EP 25
ゴーレム労働争議(ラッダイト・ライオット)
「……おかしい」
ゴルド商会支店長室。
佐藤健義は、ヴァリスから提出された今月の『物流コスト報告書』を眺め、眉をひそめていた。
「支店長。今月の港湾(こうわん)作業の人件費が、先月の10分の1になっている。……リストラでもしたか?」
ヴァリスは、最高級の葉巻をくゆらせ、上機嫌に笑った。
「まさか。人など解雇しておりませんよ。ただ、『ボランティア』が増えましてね」
「ボランティア?」
「ええ。不眠不休、無給無休。文句一つ言わず、人間の百倍の荷物を運ぶ、可愛らしい『新人』たちです」
佐藤の背筋に、冷たいものが走る。
可愛らしい、無給、怪力。
そのキーワードが指し示す人物は、一人しかいない。
「……まさか、ルナか?」
その時。
ドォォォォォン!!
窓ガラスがビリビリと震えるほどの怒号と爆音が、港の方角から響き渡った。
「なんだ!?」
ヴァリスが椅子から立ち上がる。
直後、執務室の扉が乱暴に開かれ、血相を変えた商会スタッフが飛び込んできた。
「し、支店長!! 大変です!! 港で暴動です!!」
「暴動だと!?」
「沖仲仕(おきなかし)の組合員たちが、武器を持って倉庫を包囲しています!! 『仕事を返せ!』『人形を壊せ!』って……!!」
佐藤は、懐から魔界トウガラシを取り出し、一気に飲み込んだ。
胃の中で炸裂する激痛が、予感を確信に変える。
「(……またか。あのアホエルフ、今度は『産業革命』を起こしやがったな)」
帝都ルーメン、第三埠頭。
そこは、一触即発の戦場と化していた。
「人間の仕事を奪うなァァ!!」
「魔法使いのオモチャは出て行けェェ!!」
数百人の港湾労働者たちが、ハンマーやツルハシを手に気勢を上げている。
彼らが憎悪(ぞうお)の視線を向ける先には――。
「ポポポ?」
「ニモツ、ハコブ。タノシイ」
丸っこいフォルムをした、苔むした岩の巨人――**『お掃除ゴーレム・改(物流特化型)』**たちが、キョトンとした顔(のような模様)で立ち尽くしていた。
彼らは暴徒に石を投げられても、怒ることもなく、手にした荷物を大事そうに抱えている。
そして、そのゴーレムたちの中心で。
エルフの姫君、ルナ・シンフォニアが、涙目で叫んでいた。
「やめてください! この子たちは、皆さんが重い荷物を持って大変そうだから、お手伝いしてるだけなんです!」
「その『手伝い』が迷惑なんだよ!!」
労働組合のリーダーらしき男が怒鳴る。
「こいつらが働き始めてから、俺たちの仕事がなくなった! 荷運びの依頼がゼロだ! 俺たちに飢え死にしろってのか!」
「ええっ? でも、楽になったなら、その分お休みできて嬉しいんじゃ……」
「休みじゃ飯は食えねえんだよ、お姫様!!」
根本的な価値観の相違。
ルナにとって労働は「奉仕(ホビー)」だが、彼らにとっては「生存(ライフ)」だ。
「壊せ! この鉄屑(てつくず)どもを!!」
男がハンマーを振り上げ、ゴーレムに襲いかかる。
「いけません!!」
ルナが杖を構える。
「待てェェェッ!!!」
空から、神聖なる雷鳴と共に、デューラ率いる『神聖独立捜査局』が降下してきた。
「この場は我々が預かる! 双方、武器を捨てろ!」
デューラが割って入る。
「けっ、商会の犬め! 天使様も商売の味方か!」
「違う! 暴力行為を鎮圧しに来ただけだ!」
デューラは、暴徒を牽制しつつ、背後のゴーレムに剣を向けた。
「(……クソッ。このゴーレムどもが元凶だ。排除するしかないか)」
彼は密かに闘気を練り、ゴーレムの足元を斬りつけ、無力化しようとした。
ガキンッ!!
