第十七話 文化祭とトラウマ
肌寒くなる季節、夏と冬の境目、この時期に我が校で文化祭が始まる。
と言っても、もう始まっているのだけど。
文化祭は一般公開される、そこにはいろんな露店が立ち並ぶ。定番のわた飴やたこ焼き、焼きそばなど様々な物をクラスで出している。
俺もその中の一人だ。
「お待たせしました、ありがとうございます!」
「結構売れたな焼きそば」
「太一の作る焼きそばだけはなぜか旨いからな、まったく料理が出来ないくせに、これだけ一流っておかしい」
定番中の定番、焼きそばを作る事になった我がクラス。上原太一が焼きそばを作り、俺が売る。売る役は交代制なのだが、太一だけは材料が無くなるまで作り続ける事になっている。
本人はやる気みたいだから良いんだけど。
運動場の片隅に露店を構えたわけだが、焼きそばが文句なしに旨いため中々の繁盛に担任教師もご満悦だった。
生徒会は校内のパトロールをする事になっている、そろそろ交代の時間だな。
しばらくするとクラスメイトがやって来て交代した。
さて、パトロールに行くか、他のクラスが何をしているか見て回れるしね。
「後藤かなめ!」
「へ?」
後ろから突然呼ばれた。振り替えると、そこには姫ちゃんの友達、坂本鈴さんが駆けてくる。
「坂本さん? 何か用ですか?」
「あなたにやって欲しい事があるの、これはクラスマッチの時の命令よ? ようやく使うわね」
「命令って……」
「つべこべ言わずいいから来なさい!」
と言いながら手を引っ張る。どこに連れて行くんだ!
訳のわからないまま連れて来られた場所は坂本さんの教室だ、つまり姫ちゃんの教室でもある。
教室で何か店をやっているみたいだな。
「坂本さんは一体何をしてるんです?」
「あたし達がやっているのはコスプレ喫茶よ!」
コスプレ喫茶だって? つまり、コスプレして客をもてなすって事だよな?
「ま、まさか、姫ちゃんもコスプレを?」
「はは~ん、せいがどんな格好をしているか気になるのね? 覗いて見たら?」
促されそっと覗くと、メイドやネコミミなどの女の子達がジュースなどを運んでいる。
その中に、いた、彼女が。
姫ちゃんは漆黒の執事服を来ていた。
「けっこう似合ってるでしょ? 女性に人気で彼氏危うしって感じね」
「た、確かに似合うな」
女性陣の視線をほとんど集めている。当たり前だ、恥ずかしそうにしているのがちょっと可愛かった。
「あぅ、皆さんが見てます……」
もじもじとして可愛い。恥ずかしがっていて可愛い。
「……えっとそれで、俺に何をさせようって言うんですか?」
「あなたにやってもらいたいのは女装して、客引きしてもらいたいの」
「……はい?」
今、なんて言った?
「だ、か、ら、あなたが、女装して、客を連れて来いって言ってるのよ!」
「じ、冗談じゃない! 絶対に嫌だ! 誰がそんな事……」
「あら? これは命令なのよ? 拒否権はないの。さて」
坂本さんが手をパンと叩くと、教室から女子達がたくさんでて来て、俺を拘束、中へと引きずり込む。
「や、やめろぉーー!」
教室の隅に着替えるために布の壁が設けられていて、その中に無理矢理入れられ様としていた。
その時、姫ちゃんと目が合う。
「あれ? かなめさん?」
「た、助け……」
助けを求める暇はなかった。そのまま中へ。
「ちょ、ちょっと待った! 何するんだ!」
「うわ、本物のかなめ君だわ!」
「美しい顔、ふふ、きっと中も……」
「それ、ひんむいちゃえ!」
女子達が好き勝手言って、俺の服を……。
「や、やめろおおお!」
ああ、何か大切な物を失った気がする。
無理矢理な着替えと、メイクをされ、ようやく解放された。
「きゃあ! か、可愛い!」
「うっ、女より可愛い男って、複雑な気分」
「はぁ、はぁ、萌える」
どうなっているのか分からない、女子が顔を真っ赤にして息をあらげているし。坂本さんが巨大な鏡を持って来て、俺に向けた。
ピンク色をした長い髪のカツラ、髪型はツインテール。顔は可愛らしくメイクされている。ここまででも冗談では無いのだが、問題は格好だ。
格好の事を簡潔い言おう、それは裸エプロン。真っ白なエプロンは胸の辺りが改造されていて、パットと一体化されて胸がある。下はなんとブルマを穿かせられ、前から見れば裸エプロン。
「なんじゃこりゃあああああぁああああああああああああああああああああああ!」
「……まさかこんなにエロくなるとは思わなかったわ。さ、このチラシを持って客を連れて来なさい!」
「絶対嫌だ! 誰がそんな事を!」
「素敵です、かなめさん」
この声は姫ちゃんだ。振り替えると、執事な彼女がそこに。
「あう、かなめさんがすごく嫌らしい格好です。ボク、見てるだけで恥ずかしいです」
「うっ、み、見ないでくれ!」
「い、嫌です! こうなったら目に焼き付けます! さ、ボクに全てを見せてください!」
真っ赤な顔で姫ちゃんが迫って来る。あれ? 姫ちゃんがおかしくなっているんですけど?
