第33話 天国まであと何歩
Three Stepsの文字が赤く輝くドアを開ける。
「やっぱりその子を連れてきたんだな、よくやった!」
「普通の挨拶の前にまずそれかよおまえ」
カハクくんの肩を叩いているのは派手な化粧をした人だ。化粧が濃すぎて人相がよくわからないけど、確かに豚顔ゴノウくんだ。そのまんまでもインパクトある豚顔に白塗り、真っ青なアイシャドウ、ピンク色のルージュとチーク。これは "Life On Mars?"のころのデヴィッド・ボウイのメイクですかね? 髪は黒いままだけど。ま、豚顔でも気にいたしませぬ。
「で、この子とはどういう関係だい」
「一人で万博旅行にきてる子だよ」
「そうじゃなくておまえとの関係はなんだ」
「なんだと言われても僕もわからないよ。ささほちゃんこっちおいで、紹介しよう」
ゴノウくん以外のメンバーも紹介してもらい、私も自己紹介する。派手な化粧はゴノウくんだけで、他の人はスッピンだった。座って座ってと言われてテーブル席に着く。メニューを見ると例の無国籍メニューの他はお酒とツマミばっかだ。でもコーヒーとウーロン茶はある。私はコーヒー。カハクくんも運転手なのでお酒ではなくウーロン茶だ。そのあとは質問攻めだった。まあいろんなことを聞かれる聞かれる、私は尋問されている参考人かなんかだろうか。でも最終的には、
「ロック好きなんだね」
「はい!」
リーゼントのマスターがコーヒーとウーロン茶とスパゲッティ深川(醤油仕立てあさりスパゲッティ)ともちもちピザ知床旅情(餅と鮭とトマトのピザ)を持ってきた。髪型や店の雰囲気からしてマスターはネオロカビリー好きかしら。年齢を考えるとロカビリーの方かな。ネオロカビリーはわかるけどロカビリーはよく知らない。
「楽しんでってくれよ!」
ゴノウくんはそう言って立ち上がると、カハクくんの椅子をぐいぐい押して私の椅子にくっつけた。
「何すんだよ」
「せっかく二人で来たんだから二人でくっついてろよ」
あんまり接近してると物理的に狭い。スパゲッティが食べにくい。という理由をつけて私はちょっと離れた。
「カハクは頭が硬いけど器がデカくていい男だぞ」
「頭が硬いけどは余分だろ」
わっはっはと笑いながらウインクしてステージに向かうゴノウくん。なんというか強烈な人である。ゴノウくんの友人やってるカハクくんの器は確かに大きいと思う。
食べ終わってしばらくして、カハクくんもステージにあがり、ライブが始まった。ここ三十人くらい入ると思うけど五割くらい? この人数でいいの? 田舎だし平日だからこんなものか。
「科学万博やってるから、今日は未来っぽいのをやるぜ!」
アコギを抱えたゴノウくんが叫ぶ。
「静岡からわざわざ来てくれた子もいる! ありがとう!」
指差すなよ! みんなこっちを見るじゃないか! ああ、恥ずかしい。なんかしないといけない雰囲気だったので片手をあげて頷いてみた。そして始まった曲は、これなら最初のギターリフだけですぐわかるぞ、"Ziggy Stardust"だ。ゴノウくんの歌はなかなか巧い。カハクくんはキーボード弾いてる。鍵盤を叩く指先が綺麗だ。主旋律じゃないところでも正確にリズムを刻んでるの好き。すごく正確なのでエレクトーンロボットWASUBOTの進化形みたいだ。ゴノウくんは曲の最後、"Ziggy played guitar"っていうところのguitarを、デヴィッド・ボウイが歌ったみたいに「ギツァー」って発音した。芸が細かい。
次は"Space Oddity"だった。ハモるところの高音と数字のカウントダウンは誰がやるのだろう……と思ったらびっくりカハクくんが歌い出した。カハクくんこんな声で歌うんだ。透明感のあるハイトーンだ。カハクくんが弾く鍵盤から水飛沫が飛んだように見えて目をこする。もちろん水など飛んでいなかった。カウントダウンもカハクくんだった。カウントダウンしながらこっち見るからドキドキしたよ! この曲は手を叩きたくなるポイントがあるのだが叩いていいのだろうか。カハクくんの声を聴いてキーボードを弾く指先を見てたら、どうしても手を叩きたくなった。叩いていいよね? 葛藤しつつ叩いたら他の観客もこのポイントで叩いたのでほっとした。なんかすごく楽しくなってきた。そのあともあの長い原題のアルバムの曲中心だった。ライブの最後の曲は"Starman"だ。いいねいいね、これはみんなで歌うんだ。カハクくんの声も聞こえるよ。私も歌っちゃう。楽しい。
