5月1週目 ②
午前中の授業を終えて昼休みを迎えたタイミングで俺の元に訪ねてきたのは同じ野球部の山田であった。
相談したいことがあると言うことで、俺と山田の二人は連れだって落ち着いて話が出来る場所を探して廊下を歩いていた。
「山田はもうお昼食べた?」
「いやまだ食べてない。金沢は?」
「俺もまだ。といっても早弁しちゃったんだけど」
「俺も」
他愛ない会話をしながら山田と歩く。
食堂でパンでも買って室内練習場で食べながら話をしようと言うことになり、俺たち二人は食堂を経由して室内練習場に向かった。
室内練習場に到着すると、室内練習場の鍵は開いていた。
授業中は施錠されているが、各部活で昼練をしている部活もあるので各部活の施設は放課後以外は学生証を機械にかざす事で解錠することが出来る。
一方で学生証をかざさずに入室したものや、こっそりと授業中に中で隠れている事が発覚した場合は、運動部はその部活動の大会への参加禁止となり、文化部の場合は数ヶ月の間部室の利用が禁止となる。
実質的にはリスクの方が高いので、今のところこの1ヶ月で違反を起こした部活はない。
俺たちもルールに則って学生証を機械にかざしてから入室する。
「あら、金沢君と山田君じゃない。珍しい組み合わせね」
入室した俺たちに声を掛けてきたのはミーティングルームから顔を覗かせてこちらの様子をのぞき込んでいた桜木さんであった。
「え!桜木さん?」
山田は桜木さんが練習場内にいたのが予想外だったのか、驚いた様子で桜木さんと俺の顔を何度も見返している。
恐らく俺が呼んだのか?と考えているのだろうが、俺も桜木さんがいたのは予想外である。
「桜木さんはなにしてるの?」
「今日はゴールデンウィークの練習試合を総括したミーティングでしょう?スカウティング班が纏めてくれた資料や映像を事前に確認していたのよ。それに私一人じゃないわよ」
桜木さんがそう言って部屋のほうに一度視線を戻すと、恐る恐るという様子で大木さんも部屋から顔を覗かせていた。
「あはは、山田君こんにちは」
「お、大木さん。二人ともこんにちは」
山田は予想外の二人の登場に緊張している様子だ。
このままの様子だと山田から話を切り出すのは難しそうなので、俺は山田に代わって話をする。
「ちょっと個人的な相談があるってことでお昼ご飯食べた後キャッチボールしながら話をしようかと思ったんだよ。な、山田」
「あ、そうそう。金沢とサシでキャッチボールしたこともなかったし、たまにはいいかなと思って」
「あらそうなの。私たちはミーティングルームにいるから、盗み聴きするつもりはないけどお邪魔かしら?」
「あー俺も山田の話の具体的な内容は聞いてないからどうだろ。もし気になるなら場所を変えるけど」
「山田君、私たちドアは閉めておくから聞こえないとは思うけど...」
「いやいや、俺たちが後から来たんだから気にしないで。それに滅茶苦茶深刻な悩みでもないから」
そう言って笑いながら話す山田の様子を見て、それじゃあ何かあればドアをノックしてと言って桜木さんと大木さんの二人はミーティングルームに戻っていった。
「いやーまさかあの二人がいると思ってなかったから焦った。金沢はよく緊張せずに話せるよな」
「大木さんはクラスメイトでよく話す仲だし、桜木さんももう一月の付き合いだからな。特に緊張はないよ」
なんなら桜木さんとは練習後のトレーニングでも会っているので、今更である。
「本人たちの前では言えないけど、あの二人ってこの学校でも美少女として有名な二人じゃん。俺は一人だと緊張して上手く話せる自信ないよ」
パンをかじりながらそう話す山田。
学年の男子の仲で桜木さんは1,2を争うほどの人気があるようで、すでに5人ほどの男子生徒が告白して玉砕したと噂がある。
一方の大木さんも桜木さんほどではないが、斉藤さんとの会話の中で告白されて断ったという話を聞いたことがある。
野球部のメンバーでもマネージャー含む女子の好み担った話があり、そこでも1番と2番人気になっていた二人だ。