「おい、あんな可愛い子っていたか?」
「本当だ、めっちゃくちゃ可愛い!」
「すごくエロい……」
入って来たお客が俺を見つめている。真っ赤な顔で。
さっき着替えをしてきた女子達も真っ赤な顔で、今にも……。
「後藤かなめ、早く逃げた方が良いわよ?」
「そ、そうします」
脱兎の如く教室を出る。良かった、これで助かった。
と思ったのは間違いだ。
「うわ! 裸エプロン!」
「な! なんでござるかあの美女は! エロくて可愛いでござる!」
「きゃあ! あの子可愛い!」
しまった、教室より外が危険だと何故気がつかなかった。
坂本さん、これを分かっていたな。
とにかく教室に。振り替えるが、扉にはぎっしりと生徒であふれていて入れない。くそ、とにかく逃げなきゃ。
「あれ? かなめちゃん?」
「へ?」
声のした方向へ体を向ける、そこにいたのは姉貴、後藤まりあ。横には妹のめいもいた。
そう言えば今日来るって言ってたな。って、よりによってこんなところを。
「あ、えっと……人違いです」
「嘘だ! かなめちゃんだもん! えっと、そんな趣味があったとしてもお姉ちゃんは構わないから!」
「兄さん、そんなに女装が気に入ったの? しかもマニアックな格好」
うわ、人が集まってきやがった。もう嫌だ、死にたい!
とその時、教室から無数の手が伸びて来て引きずり込まれる。
「な! なんだ! うわあ!」
「ふに~! かなめちゃん!」
「こんな事ならデジカメ持って来るんだった。ま、写メでも良いか、兄さんの姿を写さなきゃ!」
「えーー皆さん、今の子を見たかったらお客様になってね!」
坂本さんの一口で客がたくさん入って来た。
く、屈辱だ! 俺は男なのになんだよ皆、可愛いだって? ふざけ……。
「かなめちゃん! アイラブユー!」
姉貴が抱き付いて来る。や、止めろこんなところで。
「なんだあの二人、すっげー美人同士だぜ!」
「なんだか淫らな光景」
「あの人も裸エプロンにならないかな!」
皆好き勝手言いやがって。
「かなめさん、さっきは動揺してしまってごめんなさい。あの、服持ってきました」
「ありがとう。はぁ、良かった。姫ちゃんはまともに戻った。ただ、横にいる姉貴は邪魔だけど」
「ふに~、どんな格好でもかなめちゃんはかなめちゃん。大好き~」
「え~、もう脱いじゃうの兄さん?」
「当たり前だ! それと姉貴、離れないともう口利いてやらないぞ?」
「ふに! それ困る! 分かった、お姉ちゃん離れます!」
よし、これで俺を縛るものは無いはず。
と思った矢先、俺に熱い眼差を送る人物と目が合う。
そいつは俺が大っ嫌いな奴、不良の霧島零が客としていた。
「げ、霧島」
霧島はズカズカと近付いて来る。なんだ、俺だってバレたのか?
目の前まで来て止まる。で、なぜか顔が赤い。
「えっと前に会ったよね? 覚えて無い? オレは霧島って言うんだけど……前に一回だけ会ったんだよ」
何を言って……ちょっと待てよ、確か前にめいと会長の策略で女装して帰宅するって事があったな。
霧島とその時会ったっけ。俺だとはバレて無いなら良いんだけど。
「えっと、知りません」
バレないように裏声で言う。早く着替えたいのになんでこうタイミングが悪い。霧島零はなぜかじっと俺の顔を凝視し、顔が赤くなる。
そして次の瞬間、霧島がとんでもない事を口走った。
「オレ、初めて会った時から君を忘れなくなったんだ! 良かったらオレと付き合って下さい!」
「……は?」
突然の告白、俺は頭が白くなって訳が分からなくなり、姉貴はショックな顔をし、めいはニヤリと嬉しそうにしている。
姫ちゃんは固まった。他の客がキャー、キャー言ってる。
ちょっと待て、えっと、霧島が俺に告白だと?