観客が少ないわりにノリノリでライブが終わった。帰る人もいるし、帰らないで飲んだり食べたりしてる人もいる。私はまだ耳がキンキンしている気がするのだが、みんな平気なのだろうか。
マスターと何やら話していたゴノウくんが、私たちのテーブルにやってきて座る。
「おまえ、まだいるだろ」
「まだいいけど、僕はこの子を送っていかないと」
「送り狼になるなよ! あ、マスター、ビールこっちにも」
ゴノウくんはタバコを吸いながらビールを飲む。カハクくんはタバコを吸わない。お酒は飲むのか知らない。運転手だから飲まないと思うけど。
「ささほちゃん楽しんでくれた?」
「楽しかったです」
「なんか硬いねえ、ほらこれ飲め」
グラスに入ったミルクコーヒーを差し出すので、言われた通り飲んだ。甘い。そしてほろ苦い。缶のミルクコーヒーよりおいしい。飲みやすいのでごくごく飲む。
「おまえ何飲ませてるんだ」
「カルーアミルク」
「この子16だぞ!」
「大丈夫大丈夫、俺なんか13から飲んでたし」
「女の子をおまえと一緒にするな! ささほちゃん大丈夫か? 気持ち悪くないか?」
「全然なんともないよ? これおいしいね。カハクくん、私、顔が赤くなったりしてる?」
ほんとになんともないと思うのだけど、自分の顔は見られないからカハクくんに訊ねてみた。
「赤くはないな……むしろ顔色が悪い」
「もともと顔色よくないから、私」
「でももう飲むなよ」
「えー。おいしいのに」
取り上げられたら嫌なのでグラスを一気に空にしてしまった。
「イケるクチだねえ、もう一杯飲む?」
「もう飲ませるな馬鹿野郎」
あららカハクくんが本気で怒った。もう飲むのはやめとこう。少しふわふわしてきたし。そうだそれよりライブの感想言おう。「ギツァー」の発音の話をしたらデヴィッド・ボウイの発音はわりと変だという話になって、けっこう盛り上がった。ゴノウくんはコックニー訛りじゃないかと言った。コックニーってどこだろう。ゴノウくんは英語学科だそうだ。道理で英語の発音いいと思った。でもカハクくんは話に加わららずムスッとしている。
「カハクー、おまえも飲むかー?」
「僕は飲まないよ、運転手だから」
「じゃああとでこれ飲んで使え」
カハクくんはゴノウくんから紙袋を受け取った。
「なんだこれ」
「ジンとコンドーム」
「おまえぶっ殺す」
「おおこわ。でもこのくらい押しつけないとおまえ手も握らないだろ」
「おまえときどきお節介が過ぎるんだよ」
カハクくんは席を立ち、
「もう帰ろう。これ以上ささほちゃんとこいつを同じ空間に置きたくない」
まだゴノウくんとお話したいけど、運転手が帰るんじゃ私も帰らないとなあ。私も席を立ち、バンドマンのみんなに挨拶して店を出る。カハクくんはしっかり紙袋を持っていた。どうする気だその袋。
カハクくんは紙袋を後ろの席に置き、エンジンをかけた。カハクくんはずっと無表情なまま黙りこくってた。私は「頭がおかしいとき用音楽」第四弾グラムロックの巻を流して、歌える曲は歌いながら帰り道の時間を過ごした。
★★★
デヴィッド・ボウイの長い題名のアルバムは"The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars"。邦題は『ジギー・スターダスト』。なんで『ジギー・スターダストと火星から来た蜘蛛の興亡』って邦題にしてくれなかったのか(今ならありのような気がする)。
未成年飲酒の描写がありますが、1985年はこんなものです。今の時代にこんなことやると通報されるので真似してはいけません。ダメ絶対。
店名とこの章のタイトルはエディ・コクランのThree Steps to Heavenが元ネタ。この英語は超簡単だから訳さない。
Step one, you find a girl to love
Step two, she falls in love with you
Step three, you kiss and hold her tightly
Yeah, that sure seems like Heaven to me
(Eddie Cochran "Three Steps to Heaven" 1960)
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