「山田は桜木さん派だったもんな」
「うるせぇ。それにあのときノーコメントって逃げたのはずるいだろ」
「はは、ちがいない」
山田と二人で笑い合っているうちに、買ってきたパンも食べ終わる。
「どうする。本当にキャッチボールしながら話をするか、それとも先に話をきいたほうがいい?」
「あーキャッチボールしようか。仮に聞かれても困る内容ではないし」
山田がそういうので、俺たちは部室にある誰でも使って良い練習用のグラブとボールを取ってくると、アップ程度の距離でキャッチボールを始める。
2~3分ほど黙ってキャッチボールを行うが、山田から話題を切り出してくる気配がない。これは俺から聞き出した方がいいのだろう。
「山田、それで話って?」
俺の言葉にいつ切り出そうと考えていたのか、はっとした様子でボールを投げ返してきてから山田は口を開いた。
「俺ってここまでの練習試合で一人だけノーヒットじゃん、それに悩んでいるのも一つだけど。俺って左利きだから守備につけるポジションも限られてるし、これって言う武器もないから。相談に乗って欲しくて」
「やっぱりそれか。良かった」
「良かった?」
「いや、最初話に来たときは深刻そうな表情してたから、最悪辞めるっていう話になるんじゃないかと思って」
「あー。そういう捉え方されてもしょうがないよな。でも俺野球もこの野球部も好きだからさ、今のところは頑張ろうって気持ちしかないぜ」
そう言って笑う山田の表情は明るく、俺の心配は杞憂だったようだ。
「バッティングの話はおいといて、松山は同じ左利きだけどピッチャーとファーストを任されてるし、外野も佐藤はセンターのレギュラーは不動だろ?残るライトとレフトを安藤、渡部、田川、長瀬の5人で争うだろ?」
「まぁそうだな」
「今のところ、シニアで硬式球に慣れている安藤と渡部がファーストチョイスだろうし、田川には足の速さ、長瀬にはパワーっていう武器があるけど、俺には今のところ取り柄っていう武器がないからさ。これでバッティングも1番悪い状況だから悩んでて」
「なるほど。山田としてはこうしたいなとかはあるの?」
「結局は守備もバッティングも地道に練習していくほかないんだけど。それで金沢なら何かいい案とか練習方法知らないかなと思って」
「なんで俺?」
「俺は知らなかったんだけど、金沢って経験者だけど中学の時は野球から離れてたんだろ?それでも天江や羽川、佐藤、野上と遜色ない活躍してるから、ちょっと意識していることとかアドバイスが欲しくて」
「なるほど」
山田からのボールを受けて、右手でボールをいじりながら考える。
「例えば左利きって守備位置は守られるポジションは限られてるけど、例えば松山みたいにピッチャーもやってみるというのは?」
「俺も軟式で監督に勧められて練習したことがあるんだけど、全然ストライクが入らないから諦めてさ。それにどちらかというとピッチャーよりもバッターとして打席に立つ方が好きなんだ」
「そうか。それなら山田としてはバッティングを向上させたい、というのが今の一番の悩みってことでいいのか?」
「そうそう、まずはバッティングで自信をつけたくて」
山田が今日初めて明るい表情を見せる。
山田としては自身の課題を見つけていて、それの解決策を探っているのだ。そして嬉しいことに俺に相談を持ちかけてきてくれた。
可能な限り力になろう、走心に決めた俺。
ボールを投げ返してから返事をしよう、そう思い投球動作に入ろうとしたとき、俺の背後から第三者の声が響いた。
「話は聞かせてもらったわ。山田君。その課題、監督である私が解決してあげるわ!!」
「さ、桜木さん!?」
いつの間にかミーティングルームから出てきていた桜木さんの割り込みによって、俺と山田の相談を含めたキャッチボールは一時中断を迎えるのだった。
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