「あ、えっと……」
「好きなんだ!」
この馬鹿野郎、俺は男だ。とにかく断らないと。
言い返そうとした時だ、姫ちゃんが叫ぶ。
「だ、ダメです! ボクの恋人さんなんですから絶対ダメです!」
「「な、なんだって!」」
お客全員がそろえて叫んだ。
おかしな方に話が傾きそう。
「な、なんだと! お前……女か?」
「女です! 良いですかツンツン頭さん、ボクは恋人さんなのです。だからさっきの話は無効です!」
「そ、そんな……彼女は女性が好きだったなんて」
霧島がその場に倒れて落ち込んでいる。
えっと、恋人なのは本当なんだが周りの奴等が俺と姫ちゃんを見比べていた。
「百合か、良いね二人なら絵になってる!」
「禁断の愛でありますな、むむ~」
「柳刃さんがそう言う趣味だったとは」
あちらこちらから言いたい放題だ。そして、また話をややこしくする奴が叫んだ。
「ふに~! お姉ちゃんが好きなの! 柳刃ちゃんには渡さないんだもん! 全身全霊の愛をお姉ちゃんがあげるんだから!」
「ボクがあげます!」
二人が俺の腕に群がる。なんとも危ない光景か。
これ以上話がややこしくなる前に着替えた布の壁にダッシュし、着替えようやく元の格好になれた。
「……は!」
ちょっと待て、今外に出たら俺が女装してた事がバレるじゃないか!
教室にはたくさんの人でいっぱい、どうする?
「ちぇ、着替えちゃったか」
「うわ! めい! いつの間にこの中に……ってそうだ、めい、あいつらをなんとか出来ないか? 今出て行ったらただの変態だろ俺?」
「つまり、ここから客をいなくさせれば良いのね? ……兄さん、あたし今日文化祭を楽しみたいんだけど、それは兄さん次第なの、分かる?」
やっぱりな、ただで何とかする様な兄思いの妹では無かったか。
「分かった、今日は俺がおごるからなんとかしてくれ!」
「毎度あり! やっぱり兄さんってかっこよくて大好き!」
この小悪魔め。
「じゃ少し待っててね優しい兄さん?」
と言いながらめいは教室の中央へと向かい、叫んだ。
「さっきの人が裸エプロンよりきわどい格好で外に逃げて行ったわよ!」
「「なんだって!」」
みんながそう叫んで廊下へ。あっと言う間に客は居なくなった。
いるのはコスプレ喫茶の店員のみ。ようやく出てこれた。
「毎度の事ながらめいは将来詐欺師になりそうで怖いな」
「失礼な、あたしは将来男をたぶらかす小悪魔的な女になってると思うわ。ふふ、男共があたしに貢ぎ物を持って群がるのよ」
「それはそれで怖い。たく、とにかくありがとう。……えっと、姉貴と姫ちゃんが見当たらないが?」
見回しても二人が居ない。あれ? どこに行った?
「兄さん、どうやらあたしの言葉を信じてお客と一緒に出てったみたい」
おいおい、あの二人はそんなに俺の女装が見たいのかよ?
「後藤かなめ、どうしてくれるのよ! お客さん居なくなったじゃ無い!」
激怒する坂本さん。そりゃあそうだ、客を全部追い出したんだからな。
「俺のせいかよ! 大体追い出したのはめいであって……」
「あなた人のせいにする気?」
「兄さんの招いた事でしょ?」
「「男でしょ? しっかりしてよね!」」
何故か坂本さんとめいが同時に同じ事を叫んだ。
いつの間に仲良くなったんだ? 坂本さんとめいは向き合いしばらく見つめ合って、握手。
「あなたなかなか面白いわ、坂本鈴よ」
「あたしは後藤めいです」
そう言えばこの二人って似ているよな、悪知恵とか。
後でめいに聞いた話だが、他人には思えなかったとか。同族みたいな感じらしい。
「さ、兄さん行こう。外を歩き回ってたらそのうち合流出来るわよ」
「そうだな、本当は姫ちゃんと回りたかったが、たまにはめいと二人きりも悪くないか」
「……本当?」
めいは顔を赤らめてこう訊いて来る。返す言葉は決まっている。
「本当だ。行こうぜめい」
「う、うん!」
外に出て辺りを見回して見るが二人の姿無し。たく、何処に行ったんだか。めいは文化祭のパンフレットを見ていて何処に行こうか悩んでいる最中だ。
パンフレットには校内の地図が描かれてあって、どこで何が売られているのか、何をしているのかが書いてある。
「兄さん、お化け屋敷があるみたいだけど、こんなところのなんて高が知れてるわね」
「お化け屋敷? どれだよ……二年生がやってるな、このクラスは皆川先輩のクラスだな、行ってみるか?」
「皆川先輩って同じ生徒会のあの眼鏡の美人さん? ちょっと興味が出て来たな、行こう兄さん」
お化け屋敷か、確かに文化祭で出す様なものならあんまり怖くは無いだろう。
ちょうどパトロールするコースだし、行くか。
お化け屋敷をやっている教室までやって来た。
あれ? 人がたくさん集まっているな、何かあったのか? 一応生徒会なので確認しないと。
「あ、後藤くんじゃない、パトロールの時間?」
「皆川先輩! 何かあったんですか? 人がいっぱいいますけど」
「えっとね、お化け屋敷に入ったお客さんがね、何故かみんな失神しちゃったんだよね」
客が失神? しかも客全員が? 一体どうして?
