幸せ

とあるシカ

幸せ


 どうやら、俺は死んだらしい。


 何故なのかって?そう言われたからだ。


 そう、ことの顛末は数時間前に遡るーー。





 辺りは真っ白な光に包まれ、上下の方向さえ分からない。というか身体を動かす感覚が無い。

 見渡す限り何も無い空間ーー空間でも無いのかもしれないがーーが続くここに、俺は居る。


 いや、実は何も無いわけじゃない。この何も無い空間にひとつだけ、俺以外の人影があった。俺の目の前だ。

 関わるだけで色々と面倒なことになりそうだったためにできるだけ触れたくなかったが、そろそろにも向き合わねばなるまい。


 目の前では、プ○さんが絶賛土下座中だった。


 おっとこれでは語弊が生まれそうなので言い直す。熊の着ぐるみらしき何者かが俺に向かって深々と土下座をしていたのだ。


「あのー、これ、どうゆう状況……?」


「……」


 口を動かしている感覚は無かったが、不思議と声は出た……気がする。しかし相手は無言のままだ。

 そうして、しばらくの時が経った。


 俺がもしかしてこの着ぐるみらしきものは中身がもぬけの殻なんじゃ無いか、なんて思い至った頃だった。突然、それは立ち上がり、声を発した。

 しかしもごもごという声だけで、上手く聞き取れない。


 俺がしばらくきょとんとした表情をしていたからだろうか。それとも熊の肉って美味いのかな、なんて考えていたからか。

 彼女は唐突に現れた。

 熊の頭部分をすっぽりと外して現れたのは年頃の女。俺より十歳は若いだろうか。かなり整ったその顔はいったい今までにどれほどの男を誑かしてきたのか。ついでにサングラスに猫耳パーカーのおまけ付き。ファッションセンスに疑問が残るが、それをフォローして有り余るほどには元の容姿が綺麗だというのだからクラクラする。


「……」


 そんな彼女がこちらを睨む。


「……え?」


 怖い怖い、いくらなんでも初対面の相手を見過ぎだったか?そりゃそうか、相手は俺よりも歳下のようだし…。しかしだからといってどうする?会釈でも返しとくか?いやここは謝って、ついでにこの状況を聞くべきだろうか?あんな可愛い子と話すことなんてそうそうなかったし緊張するなぁ…。

 そんなふうに慌てふためく俺とは対照的に、一向にアクションの無い彼女。やはり怒ってる…?


「え?じゃないわ!お主、我の話を聞いておるのか!」


「しゃ、喋った……」


「おいそんな宇宙人でも見るような目をするなっ」


「いやてかあんた誰」


「……」


「……」


 しばらくの沈黙の後に、目の前の彼女はあからさまなため息をついて口を開く。


「はぁ、本当に聞いておらんかったのか……」


「え、というか聞こえなかったんですけど」


「こんな人の話も聞けんやつに土下座するんじゃなかったな」


「いやそれあんたが言う?」


「とにかぁく!もう一度説明すると、私は神だ」


「…………は?」


 目の前にはババーンなんていう効果音でもついてそうなドヤ顔を決める少女(熊の着ぐるみからサングラスをかけた顔だけを出している)が。


 ……絶対変なのに絡まれたわ。





「すみません有り金全部出すんで勘弁してください帰らせてもらえませんか」


「……」


 意味がわからない。てか普通に怖い。何この人。ということだけが理解され、それ以上の思考を停止した俺の脳は家に帰りたいと訴えていた。

 やむを得ない。全財産三千六百円は渡すしか無い。今月はもやし生活だ。しかしなんとか金運が上がると言うインドの硬貨は渡さないで済まないものか。


 そう覚悟を決めて、俺は今土下座をかまそうとしたのだが……なにかがおかしい。そう、自分の身体が無いのだ。そんな馬鹿な。そう思ってあちこち探してみるのだが……やはり見当たらない。……どゆこと?


 俺が首ーー気持ちだけだがーーを傾げて「すみません俺の身体知りませんか?」なんて聞いてみるものの、「ここにお前の身体は無いぞ?」などと言われる始末。え?


