女が日本人ではなく外国の方だったからである。タケシは母国の女性、日本人の女性に苦手意識がある。学生時代にとある事件によってそうなってしまった。


日本人の女性とは話せない。けど女性とは話したい。けど英語など母国語以外は話せない。結果彼女はタケシの条件に当てはまる女性なのだ。外国人で日本語が堪能な女性という条件に。


「それは日本人の女子に苦手意識があるからで、かといって・・・」


かといって女性と話したくないというわけでもない。女性と話したくないのならタケシはマッチングアプリをしていない。これは偏見か。同性の友達を作るためにマッチングアプリをする人もいるからな。


タケシは女性とは話したいが日本人女性とは話したくないという少し複雑な状態なのだ。先ほども言ったが、彼女はこの条件に当てはまっている。


「なら私の秘密をタケシさんだけに教えます。これはびっくりしますよ。びっくりしてタケシさんは絶対に興味が湧くはずです。興味が湧いて質問せざるおえなくなりますよ」


すごい自信だ。いったいどんな秘密だろうか。実は見た目は女性ですけど本当の性別は男性ですからとか言われるかもしれない。それはそれでびっくりだ。今目の前にいるアグスさんは女性にしか見えないから。


「もしかしたら嘘ついてると思われて呆れられるかもしれません。何を言ってるんだって思うかもしれません。それでもタケシさんが興味が湧くのなら言いたいと思います」


彼女が今からいうことが嘘ならすぐにわかるだろう。別にタケシは嘘を見抜くことが得意ではないが、突拍子もないことだったらさすがにわかると思う。


彼女がタケシだけに打ち明けている秘密を聞いている間タケシは彼女の髪の毛を見ていた。とげとげした髪の毛を見ていた。


その後タケシは目を見ていた。とても嘘をついているようには見えない純粋そうなきれいな目をしていた。そして内容も突拍子もないことだったが、タケシは彼女が嘘をついているとは思わなかった。


彼女の名前はアグス・ティニア。アグスティニアという名前はアルゼンチンで見つかった恐竜の名前と同じ。


タケシはその恐竜の名前を知っていた。マッチングアプリを見た時、彼女を見つけた時から偶然だろうとタケシは思っていたが、それは偶然ではなかった。彼女は本物の恐竜だったのだ。見た目は外国人少女だが恐竜だったのだ。


「あのーアグスさん。今君は恐竜と言ったよね。僕の聞き間違いではないよね」


タケシは彼女の発言を信じていた。それは彼女が嘘を言っているように見えなかったからである。タケシが彼女に興味がないと思われているせいで彼女はこのようなことを言ったのだ。興味を持ってもらいたいという一心で。


「はい。正確には違うのですが。言いました」


「違うって何が。アグスさんはあの恐竜なんでしょ。体長が15メートルほどで南アメリカにいたと言われているアグスティニアという恐竜」


「タケシさんはアグスティニアを知っているんですね。でも見てください。私が15メートルほどあるように見えますか」


確かにそれはない。あったらこんなに冷静に彼女と話せていないだろうし、そもそも店にも入れないだろう。仮に入れたとしても店内はパニックになり後に警察が出頭するだろう。


「いや、ないけど」


「そうでしょ。正しくはほぼ人間なんです。ほぼ人間なんですがどうやら数%恐竜の血が入っているらしいのです。ほら、この髪の毛のトゲトゲさ。これなんかまさに血を引いた結果です」


「確かに髪の毛はトゲトゲしているけど、本当にアグスさんは恐竜なのか。信じているけど。信じているけど信じられない」


目の前にいる人が私は恐竜なんですって言われても信じないだろう。それは神です、宇宙人です、未来人ですと言われても同じだ。


「タケシさん、やっと興味を持ってくれましたね。そんなタケシさんにお願いがあります」


お願いか。何をされるのだろうか。相手の大きな秘密をタケシは知ってしまったのだ。サスペンスなら生きて帰れない展開かもしれない。


「とうやら私には恐竜の血が入っている。それを知って私の家族は逃走しました。けれど両親とは途中で逸れてしまいました。私が捕まったらどこかの研究機関に送られてしまうでしょう。数%とはいえ恐竜の血が入っている人間なんて珍しいですから。


そこでです。タケシさんには私を守って欲しい。プロフィールを見て、今話してみてタケシさんなら私を守ってくれる、そう思ったんです。タケシさん、私のボディーガードになってください」


タケシは頷いた。彼女を探しにきたはずなのにこんなことになってしまった。でもいいか。彼女を守る。いつか彼女のボディーカードから彼氏に昇格してやるぜ。

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