第21話 映らなかった狸

■取材記録:映らなかった狸


【取材日】平成二十七年九月

【対象】登山愛好家グループ(三〜五十代の男女6名)



 秋晴れの午後、神奈川県と山梨県の境界近くの山中で、その一行は珍妙な体験をしたという。6人のうち1人が登山やアウトドアの記録癖があり、その日も最初から胸元にアクションカメラを装着し、道中を録画していた。


 事が起こったのは、標高900m付近の林道に差しかかったときだった。陽は西に傾き始め、山の影が道の端をかすめていた。そこを何かが横切った。


 「狸だった」と、最初に口を開いたのは最年長の女性である。

 「そう、群れだった気がする」と続けたのは彼女の夫。

 「自分には一匹しか見えなかった」と言ったのは別のメンバー。

 また別のある人は、「信じられないほどでかかった、ヒグマかと思った。」と言い出した。


 そこから話は意外な方向へ進む。


最初に口を開いた女性が、付け加えた。

 「着物、着てたように見えたんだよなあ。飼い犬みたいに首輪っていうか、襟元みたいなものが見えた」

 「…いや俺、まんま“信楽焼の狸”が歩いてたように見えたんだけど……いや、変なんだけど。あれ? 俺だけ?」

 「うん、自分も……言わなかったけど。焼き物っていうか……つるっとしてた」

 「あり得ないとは思うけど……僕もそう見えた。すごく滑らかだった、陶器みたいに」


 笑いがその場を包んだのも束の間、この“焼き物”という表現は、最も寡黙で冗談を言わないメンバーの口からも出てきたため、その場は一瞬どよめいたという。


 彼らは帰宅後、録画していた映像を確認した。

 結果は、予想外の“空白”だった。


 道の前方を横切ったはずの対象は、映像には一切記録されていなかった。

 何も横切っていない。葉の影も、木の陰も乱れていない。音も残っていない。

 ただただ、静かに、林道が録画されているだけだった。


 「なにも写ってないってことはないだろう」と、カメラの持ち主は、映像の該当時間帯をコマ送りし、画面の隅々まで確認した。


 すると、ある瞬間に気づく。


 数フレーム──それは0.5秒にも満たない一瞬だった──画面左端に“異様な影”が映り込んでいた。


 それは葉や枝の形ではなかった。人間の足でも動物の体でもない。

 だが、“狸のキャラクターグッズ”のような、丸みのあるシルエット……

 大きな腹、丸い頭部、両手に何かを抱えたような姿勢。

 いわゆる「太鼓腹の信楽焼の狸」のカタチに、見えないこともない。


 私はこの映像のコピーを受け取り、専門の映像技術者に解析を依頼した。彼は、問題の数フレームをピクセル単位で分析し、やがてこう結論づけた。


 「ノイズの可能性が高いですね。レンズの外周で強い反射が起きたとき、こういう“丸く縁取られた形”が出ることがあります。ちょうど日差しも横からだったようですし」

 そして続けた。

 「……ただ、ちょっと面白いのは、“けっこう狸っぽい”ところですね。信楽焼の。ノイズにしては狸に見えるくらいの輪郭はあります。これは……偶然とは言い切れないかもですね」

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