約束だよ?

とあるシカ

プロローグ

「最近さ、つくづく思うんだよな」


「なに、急に改まっちゃって」


 北の大地を闊歩する、二つの影があった。


「俺もお前も、人間って、ほんと弱いよなぁって」


 一人は若い男。中年くらいに見えるが、実際は二十代の細身の男。


「……私をあなたと一緒にしないでもらいたいんですけど」


 もう一人は女だ。十人に聞けば八人は美人だと言うくらい。そんな彼女の見た目は若く、成人しているかも分からない。


「……お前空気を読むって知ってるか?」


「それをあんたが言う?てか急にスカしたこと言い出して…ぶふっ」


「おい、笑うな。お前はもう何も言うな」


「でもさ、なんか安心したわ」


「俺はお前の言動に不安しかないよ」


「世界がどう変わろうと、あんたは全然変わらないよね。口悪くて、わがままで、すぐかっこつけたがる」


「悪かったな、すぐかっこつけたがる奴で」


「……まー出会った時から変わらずかっこいいんだけどね」


 彼女が呟いた言葉は風に攫われ、彼の耳には届かない。


「ん、なんか言ったか?」


「いや、なんでもないよ」


「なんだよそれ」


「それよりさっき、」


「露骨に話題変えるなぁ」


「ねぇ、さっき何言おうとしてたの?」


「あぁ。なんかさ、誓ったことも、約束さえも守れない俺ってほんと、何やってるんだろう、って」


「それはーー」


 彼女の控えめな声は、男の声によって遮られる。


「でも、お前と話してたら、なんかどーでも良くなってきたわ」


「……」


「まぁだからって約束破って良いわけじゃないと思うけどさ、お前と話してて、落ち着いて考える時間ができて、助かったよ」


 女は何も言わず、ただ耳を傾けた。


「俺、だめだよな。忘れてた。あのときお前が来なかったら俺ーー」


 彼の、零れ落ちる言葉たちに。


 もう一つの大切な約束まで破るところだったわ、なんてはにかんで言う彼の顔を、涙が滲むその瞳を、彼女はただ静かに受け止める。


 季節に似合わない陽光が、二人を照らしていた。


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