第12話 ビッグ・ウェンズデーは一度きり
「間に合わなかったのです……!」
テレビの前に仁王立ちしてチョコが叫ぶ。
「間に合うと思ったのにねえ」
間に合わなかったのは私も残念だ。19時過ぎのスーパーシャトルバスが満員で、積み残された私たちがWagonCityに着いたのは20時近かった。
「水曜日は絶対に『うる星やつら』を見ていたのに……初めて見逃したのです……」
「『うる星やつら』の見逃しは悲しい事実だ。しかしチョコ、喜べ、水曜スペシャル川口浩探検隊はまだ終わってないぞ。今夜のタイトルは『ワニか怪魚か!?原始恐竜魚“ガーギラス”をメキシコ南部血塗られた伝説の湖に追え!!−完結編−』だ!」
「ガーギラス! 川口隊長!」
「行くぞチョコ!」
「行くぞ!」
メグとタナカが「こいつらアホか」という顔で私とチョコを見る。
「あんたらどこに行く気よ」
メグが冷めた声で言う。
「メキシコ奥地!」
チョコと私が声を揃えて答えるとメグは肩をすくめた。
「どこに行ってもいいけどお風呂の予約今日は9時30分だから忘れないでね」
「水曜スペシャルは9時に終わるから大丈夫ですよ、メグさん」
「そうなの? タナカよく知ってるわね」
「場合によっては私も水曜スペシャルを見ますので……」
メキシコ南部奥地のわざとらしい演出の旅をチョコと一緒に楽しんだあと、水曜ロードショーのオープニング、ニニ・ロッソ「水曜日の夜」を聴いてからテレビを消す。
「あら、水曜ロードショー見ないの? 今日は『ヤマトよ永遠に』だからささほとチョコは絶対見ると思ったのに」
「メグさん、『ヤマトよ永遠に』はもう古いのですよ」
「チョコの言う通りだよ。私ももうヤマトはどうでもいいわ」
「そういうもんなの、タナカわかる?」
メグさんなぜそこでタナカに尋ねる。
「うーん。私は『ヤマトよ永遠に』をこどものころ映画館で見てそのときは面白かったですけど、なんだかもう見なくていい気がします」
「そうなんだよ! 古いんだよ!」
私が叫ぶとチョコもうんうんという顔をしたが、そろそろお風呂なのでメグの言う通りお風呂の支度をした。昨夜湯船から自力で出られなかった私はシャワーだけでよしとなり、無事に入浴を済ませた。半ズボンの私の膝はさらに色を濃くしていて、メグは私の膝に湿布を貼ろうとしたが、タナカが傷の上に湿布を貼ったら沁みて痛いし感染症の恐れもあると言ったので助かった。まだ10時だけど明かりを消して布団に入る。
しかしみなが寝付く前にメグがうめいた。
「どしたのメグ」
「目が痛いの」
メグがあまりに痛がるのでみんな起きてしまい、どうしたらいいのかわからない状況でタナカがフロントに相談に行った。
「救急車を呼ばれてしまいました……」
タナカはうなだれるが、タナカは一切悪くない。やってきた救急車にメグを乗せ、私は付き添いとして乗った。救急車に乗るのは生まれて初めてだ。私の膝が真っ青なのを救急隊員に心配されたが、患者は私じゃありません。痛いなら冷やそうという救急隊員の言葉に基づき、私はメグの目を氷嚢で冷やした。
「メグ疲れても無理してたんじゃない?」
「疲れてはいるけど大丈夫よ」
救急車が病院につき、私は待合室で待った。そんなに時間がかからず診察室から出てきたメグは、恥ずかしそうに舌をちょろっと出し、
「コンタクトレンズ長時間使用のうえ外さないで寝たからですって……それに冷やしちゃダメって言われちゃった」
ダメじゃん、冷やせと言った救急隊員! 私はメグと救急隊員に怒ってもいいような気がするぞ。病院から帰る足がないので、WagonCityフロントに電話をかけて迎えに来てもらった。帰りの車を待っているとき、メグは急に真剣な口調になって言った。
「あのね、学校では先生にしか言ってないけど、私、筋ジストロフィーなの」
「え……」
よく知らないけど筋ジストロフィーは大変な病気だと思う。中学生くらいの筋ジストロフィーの子が、闘病の末中学卒業目前で亡くなるドキュメンタリーをテレビで見たことがある。
「顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーっていうの」
「ガンメンケンコー?」
「顔面と肩甲骨の肩甲と上の腕って書く顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー。覚えた?」
「ガンメンケンコージョーワンガタキンジストロフィー」
なぜか理不尽にも復唱させられる。
「だんだん動けなくなるらしいわ。歩けなくなるかもって」
私が返事に迷っているうちに迎えの車が来て、話の続きをしないままWagonCityに到着した。わざわざ迎えに来てくれたフロントの人にお礼を言い、明かりがあって案外明るい短い道を歩く。カエルの鳴き声が聞こえた。
「私が大変な秘密を明かしたんだからあんたもなんか言いなさいよ」
メグの論理はチョコほどではないけど時々無茶苦茶だ。理不尽だ。でも私もそろそろ誰かに言いたかったことがある。
「私はね。えっとね。自分が女だという気がしないんだよ」
うまく説明できる気はしないがとつとつと語る。
「どういうこと?」
「ええっとね。自分を女だと思えない」
「じゃあ男だと思ってるの?」
「そういうわけでもない。自分が男だとも思わない。自分が男だって言っても女だって言っても嘘になる気がする。性転換手術をしたいわけでもない」
「それで?」
「私が好きだと思うのはだいたい女の子なんだ」
メグはふうっと息をして私を見た。
「そうなの。そうかもしれないと思ってた。あんた、オードリーが好きなんでしょう?」
否定も肯定もできないまま部屋に戻る。タナカとチョコは心配して眠らないで待っていた。単なるコンタクトレンズトラブルで心配はないよと話して布団に入る。ちょうど日付が変わる時刻だ。全く大変な夜だった。こんな水曜日は一度きりでいい。
★★★
川口浩探検隊の番組タイトルはこの日(1985年7月31日)に実際に放映されたものです。『ヤマトよ永遠に』の水曜ロードショーもこの日に放映されました。
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