「どうしてこんな事に?」
「さぁ? おかしいな、ちゃんとしたお化け屋敷なんだけど……もしかして怖くて失神? でも私がメイクしたお化けや幽霊はそんなに怖いとは思わないのに」
「……兄さん、入ってみようよ、そうすれば謎が解けるわ」
確かにそうだけど、万が一何かあったら大変だ。どうする?
「かなめさん!」
「かなめちゃん!」
「あ、姉さんと柳刃さんだ。……せっかく二人きりだったのに」
めいが何やら言った様だが、声が小さくて聞こえなかった。
ま、取りあえず合流出来たな。
あ、姫ちゃん着替えてる。
「いっぱい人がいますけど、何かあったんですか?」
姫ちゃんと姉貴に事情を話す。すると姉貴が騒ぎ出す。
「ふに~! かなめちゃん一緒に入ろうよ! お姉ちゃんと二人きりだよ? ……そうしたら、お化けが苦手なかなめちゃんがキャアって叫んでお姉ちゃんに飛び付いて来るのよ! そしたら抱き締めて、そのまま押し倒して、かなめちゃんの初めてを……」
「あ~、姉貴、妄想を口走るのは止めろ。もろバレだ……そうだ、皆川先輩、メイクってどんなメイクにしたんですか?」
「え? えっとね……ん~、説明するより中の人を連れて来た方が早いわね」
と言って皆川先輩は中へ走って行った。気絶するほどのメイクだったと言うのだろうか?
しばらくすると先輩が戻って来る。連れて来た人は顔を覆う黒いマントを羽織っていた。
マントに隠れて顔が見えないな。
「この娘はあいかって言って、私の友達よ。確か前に防衛生徒会に依頼を頼みに来た人よ、ほら、あの旧校舎で携帯落としたのを探した時よ」
そう言えば旧校舎で探したっけ。会長がお化けにびびっていて面白かったのを覚えている。
「あいか、顔を見せてよ」
「まったく、一体どうなってるのよ、客は失神するなんて……じぁあ捲るわよ?」
あいかさんがマントを捲る、顔を注目すると……。
「「「うぎゃああああああああああああ!」」」
この世のものとは思えない怖い顔がそこに。
どんな顔かと言うと……ダメだ説明出来ない。強いて言えば、自分が一番怖いものを思い浮かべてみて欲しい。それの数倍、嫌、数百倍怖い顔だ。まさにグロテスクの粋を集めた恐怖の化身。
姉貴が倒れた。俺とめいと姫ちゃんは咄嗟に目を瞑ったためどうにか耐えた。
怖すぎる、これを皆川先輩がメイクしたって? これじゃ完全に特殊メイクだ、ハリウッド映画に出ていてもおかしくないぞ。
「どう? 私はあんまり怖くないと思うんだけど」
これが怖くないだって? 皆川先輩あなた何者? とここにいる三人が同じ事を考えた。
「お! お前達何をやってるんだこんなところで!」
向こうから会長と副会長が歩いて来る。どうやら二人で見回っていた様だ。
会長を見た皆川先輩が「いい所に来てくれました! こっちに来てください」と呼び付ける。
「なんだ皆川?」
「実はこれを見て欲しくて……それ!」
顔のマントが上がり、あの恐ろしい顔が現れた。
あれ? てっきり悲鳴を上げると思っていたのだが、会長は無反応だ。
「会長? ……あ!」
無反応じゃない、立ったまま気絶していたんだ。やっぱりダメだったか。
「皆川先輩、怖い顔をうんとランク下げた方が良いですよ?」
「え~……ん、そうだね、このままじゃ誰も入ってくれないだろうしね。仕方ないか」
と良いながらあいかさんをお化け屋敷に戻し、自分も戻っていった。
さて、問題は気絶した会長と姉貴だ。どうしよう。取りあえず肩をさすって起こしてみるか。
「姉貴、姉貴! 起きろよ」
「……ふに? おはようかなめちゃん」
「おはようじゃないだろ? まぁいいか起きたし……会長はどうしようか?」
「それは大丈夫です。私がなんとかしますから」
副会長が会長の耳に顔を近付かせ、息を吹き掛けた。
「あ、はぅわぅう~!」
なんとも間抜けな会長の声、耳が弱いんだ。
そして意識覚醒。
「ひにゃあ! な、なんだ! わたくしは一体?」
