二蓋笠(にがいがさ) ~柳生宗矩、千姫事件を捌(さば)く~

四谷軒

01 落城

 ぼうぼうと燃える城。

 その城は、かつてはこの国を支配していた者の城。

 しかし今その支配者は死に、こうして城は焼かれている。


「見よ」


 柳生宗矩は、立花宗茂の指差すあたりを見た。

 そこは大坂城の曲輪、山里丸だった。


「誰か出てくる」


 宗茂の目は鋭い。聡い。

 宗矩は、主、徳川秀忠に一礼し、城へ向かう旨を告げた。


「かねてより大御所さまより言いつけられし命を、果たす所存」


 秀忠はうなずく。

 宗矩は馬に鞭をくれた。

 急がねば。

 大御所──徳川家康より直々の密命を果たすために。


 時は慶長二十年(一六一五年)五月。

 戦国最後の戦い──大坂夏の陣の、最高潮クライマックスであった。


 宗矩が馬を飛ばして大坂城の近くまでたどり着くと、山里丸の中から、誰かと誰かが炎の中から出て来た。

 ひとりは壮年の武者で、顔に火傷やけどを負っていた。

 ひとりは若い女性で、武者に抱きかかえられていた。


「千姫さま」


 宗矩が女性──千姫に声をかけると、うう、と呻いた。

 一切火傷やけどを負っていない。

 徳川家康の孫娘であり、豊臣秀頼の正室であった千姫。

 その彼女を、武者が完璧に守った結果であろう。

 武者が口を開いた。


「宗矩」


「直盛」


 宗矩に呼びかけた坂崎直盛は微笑んだ。

 大火傷やけどを負ったにもかかわらず、微笑んだ。


「宗矩、やりおおせたぞ!」


 微笑みは笑いと化し、最後には哄笑となった。


「やった! 大御所さま! 褒美は望みのままでしたな!」


 そこまで言いかけ、直盛はぐらりと倒れそうになる。

 たたらを踏んだ。

 宗矩が千姫を受け取る。


「かたじけない」


 直盛は含羞はにかんだ。

 おのれの気力体力の限界をわきまえず、無理をした結果だ。

 恥じる必要はない。

 宗矩はそう思ったが、それでも直盛は、ほんのわずかでも千姫を不安にさせたことを、恥じ入るのだった。



 宗矩は千姫と直盛を秀忠の元へ送り届けた。

 千姫は秀忠から怒鳴られた。

 夫である秀頼と命運を共にすべき、ということである。

 宗矩はどうしたものかと黙っていると、横の直盛は「早く行け」という目をした。

 千姫救出の密命は、家康から発せられている。

 秀忠には知らされていなかった。

 だからその復命は、秀忠ではなく家康に向けてすべきである。


「失礼いたす」


 秀忠も、さすがに家康への復命を止めることはなく、目顔で許した。

 そので、秀忠の千姫への怒声も、いったんは収まる。

 そこへ直盛が、褒美について言い出す。


「できた男だ」


 宗矩は感心しながらその場を離れた。

 馬上、家康を探しながら、直盛のことを誇りに思った。

 関ヶ原で背中を合わせて戦って以来の仲だ。

 直盛の剣はすさまじく、剣の家に生まれた宗矩にとって、それだけで得難い朋友である。

 さらに大名としてそつなく務めており、そこを家康に買われ、千姫救出の密命が下った、という次第である。

 宗矩は、直盛との連絡つなぎを担い、夏の陣においても、直盛と徳川本陣の間を行ったり来たりしていた。


「それにしても、何を褒美に望むのか」

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