「……な!?」
デューラの手が痺れる。
彼の『神聖剣』が、ゴーレムの表面で弾かれたのだ。
「あ、デューラさん、ダメですよぉ」
ルナが無邪気に言った。
「港は危ないから、この子たち、『世界樹の皮(ダイヤモンドより硬い)』でコーティングしてあるんです。物理攻撃無効ですよ?」
「(……ふざけるな!)」
デューラは戦慄した。
物理無効の自律兵器。それが数十体。もし暴走すれば、帝都の衛兵隊どころか、神聖捜査局でも止められない。
これは「労働争議」ではない。「軍事的脅威」だ。
混乱が極まる中、一台の馬車が到着した。
降り立ったのは、佐藤健義とリベラ、そしてヴァリスだ。
「リベラ。労働者側を落ち着かせろ。彼らの『権利』は守ると約束しろ」
「はい! 任せてください! 『働く権利』は基本的人権です!」
リベラが労働者たちの輪に飛び込んでいく。「皆さん! 話し合いましょう! 私が味方です!」
佐藤は、ヴァリスと共にルナの元へ歩み寄った。
「あ、佐藤さん! 助けてください! せっかく『物流革命』を起こしたのに、みんな怒っちゃって……」
「黙れ、産業革命エルフ」
佐藤はルナの頬を軽くつねった。
「お前は『効率』だけを見て『分配』を忘れた。……ヴァリス支店長、君もだ」
佐藤はヴァリスを睨む。
「君はこのゴーレムを『タダ働き』させて、浮いた人件費を丸々ポケットに入れたな?」
「……経営努力と言っていただきたい」
「それが暴動の原因だ。技術革新(イノベーション)の果実を、資本家が独占すれば、労働者は機械(マシン)を壊すしかなくなる」
「では、どうしろと? この便利なゴーレムを廃棄しろと言うのか? それこそ損失だ!」
ヴァリスも引かない。
佐藤は、暴徒と化した労働者たち、無敵のゴーレム、そして頭を抱える経営者を見渡し、その場で「法(ルール)」を構築した。
「……廃棄はしない。だが、『規制』する」
佐藤は、魔界トウガラシの辛味で冴え渡る頭脳で、宣言した。
「これより、神聖法廷の権限において、『自律型魔導人形(オートマタ)取扱法』を制定する」
佐藤は、リベラが集めた労働者の代表と、ヴァリスを前に並ばせた。
「第一条。ゴーレムの稼働は、『危険業務』および『夜間業務』のみに限定する」
「危険業務?」
「そうだ。魔物が出るような危険地帯の運搬、人間には不可能な重量物の運搬、そして深夜の作業だ。これらは人間にとって負担が大きい。ここをゴーレムに任せる」
「第二条。日中の一般業務は、引き続き『人間』が独占する」
「これで、お前たちの昼間の仕事は守られる。夜は家で寝ていても、物流は止まらない」
労働者たちが顔を見合わせる。「まあ、夜勤がなくなるなら……」「重いのは腰にくるしな……」
「そして、第三条」
佐藤はヴァリスを指差した。
「ゴーレムの使用には、『機械税(ロボット・タックス)』を課す」
「な、なんだと!?」
「浮いた人件費の7割を税として徴収する。この金は、仕事を失った労働者の『職業訓練』および『再分配(ベーシックインカム)』の原資とする」
「な……7割!?」
「嫌ならゴーレムを廃棄しろ。そうすれば元の高コストに戻るだけだ」
「……ぐぬぬ」
ヴァリスは計算した。3割の利益でも、24時間稼働ならプラスになる。
「……分かった。飲もう」
佐藤は最後に、ルナを見た。
「そして、お前だ」
「は、はい!」
「お前には、このゴーレムたちの『管理責任者』になってもらう。もし一体でも暴走したり、指定外の仕事をしたら……」
「し、したら……?」
「その時は、お前の『おやつ代』から賠償金を引く」
「ひいいっ! それだけはご勘弁をー!」
こうして、佐藤の仲裁により、「第一回・対ゴーレム労働争議」は幕を閉じた。
労働者たちは「危険な仕事」から解放され、ヴァリスは「24時間物流」を手に入れ、ルナのゴーレムは「夜の港の守り神」として定着することになった。
「ふぅ……。また一つ、俺の仕事が増えた」
夕暮れの港で、佐藤はタバスコまみれのコーヒー(特製)を飲み干した。
「でも佐藤さん、良かったじゃないですか!」
リベラが笑顔で言う。
「これでスラムの人たちも、少し楽に働けるようになりますよ!」
「……ああ。だが」
佐藤は、東の空――大陸の彼方を見つめた。
ルナの「ゴーレム」騒ぎで、一つ、懸念していたことが現実味を帯びてきたからだ。
「これほどの強力な魔法兵器(ゴーレム)を作るエルフが、今まで大人しくしていたのが不思議なくらいだ」
「もし、ルナを連れ戻しに来る奴らがいたら……それは『災害』どころの騒ぎじゃないぞ」
その予感は、的中する。
帝都の門に、緑の風と共に、銀の鎧をまとった一団が迫っていた。
「姫様……! 待っていてください!」
「汚らわしい人間どもに『強制労働』させられている姫様を、我ら近衛騎士団が必ず救い出しますぞ!!」
勘違いと殺意に満ちた「エルフ最強騎士団」の襲来まで、あと数時間。
佐藤の胃痛は、まだ終わらない。
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