第18話 招かれざる昭和の女芸人

 ■取材記録:招かれざる昭和の女芸人


【取材日】平成二十五年二月

【聞き取り対象】Y氏(四十代・都内高齢者施設職員)


 都内の閑静な住宅街にある中規模の高齢者介護施設「K苑」では、定期的に開催されている「演芸慰問」の一環として、落語家を招いていた。

 先方のマネージャーとはすでに日時や内容の打ち合わせを済ませており、当日、職員たちは会場の椅子を並べたり、案内板を掲げたりと朝から忙しく動き回る。

 施設側は予定通りの時刻に落語家の師匠の到着を待っていた。

 ところが、約束の時間を10分ほど過ぎた頃、ロビーに現れたのは、聞いていた人物とはまったく異なる芸人風の人物だった。


「年配の女性でした。髪をカーラーで巻いてて、化粧も濃くて、昭和のテレビに出てたような雰囲気というか、浅草の師匠のような……。紫の上下のスーツに、妙に大きなサングラス。でっかいスパンコールのついたバッグを抱えて、『どーも~!』って入ってきたんです」


 派手な赤と紫の衣装をまとい、短めの袴風のスカートにレースのタイツ、昭和の香り漂う巻き髪と派手なメイク――どこか懐かしい雰囲気を纏った“女性芸人”だったという。


「一瞬、うちの事務が新しい人を呼んだのかなと思ったんですよ。でも名簿にも無いし、誰も紹介してない。でも本人が堂々としていて、『よろしくねえ、今日はいっぱい笑わせるわよ』って、もう勝手にステージ準備まで始めちゃって」


 当初は職員たちも怪訝な顔をしながらも、そのまま様子を見ていた。なにしろ高齢者の多くがその登場に拍手喝采で迎えていたからだ。

 演目は、まるで昭和の寄席のような“女芸人漫談”。時代錯誤のネタ――「家の前に公衆便所があった話」やら「母親が戦時中に木の根っこを食べた話」など――に、高齢者たちは大喜び。ときに手拍子を打ち、笑いすぎて涙ぐむ人もいたという。


「古いネタばかりだったけど、逆にそれがウケたんですよ。戦後の喜劇映画みたいな、ちょっとオーバーで泥臭い笑い。それに、声も仕草もすごく達者で。うちにいる普段おとなしいおばあちゃんがね、隣の人の肩叩いて『この人おもしろいねぇ』って笑ってて。施設の雰囲気も一変しましたよ。だから最初の違和感はどこかに消えてました」


 約40分ほどの持ち時間をきっちりと使い切り、舞台を終えたその女性芸人は、ロビーでさっとお茶だけ飲むと、「あら、次があるから」と言ってどこかへ去っていった。控室も使わず、交通費も謝礼も一切受け取らなかった。


 しかし――その数十分後、施設に本来の落語家が到着した。

「渋滞で遅れたって。連絡も来てなかったので“あれ?代わりの方が来て終わりましたけど”って……。そうしたら、その女性芸人さんのことなんて知らない。事務所にもそんな人物はいないそうです」


 また、その場にいた職員の何人かが後に語った証言にも、妙な共通点があった。


「変な毛皮のような素材の上着を着てたっていう人が何人もいたんです。スーツだったと思うんですけど、なんだか襟のあたりが、ふさふさしてたって。あと、“ちょっと獣っぽい匂いがした”って言ってた人もいました。獣の体臭みたいな……でも不快な感じじゃなくて、妙に懐かしいような匂いだったって」


 そして極めつけは、入所者の一人が口にした一言だった。


「“あの人、昔ここで見たことがある”って。いや、この施設は数年前にできたばかりで、そんなはずないんですよ。でもね、他にも“あの人って、芸名違ったけど前も来たよね?”って言い出す方がいて。みんなバラバラに、“前にも見たことがある”って言うんです」


 しかし、施設の記録にも、過去に類似の芸人が来た形跡はなかった。そもそも、自己紹介をしていたはずなのに、芸名を誰も覚えていなかった。


 最後にY氏は冗談めかして言った。


「まさかとは思いますけど、いろいろ考えると、あの女芸人さん、タヌキが化けてたんじゃないかって…思い返すと、いわゆるタヌキ顔だったような気もするんです」

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