「会長、見回りを続けますよ?」
「あ、ああ。……何だか恐ろしい目に合った気がするが、気のせいか?」
と言って二人は校内の見回りへ。もうあんな物は二度と見たくない。
「とにかく他に行こう、ここは嫌だ」
「かなめちゃんの言う通り! でも、何処に行くの~?」
「じゃあ体育館に行きましょうかなめさん! ステージで何かをやってるみたいです!」
確か演劇か何かをやってるはず。我が校の演劇部は凄いとの評判を聞いた事があったな、少し興味があるな、よし行ってみるか。
どうやらみんなも賛成らしい。と言うわけで体育館へ移動となった。
「姫ちゃんって演劇とかに興味があるの?」
「えっとですね、演劇が時代劇みたいですから見てみたかったんです! ボク時代劇が好きなんです」
なるほど、それなら興味が出るか。
それにしても人が多いな。ま、多い方が良いのだけれど。
「かなめさんは時代劇は見る方ですか?」
「俺? ん~あんまり見ないな、見るなら刑事ドラマとかかな」
「お姉ちゃんはね、バラエティーを見るよ!」
姉貴には訊いてないけど。
「そうなんですか。めいさんは何を見ます?」
「あたしはニュースよ。兄さん、妹のあたしがしっかりニュース見てるんだから、兄さんも見た方が良いわよ?」
う、余計なお世話だ。
「ふに? めいちゃんは昼ドラを録って良く見てるよね? ドロドロの昼ドラ。前に見てたのは兄を愛してしまった、いも……」
「わ! ね、姉さん! それ以上言っちゃダメ!」
めいの奴何を慌ててるんだ? それはともかく、気が付けばもう体育館まで来ていた。
中に入ると結構人が入っているな、評判の高い演劇部を見に来た様だ。
「ふっふっふっ、お主も悪よのぉ~」
「いえいえ、お代官様ほどでは……くくくっ」
うわ、時代劇の定番、悪役の嫌らしい話合いの場面だ。
さすがだ、演技が巧い。本当に悪そうにしている。
「かなめさま!」
「この声は川上さん?」
突然の声に驚き後ろを振り替えると、川上春菜さんがいた。
「川上さんも演劇を見に?」
「はい、春菜……あ、私もそうです!」
「ちょっと待って下さい! かなめさんに近付きすぎです!」
「うるさいわね柳刃誠十郎、春菜の勝手よ!」
「ふに~! あなた誰! かなめちゃんに馴々しい!」
「あ、あんたこそ誰よ!」
「まりあはかなめちゃんのお姉ちゃんなのだぁ! どうだ凄いでしょう? えっへん!」
それは威張る事なのか?
「か、かなめさまのお姉さん! ごめんなさい! 春菜が変な事を言ってしまって」
あたふたしながら姉貴に謝り続ける川上さん。俺の腕に抱き付く姫ちゃん。面白そうに見ているめい。
そして、演劇を見ている客が一斉にこっちを見ている。
お前らうるさい。絶対そう思ってるなこりゃ。
「静かにしろ、周りの人に迷惑だ。静かにしないならここから出るぞ」
「ふに~、かなめちゃんの怒られた。お姉ちゃん反省する~」
「すいませんでしたかなめさま。春菜は悪い娘です」
目茶苦茶落ち込んでる。言い過ぎたか?
「えっと、静かにして見よう。ほら、ちょうど目の前に空いてる席があるし」
「は、はい、春菜はこれから静かになります。だから、嫌いにならないでくださいね? かなめさま」
「チッ、兄さんって意外にモテるな」
めい、今の舌打ちはどう言う意味だ?
それから静かに演劇を堪能した。劇は黄色い着物のお爺さんが、お供に何故か宮○武蔵と佐々木○次郎をお供に織○信長と対決すると言う目茶苦茶な設定の話。
でも意外に面白く、最後は感動路線で締めくくり、俺の隣りにいる姫ちゃんが号泣。
「うう~、良かったです! えぐ、びぐっ」
「兄さん、ハンカチを渡してあげて。そうすればお約束な事が見られるから」
お約束な事ってなんだよ。とにかく姫ちゃんにハンカチを渡してみた。
「ひぐっ、あ、ありがとうございます」
涙を拭いている。別に変わった事は無いが?
