02 密命

 直盛はこの難事に挑むにあたり、家康に、褒美は望みのままにいただきたい、と言上していた。

 家康は、できる限り、と答えた。

 含みのある言い方だが、直盛はそれもで引き受けた。


「狙いは、総がかりの時よ」


 かつて宇喜多家の一門であった直盛は、宇喜多の家老であった、同門の切支丹である明石全登てるずみから、大坂城内の情報を仕入れていた。

 全登は、切支丹の信仰の自由を確保するために、大坂城にいた。


「返り忠はせぬが、千姫さまのことならと、言えるところまで言ってもらった」


 直盛は総がかりの時を狙うため、大坂城近辺に潜み、明石全登や真田幸村の吶喊を知り、城へ向かった。



 豊臣秀吉の直参だったという直盛は、旧知の大坂方・大野治長に、千姫に秀頼と茶々の助命をさせよと働きかけた。

 夏の陣は、徳川が、これが和睦の条件だと言って、大坂城の全ての堀を埋めてしまったことに始まる。

 堀のない大坂城に勝ち目はない。

 ゆえに治長は、将兵が出払う機会をうかがっていた。

 そこへ総がかりがおこなわれ、直盛は大坂城に忍び、今こそ千姫をと治長を説いた。


「結果、直盛は千姫さまを連れ出した」


 ちょうど徳川が城を火攻めにしたものの、直盛は怯むことなく千姫を連れ出した。


「見事」


 宗矩は、直盛が何を望もうとも、かなえらえるだろうと思った。


 だがその思いは、あっさりと裏切られることになる。



 一年後。

 結局秀頼と茶々の助命を拒否し、豊臣家を滅ぼした家康は、まるでその役割を終えたかのように死んだ

 あとを継いだ秀忠の治世は、大名同士の争いはなく、元和偃武げんなえんぶと称せられた。実際、秀忠は、不穏分子の弟・忠輝を改易し、イギリスとオランダの来航は平戸と長崎の二港に制限され、切支丹は禁教とし、国内に平和をもたらした。

 つまり、われわれの知る江戸という時代を形作った。


「このような泰平の世に、誰が乱を起こすのか」


 そうささやかれるほど、秀忠の幕府は──将軍は絶対的な権力を持ち、幕閣は不穏の芽を見つけると、次々と潰していった。

 そういう意味では、秀忠は有能な専制君主だった。

 柳生宗矩は、その兵法指南役として、日々の精進と、秀忠の鍛錬にいそしむ毎日を過ごしていた。

 そんな中、秀忠は千姫を本多忠刻という譜代大名へと再嫁させることに決めた。 

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