第3話 福音

 テラス席の奥で猫は用意された餌を食べた。そして、他人に見えないようにタオルを頭に被せられたペドロは所望したブリトーを器用に口に挟んだまま食べ進めている。とろけるチーズの熱さをもろともせず口に飲み込まれていくブリトーはあまり美味そうには見えない。希望に応えたものの、ペドロの食事は猫と変わらなくても問題ないように思われる。ヴィクセンはブラックコーヒーを飲みながら朝の光に目を細める。

「ついに自由を手に入れたんだ。いやはや清々しい朝だ」

 ヴィクセンは鞄の中に落ちた赤いソースをタオルの端で拭い答えた。

「まだ街すら出ていないんだが」

 大きな仕事と聞いていたが、ペドロを追いかけてくる者もいない。拍子抜けするほど爽やかな朝食の時間を過ごしている。店まで指定したペドロの羽振りの良さも謎である。運び屋に関して言えば、きっちり前金は振り込まれていた。しかし、どうやって連絡をよこし、どうやって口座に振り込んできたのか。ペドロを窓からぶん投げて逃がすという荒業もやってのける剛腕の、よくできたな協力者がいたのは推測できるが。ただ嫌気が差して、放り出された可能性もある。

「これまで不自由はしてこなかったんじゃないのか?」

 新聞を開いたヴィクセンは見出しだけを目で追いながら会話を続ける。街ゆく人々に顔を見られないように、ゆっくりとページを開いていく。死んだやつもいれは、損をしたやつもいる。生還したニュースはそうそうない。

「不自由だったとも。3食昼寝付きで美しいメイドもいたけれどね」

「結構なことだな」

「口うるさい頭ってのは処分に困るものだよ」

 本当に放り出されただけかもしれないとヴィクセンが下に目を落とすと、足元の黒猫と目が合う。食べきった皿と、ご満悦な様子のお嬢様は金の瞳を輝かせている。間違いなく一面記事より良いニュースではあった。

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