と次の瞬間、ハンカチを鼻に当て、チーンと。
「ね? お約束でしょ?」
「そ、そうだな」
「ありがとうございました」
そのまま返って来たか。本当にお約束だ。
どうやら演劇が全部終わった様だ。撤収作業を終え、次の人達がステージに。どうやらバンド演奏らしい。
携帯で時間を確認すると、もうそろそろ太一のところに戻った方が良いな。
「悪い、俺戻らなきゃならない」
「え、そうなんですか? 確かかなめさんは焼きそば屋さんでしたね。一緒に行きましょう。焼きそばも食べたいです」
「ふに~、かなめちゃんが焼きそば作るの?」
「俺は売るだけ。さてと行こうか」
すると全員が付いて来るとの事。まぁ良いけどね。
戻る途中、川上さんが何かが落ちているのに気付き、それを拾った。
「あら、プラスチックで出来た黒い刀の玩具。……多分演劇部が落としたのかな?」
刀はすべてが真っ黒。これは返さなきゃならないかな。と思っている時だ、川上さんが何やら嫌らしい笑みを浮かべ、姫ちゃんを見つめる。
「ふふ、いつも木刀を持っているのに今日は無いのね柳刃誠十郎! チャンス、覚悟!」
プラスチックの刀を頭上に掲げ、姫ちゃんに襲いかかった。
「今までの恨み~!」
「ボクを舐めないで……あっ」
俺の予想では刀を止め、柔道技で投げ飛ばす。と思っていたんだが、予想が外れる。
姫ちゃんは頭を抱え、しゃがみ込んでしまった。
あれ? おかしいな、いつもなら身軽な身体を生かして止めるなり、避けるなりするはずなのに。
「え? どうしたのよ柳刃誠十郎、これじゃ当たっちゃうよ? ……ねぇ、聞いてるの柳刃誠十郎!」
「姫ちゃん?」
しゃがんだままピクリとも動かない。良く見ると、身体は震えている。
ガタガタと身体が震え、何かに怯えているみたいだ。
「どうしたんだ! 姫ちゃん!」
本当におかしい。すぐに駆け寄ると、姫ちゃんは小さな声で何かを言っている。
「……なさい、ごめんなさい。ボクは……ごめんなさい、ごめんなさい、もう……女の子らしい格好……しませんから……だから許して下さい。……だから、もう……ごめんなさい、ごめんなさい」
「姫ちゃん? 何を謝って……姫ちゃん? 姫ちゃん!」
「ふに! 様子がおかしい。とにかく保健室に連れて行きましょう。かなめちゃん、柳刃さんを連れて行くから手伝って! 動揺して無いで動きなさい!」
「あ、ああ!」
二人で肩を回し、姫ちゃんを保健室へ。
一体どうしたんだ、こんな姫ちゃんを見るのは初めてだ。
すぐに保健室へと行くとそこには誰もいない。とにかくベッドに寝かせなきゃな。
ベッドで休ませるとしばらくうめいていたが、段々と治まり静かに眠りについた。
「どうやら落ち着いたみたいだ。……でもどうしたんだよ。あんな姫ちゃん初めて見た」
「保健室の先生を呼んで来た方が良いよ兄さん」
「あ、あの……は、春菜が行って来ます……」
元気無く飛び出して行く川上さん。それから数分後保健室の先生が来て様子を見てくれた。
どうやら精神的な事が原因らしい。
「安定している様だからこのまま寝かせておきましょう。何かあったら私は職員室にいるから呼んでね」
「はい、ありがとうございました」
保健室の先生が出て行くと同時に坂本鈴さんが入って来た。
「はぁ、はぁ、せいは大丈夫!」
「坂本さん」
「保健室に運ばれたって聞いて飛んで来たわ。……せいは無事?」
「ああ、なんとか今は眠ってる」
「そう……で、何があったの?」
詳しく説明する事にした。おかしくなるまでの課程を細かく教える。
するとある言葉に坂本さんが反応した。
「黒い刀の玩具ですって? それを……春菜が?」
そうつぶやいた途端に川上さんの胸倉を掴み、睨み付ける。
「春菜! あなたが何をしたのか分かってるの!」
「は、春菜は……あんな風に成るなんて思って無くて……それで」
「知らなかったから済まされるの! あなたがした事はせいに取って心の傷を開く行為だったのよ!」
保健室に響く怒り。坂本さんが激怒する中、川上さんは……。
「うっ、ひぐっ、ごめんなさい……ごめんなさい……うう、うう……」
泣いていた。
「坂本さん、なんの話か全く分からないけど、川上さんは謝ってるんだ……」
「…………ごめん春菜、あなたはわざと心の傷を開こうとした訳じゃ無かったのよね」
「ごめんなさい。良く知りもしないで柳刃誠十郎を傷付けた……春菜は悪ふざけのつもりだった……ごめんなさい」