「もう良いか?それなら説明の続きをするぞ」


「ああ、まあ別に良いですけど…….」


 俺が消極的な返答をすると彼女は「至極どうでもよさそうに言うな…」なんて苦笑しながら続ける。


「お主はもう、死んでるのだ」


「へぇー、そう……………ん?今、なんて?」


「だから、お前はもうタ………」


「ふぁーあ、眠いな……」


「おい聞いてんのか殺○ぞ」


 あれ、なんか急激に。


「それ、もう死んでんなりゃ…意味、ないんじゃ……」


 眠気が……。


「なんだ聞いてたのか……って、これはいかん!生………ルギ…が……」


 すみません、やっぱり、聞こえ……ない……。


 そうして、俺の意識は深い闇に沈んでいった。





 ピピピピ……。ピピピピ……。

 辺りに響く電子音に、俺は目を覚ます。


「ーー!ーーさん!」


 誰か、俺の名前を呼ぶ声がする。


 ピピピピ、ピピピピ……。ピピピピ、ピピピピ……。

 それにしても、さっきのはなんだったのだろうか?


「聞こえますかーー?!聞こえ……」


 聞こえるよ!やかましいわ!そう、声を出そうとしたが、うまくいかない。


 なんとか頷いてみるものの、そちらも殆ど動かなかった。


 しかし相手には伝わったようで、「良かった」なんて声を漏らしている。


 俺はというと状況が飲み込めなさすぎて、きょとんとしていた。





 しばらくして身体の感覚が戻ってくると同時に身体中が痛み出した。強烈な痛みは俺が寝ようと目を閉じても、声を出そうと息を吸っても、寝返りを打とうと身体に力を入れても、俺を蝕んだ。

 頭や身体、全身に包帯が巻いてあり、まるでゾンビのよう。腕にはいくつかの点滴が繋がれ、鼻にも細い管が。


 しかし何故こんな状況になっているのかよく思い出せない。目が覚めたとき、俺に声をかけていた彼と同じような白い服を着たおじさんやおばさんらの話をまとめると、俺はどうやら交通事故に巻き込まれたらしいのだ。



 ある日の深夜、いつも通りの残業地獄から解放されて郊外の築四十年の格安アパートに帰る途中。

 やけに人も車の居ない大通りの横断歩道を渡っていた時に、居眠り運転のトラックが信号を無視して突っ込んだらしい。

 そしてそのときの被害者が俺で、頭部を含めた全身を骨折したらしい。

 少しして騒ぎに気づいた住民がすぐに通報したが、トラックのドライバーは亡くなり、俺も打ちどころが悪かったために助かる見込みはほとんどなかったという。

 それでも丸一日手を尽くしなんとか延命を試みたが、ついに心肺停止に至り必死の蘇生も虚しく死ぬ……と思われたのだが、奇跡的に生き返り、今に至るという。

 ちなみに心肺停止から蘇生までの時間は実に三分で、後少し遅かったら、十中八九脳に障害が発生していたかもしれないという。まさに紙一重。恐ろしい。



 そんな自身の境遇ーーどうやら警察が調査してくれたらしいーーを聞くうちに、俺も段々と思い出してくる。

 しかしだんだんと記憶を取り戻すにつれて俺の脳はどこかで警鐘を鳴らしていた。現実逃避にあの看護師さん美人だななんて考えてみる。


 しかし脳裏に浮かぶ一つの記憶はどうやっても離れようとしなかった。


 つらいつらい、記憶。


 あの、過酷な毎日が。





 もうすぐ退院だと言うある日のことだ。

 ああー退院したくねぇ〜。二年ぶりの病院のベッド気持ちよかったなぁ。一生ベッドでぬくぬくしてたい。なんて病院中毒のような思考を巡らせていた俺は、最後の夜(?)を噛み締めて眠りについた。



「よっ!」


「……」


「……」


 しばらくの沈黙が訪れる。

 すると目の前の彼女は首を傾げたかと思いきや、さぞ名案でも思いついたかのように手を打って口を開く。


「よっ!」


「……」


「……」


「いやなんですか」


 俺が聞くと彼女は一瞬嬉しそうな顔をしたのちに今度はぷくーっと頬を膨らませて答える。


「なんで返事してくれないの」


「いや……そう言われましても。てかあんた誰?」


「……えっ!」


「え?」


「忘れちゃったの……?」


 いやそんな意地らしい顔されても困……可愛いな、おい。

 じゃなくてだなっ!ほんと誰?どこかで見たような……?