そう言った後お互い無言になり、静かになって行く。
時計の針の音しか聞こえなくなる。その静けさを破って、俺は訊かなければならない事を聞く。
「坂本さん、教えてくれないか、姫ちゃんの心の傷って一体?」
「……あなたはせいの彼氏だものね、知っておいた方が良いかも……せいに何があったのかを。それはせいの名前や女の子らしい格好をしない事にも繋がっているから」
姫ちゃんの傷、一体何があったのだろう? あんなに苦しんでいた、何があの可愛らしい笑顔を歪めたんだ。
「どこから話そうかな。……あたしとせいは小さい頃から遊んで来た友達、幼馴染みなの。いつも一緒だったからせいの事はなんでも知ってるわ。……心の傷を話すなら、せいの父親の事を話さなければならないわ」
坂本さんはチラリと姫ちゃんの顔を眺める。
その顔を悲しみに染めて。
「せいのお父さんは今は亡くなっているんだけど……全国でも有名な剣道の師範だったわ。全国から弟子入りを希望する人が絶えなかったって聞いてる。せいの実家の道場も歴史があってね、確か……明治時代から続く剣道の名家。歴史ある家、それを受け継いだ当主、それがせいのお父さん」
初めて姫ちゃんの家に行った時に見た賞状だらけの部屋を思い出す。
そんなに姫ちゃんの家もお父さんも凄いなら、姫ちゃんが強い事が分かる。
「それだけの名家だから絶対に避けられない事があったのよ。歴代の当主は全部男がなって来た。まぁ、昔の日本は男が偉いってのが当たり前だったからその風潮が今の柳刃家にも残っていた……でも、その為にせいのお父さんが困る事態が起こってしまったの」
「困る事態?」
「ええ……答えは単純なんだけど、男が生まれなかったのよ。せいには二人の姉がいる、三姉妹。だから困ったのよ、二人続けて女だったから、生まれて来たせいが女……跡継ぎは男にする事が当たり前だったから。次に期待したかったけど二人を生んでからせいを生むまでの期間が長かった。身体も年齢から出産出来なくなって来る……だからせいのお父さんは生まれたばかりの赤ちゃんを男として育てようとしたの。だから名前は誠十郎」
そう言った経緯があったのか。確かに昔は男が偉いと言うのは当たり前だった時代だ、跡継ぎがいなかったらそうするしかなかったんだ。
ここまでの話で姫ちゃんの名前の事は分かった。後はあんなに苦しめているトラウマの話だけだ。
「せいは物心つくまで男として育てられたわ。だから自分の事をボクと言う。純粋でなんの疑問も持たない子供、それがせい。あたしが初めて会ったのは5才くらいからかな。小学校に上がるまで、あたしもせいを男だって思ってたけど後で女の子だって気が付いたわ……そしてある日ね、あたしとせいが公園で遊んでいた時なんだけど……当時はこの事を知らなかったから、いつも男の子の服を着ていたせいを変だと思って訊いてみた。そしたら『お父様がこうしろって言うの』って言って来たから、可愛い服着たい? って訊いた。そうしたら着たいって言ったのよ。本当は自分も男に育てられる事が嫌なんだって思った……」
昔を思い出してるみたいで、坂本さんの表情が更に悲しげになって行く。
「女の子の服を着たいって言ったから、だからあたしは自分の服を着せてあげる事にしたわ。あたしの家に呼んで水色のワンピースを着せてあげた。そしたら凄く嬉しそうで、何回も、何回も、鏡で自分の姿を食い入る様に見ていた。あの時のせいは本当に嬉しそうだった」
きっと我慢してたんだろうな。自分は女の子なのに周りの友達は可愛い格好。でもワンピースを着れて本当に嬉しかったんだろうな。
憶測でしかものを言えないのだけれど。
「……せいがその時話してくれたわ。お父様は男の格好をしろって言ってたけど、お母様は違ったって。この話を聞いた時ね、あたしせいに言ったの……今の姿をお母さんに見せに行こうって、きっと喜ぶよって。そしたら少し迷って、うんとうなずいた。それからお父さんに見つからない様にこっそりとせいの家へ行ったわ。その時ちょうどお父さんは何処かに出かけていたから好都合だったんだけど……」
坂本さんが一度話を途切れさせた。
「坂本さん?」
「……お父さんに見つからずにワンピース姿を見せられた。お母さんは驚いていたけど、嬉しそうに見つめていた。せいも笑ってた。あたしだって……そうしている時にね、お父さんが帰って来てしまって、せいの姿を見られてしまった」