「ほら、あなたが一回死んだ時に……」


「んん……?ああ、あの出会いがなさすぎてついに俺も出来心で妄想しだしたのだと思って記憶の彼方に追いやった、あの……」


「いや妄想にしないで!」


「それにしてもよくできてるなぁこの妄想……いや夢か。以前より可愛げが増してて良いじゃないか」


「じゃかあしいわ!」


「あれ、口が悪くなってる。どうやったら治せるんだ……?」


「って、聞けええええ!」


「ん?てか前は熊の着ぐるみみたいの着てたけど俺そんな趣味ないぞ……?」


「いや、あれは……ただの私の趣味だ」


「……」


「……」


「そうですかまあ俺は紳士なのでどんな趣味を持っていても良いと思いますよ」


「なんだその温かい目は!やんのかおら!?……ってまじで時間ないから」


「お、おう」


「実は私、神なのよ」


「なるほどそういう設定か。通りで前回は上から目線だった訳……」


「信じる信じないは別として、とにかく、あなたは前回会ったとき死んだの」


「ああ、この前も言ってたけどそれってどういう…?」


「そのことなんだけど、実はこの美しくてビューティフルでーー」


「それ意味一緒では…」


「完璧でパーフェクトな私がちょっとだけ、ね。ほんのちょっーーーとだけミスっちゃって。あなたの人生を重罪人に課すような超過酷モードにしちゃったの……」


「……へ?」


「ごめぇーんね?」


「……ゑ?殺すよ?」


 あっ、つい口が勝手に。


 てか…もしかして…。


 人生やけにハードモードだったのお前のせいかあああい!!!





 そう、俺と言う男は生まれつき本当に運が無かったのだ。


 まだ物心もつかない幼少期に両親に捨てられ、気づけば孤児院暮らし。別にそれ自体は友だちも居たし良かったのだが、学生生活は辛いものだった。悪質ないじめを受け、勇気を出して先生に言っても適当に諌めるだけで結局はいじめがエスカレートするだけだった。

 中学では少し落ち着いたものの、まともに話す人は少なく、だんだんと孤児院でも塞ぎ込むようになった。

 さらには幾度となく事故に巻き込まれ、恐喝やらぼったくりやらに金を毟り取られ、怪我を負い、多額の治療費を出させられた孤児院からも疎まれた。

 中学を卒業するとともに働き始めるものの、中卒ではまともな会社には大抵雇ってもらえないはずだが人手不足からかサラリーマンの雑用係として雇ってもらえたものの、持ち前の悪運から怪我で休むことになりそのまま退職。

 その後はバイトを転々としたのちに怪我の治療費から嵩んだ借金を返すべく給料の高い今の会社へ。

 しかし、その会社もまたブラック企業というやつで、休みも恋愛も全く無いまま廃人になりかけていたのだ。





 ああ思い出すだけで涙を禁じ得ない……。

 正直今すぐこのくそ女神いや、駄○神をぶっ飛ばしてやりたかったが、身体が動かないことに内心舌打ちする。見るとやはり身体が見当たらない。


「ああ、今あなた魂だけだから。身体は無いわよ」


 え、それってつまり……。


「キャー!えっちぃい」


「……」


 さて冗談はこれくらいにして。


「ちょっとこれはどういうことですか。どう責任とってくれるんすか」


 「訴訟案件ですよ?」なんて女神を脅してみる。

 責任の取り方としては具体的には最近流行りの異世界転生とかどうでしょう?もちろんチートスキル付きで。


「いやそれでね。さっきの話には続きがあって。……まあつまりこんな状況で、そろそろ全神の確定申告とガサ入れが入るからーー」


「全神の確定申告って……」


「それでこれまで後回しにしてたミスーー厄介ごとを片付けようと思ってね」


「おい俺を厄介者扱いとは反省してねぇな」


 俺の的確な突っ込みもものとせずなおも彼女は続ける。


「まあ、そういうことで、これまでのお詫びとしてほとんど死に確だったけど生き返らせて、ついでにこれからは今までの不幸せな生活とは違って、思い通りの幸せな生活ができるようにちょこっと調整しといたから!」


 ……正直それ変わるのか?なんて思いながら一応のお礼を言っておく。



 そうして、しばらく間雑談という名の漫才が続いた後に、思い出したように彼女が言う。


「そろそろ時間ね」


「結構すぐだな。まだ夜は開けてないように思えますけど」


「魂があんまりここにいると戻れなくなっちゃうのよ」


「え、怖」


 そうして、俺は再びの眠りについたのだった。





 翌日、東の空が白み、緩やかな稜線に太陽が顔を出す。

 いつもは小煩い小鳥の囀りも、今日は心地よい気がした。


 風が吹くと、街路樹は騒ぎ、朝露が跳ねる。

 街は徐々に色づき、ピカピカの窓ガラスは陽光を反射する。


 街ゆく人の姿はほとんど無く、静かな朝だった。


 そして西の空には大きいとは言えなくとも息を呑むほど美しい虹が、ただひっそりと街を見守っていたーー。





 ちょっと不思議な今際の際での出来事から、十年。


 あの後彼は会社を辞めて自分の夢を追うべく起業した。


 ベンチャー企業として彼が目をつけた内容は瞬く間に業界で話題となり会社はどんどん巨大化していった。


 理想的な女性とも出会い、半年でゴールイン。現在は二児の父親だ。


 はあれから何をしても失敗しなくなった。


 母国の技術を海外に売れば予約が殺到して一年待ちになった。


 海外の新エネルギーを導入すれば日本の産業形態までも変えてしまいかねない勢いで広まり、「パイオニア的存在」と囁かれる。


 無理矢理立ち退きを要求して鉄道を敷いても結局は後々都心へのベッドタウンとして発展し、「先見の明があった」と評された。


 テレビや新聞にも度々出演し、Y○uTubeでなにか適当な発言をするだけでその時代の流行を作った。


 投資も失敗することはなく、彼の企業は母国の市場を自在に操り、ましてや世界経済までをも影響を与える対象となった。


 そしてたちまち年収は十億円を超え、彼の夢はとっくに叶えられる


 彼は気づかなかった。いや、


 自分が壊れていっていることに。


 自分が自分で無くなっていくことに。


 もう、彼を止められる人は居ないと言っても過言ではないだろう。


 それこそもってしなければーー。





「どう?」


「実に哀しい」


「彼のことが?」


「そうだな。……俺、最近になってやっと気づいたんだ」


「何に?」


「結局さ、夢は追いかけてるときが一番楽しいーー謂わば、夢は見てるときが一番楽しいってこと」


「……」


「それが現実になってしまったら、自分はそれからどうなってしまうのか不安だ。やるべきことが、やりたいことが分からなくなってしまうんじゃないかと、僕は思う。さらに言えば一度や二度ならともかく、幾度となく叶えられてしまったらもう歯止めが効かない。まるで麻薬みたいなものなんだよ」


「そして、その結果取り返しがつかなくなってしまったのがだと?」


「そこまで断言はしないけど、結局、彼は心の底から楽しい人生だったと言えるのかなって」


「まるで知ったような口ぶりだな」


「現によく知っているのさ。


 そう言い切る姿は、どこか物悲しげで、哀しそうだった。


「今になって気づくんだよ。あの地獄のような日々は楽しかった。辛いことばかりに目を向けていたけど、それ以上に楽しいことだってたくさんあった」


「……」


「いじめはあっても仲良くしてくれる子はいた。中学に上がる前、見えていなかっただけで裏で大人たちがいじめっ子を別の学校に引き離してくれていた。怪我で結局辞めてしまった会社も、怪我が治るまで待っていてくれようとした。バイトの同僚はよく話しかけてくれた」


 そして、とさらに続ける。


「何より自分は夢を追いかけるのが楽しかった」


「……」


「なにが、『ついでにこれからは、思い通りの幸せな生活ができるようにちょこっと調整しといたから!』だ。本当の幸せってのは、。人から見たら不幸せかもしれない。けど、人の人生を他人が決めつけて変えるのは間違っているんじゃないか?」


 はなおも何も言わず、目を伏せる。


「まあ、これは俺の持論だ。参考にしてくれよ」


 女神の言葉を待つことなく、彼はただ一言を遺し去っていった。


「……そうね」


 彼女の呟きは彼には聞こえない。


「……ほんと人間って面白いわ。何千年生きたって、学ぶことは多いわね」


 何も無い空間。ただひとり女神が立つその場所に、ひとつの景色が映し出されていた。


 十年前、死にかけた際に人生の調整をした一人の男。今は黙々と朝食を食べている。しかしその顔は明るく無い。


 そしてその男をモニターする彼の顔も、その男と浮かない顔をしていた。


 ところで女神の指に光る指輪。十年前には無かったそれはただの装飾なのだろうか?

 最も、その答えは言葉通り神のみぞ知ることだが。







____________________


数年前に書いた作品で、今読み返すと文章もかなり拙いと思います。ですが、ラストの展開はそこそこ気に入っており、いろいろと考察してもらうと楽しいかもしれないです。


ここで告知です!

明日1/2(金)21:00〜より新作の短期連載を開始します。

「伝説となった少年と、何千年と待ち続ける一人の女のちょっと変わった日常」のお話で、ハイファンタジーとなります。

世界観を突き詰めた自分自身も楽しんで書けた作品ですので、是非ともよろしくお願いしますm(_ _)m



最後までお読みいただきありがとうございました。

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