また話を途切れさせた。そして震えている。
坂本さんが今にも泣きそうな顔で話出した。
「せいのお父さんは鬼の様な形相に成って、丁度持っていた黒い木刀を……せいの頭に振り落とした。……慌てて止めるお母さん。ただ震えているだけのあたし。そしてせいは頭から血を流して、泣いて、ガタガタと震えていた。震えながら、ごめんなさい、ごめんなさいって壊れた人形の様に謝り続けてた」
実の父親にそんな事をされていたなんて。
俺は軽く見ていた。女の子らしい格好をしないのは単にしないだけなのかなって思ってた。
姫ちゃんの苦しみに俺は気がついてやれなかったんだ。
「それからよ、せいは女の子らしい格好をしなくなったのは……中学生の頃だったかな、せいのお父さんが病気で死んじゃったんだけど、それからも女の子らしい格好をしなくなった。もうしても良いのに……せいはこの事でどうやら、女の子の服が着れなくなったの、着るとあの日を思い出すって……それがトラウマ、せいが抱えている闇」
「それが姫ちゃんの……」
「ええ。黒い玩具の刀がそのトラウマを呼び起こしちゃったんだよ。……せいがこうなってしまったのはあたしのせいなの。あたしがあの時あんな事をしなければ……せいは……」
頬を伝う水の一筋。自分を責め、涙を流す坂本さん。自分がこうしてしまった、責任を感じている。
でも……。
「……坂本さん、服を姫ちゃんに着せた時、姫ちゃんは嬉しそうだったんだろ? 姫ちゃんの為にしたんだ、どうか自分を責めるのはやめて欲しい。きっと姫ちゃんだってそう思ってるよ」
「……それは分かってる、せいがあたしを恨んで無いって知ってる。でも、傷付ける原因を作ったのはあたしだから…………ありがとうね慰めてくれて」
全部を許す事は難しいだろう。本人が納得するまでは。
「う……ん……あれ?」
「姫ちゃん? 姫ちゃん! 起きたのか!」
意識を取り戻したらしい。うつろな目、自分がどうなったのか分からない様だ。
「あ、かなめさん……ボクは一体どうしてしまったんでしょうか? ここは……保健室ですね、あれ? どうしてここに? 確かボクは……」
「せい、あなたはね体育館で居眠りしてたのよ、起こしても起きないからちょっとおかしいと思って保健室に連れて来たの。でも、大丈夫みたいよ? まったく人騒がせね」
姫ちゃんに思い出させ無い様に坂本さんが嘘を言った。
酷い事を思い出す事はないんだ。
「そうだったんですか。ごめんなさいです。……あれ? 春菜さん? 泣いてるんですか?」
不思議そうに姫ちゃんは川上さんを見つめる。
川上さんは泣いていた。自分の悪ふざけがまさかこんな事になるとは思わなかったんだろう。責任を感じて泣いている様だ。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「春菜さん? どうして謝るんですか?」
「春菜……馬鹿だったから、柳刃誠十郎を傷付けたから……だからごめんなさい」
「春菜さん?」
「……と、とにかくせいはもう少し休んでなさいよ。あなたの恋人と保健室で二人きりよ?」
「わ! わわ! 鈴ちゃん! 変な事を言わないでください!」
そう言って坂本さんと川上さんが保健室を後にする。
次は姉貴とめい。気を利かせてくれたのか、黙って出て行った。
「あれ? 皆さんどうしたんですか?」
「……なんでもないさ。それよりも……」
彼女を抱き締めた。いきなりだったから姫ちゃんは驚いてる。
俺は気がついてあげられなかった。苦しんでいるのに、俺は。
「ひゃあ! か、かなめさん!? ど、どどどどうしたんですか! えっと、あの……」
「ごめん、ごめん……」
「どうしたんですか? みんなさっきからおかしいです。ボク、何かしてしまったんですか?」
「違う。違うんだ。何かをしなければならなかったのは俺なんだ。……今は何を言ってるのかは分からなくても良い、でも……謝らせてくれ」
華奢な体を両手で力強く包む。
俺はある決意をする。彼女の悲しみを取り除ける様に頑張る事を。
「かなめさん……」
どうすれば良いのかは分からない。でも、必ず心の闇を無くしてやる。
そう決意し、彼女を再度強く抱き締めた。
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