幼馴染が惚れたのはクソ強筋肉女子でしたー恋愛相談だったはずがいつのまにか三角関係が発生したようですー
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第1話 心奪う腹筋
オレンジ色に染まった帰り道、どことなく寂しさを覚える肌寒い空気、ぽうっと頬を染める色男の横顔。
その男は歩みを進めながら、どこかなまめかしく息を吐く。
「腹筋割れた女の人って、いいよね……」
「特殊性癖ぶち込んでくんな。急にどうした」
綺麗にぶち壊された雰囲気に俺は大きく息を吐く。相変わらず顔も声も100点なのに発言が−1億点なのどうにかなんねぇのかな、こいつ。
「実は蓮に相談したいことがあって……。最近、僕バイト始めたでしょ?」
「あー、例のカフェ?」
「そう。そこの店長がね、凄く優しいんだ。しかも頼り甲斐があって……この前荷物が重くて運べない時に、僕の代わりに運んでくれてさ」
「お前の代わりに?」
「うん……彼女、僕より背が高くて、すごい鍛えてるみたいなんだよね」
恋する乙女のようにうっとりとした顔で宙を見上げる海斗。桜色の唇に当てられた筋張った手が、異様な雰囲気をかもし出していた。
「まて、お前この前の身体測定で180超えたって言ってたよな?」
「? そうけど?」
「店長デカすぎんだろ! 見たことねぇよそんな女!」
「僕も最初見た時はびっくりしたよ。でもさ……一目惚れ、だったんだよね」
視線を逸らす海斗。その手はかすかに震えている。
「僕を視線だけで見下ろす店長。それを見た瞬間、鼓動が激しくなって、汗が止まらなくて、全身が、ゾクゾクしてっ……僕は確信したんだ、これが、恋だと……!」
頬赤らめてとんでもないこといい出したぞこいつ!!
「いやそれ恐怖だろ! どう考えても圧かけられた人間の拒否反応だよ! なんで一人吊り橋効果してんだ!」
「いや、これは恋だ……! 彼女の冷たい目を思い出すたびに、心臓がうるさくて仕方ないんだよ!」
「仮にそれが恋だったらお前すげぇカミングアウトしてることになるけどいいのか!?」
冷たい目で心臓がうるさくなるとか幼馴染にいうセリフじゃねぇだろどう考えても! 恋は盲目超えて思考全部消失してるレベルなんだが!?
俺ははぁー、と大きく息をつく。
とりあえずこれ以上追求しても仕方がねぇ。不本意だが恋だと仮定して話を進めよう。
「てかそもそもバスケ部のエースが持てねぇ荷物ってなんだよ。カフェでつかわねぇだろんなもん」
「えっと、確か100キロあるバーベルだったと……」
「なんでカフェにバーベル!? インテリア物理的にも景観的にも尖りすぎだろ!?」
脳内でキャッキャしていたおしゃれな男女が一気にむさ苦しいゴリマッチョに変換される。もはやカフェなのかも怪しい。
「えっと、ジムに併設されてるカフェなんだ。一番人気はコーヒー味のプロテイン」
「筋肉のインパクト強すぎてコーヒー味ってカフェ要素が隠し味にしかなってねぇんだよ! よくわからん心霊写真よりぼやっぼやじゃねえか!」
ダメだ、冷静になろうとしてもツッコミどころが多すぎる……!
「全然本題に入れねぇ……! とりあえず、何が話したかったんだよ、お前は」
ツッコミ過多で息を切らす俺。その存在など気にもせず、海斗はぎゅっと胸の前で両手を組む。いじらしいその仕草が、今はひどく憎たらしかった。
「……僕さ、店長をデートに誘おうと思ってるんだ」
「デート? ジム巡りとかいうなよ?」
「そんなことしないよ。もっと、普通の事したくて」
「……本当か?」
いまいち信じらんねぇな……。でももうツッコミいれんのも疲れたし、ここは適当に流して――
「トライアスロンとかどう思う?」
「普通って言葉が筋肉で弾け飛ぶ服ばりに消え失せてんじゃねぇか!」
前言撤回。やばすぎてツッコミ不可避だろこんなん!!
「店長が、『親睦を深めるにはまずはトライアスロンでお互いの実力を曝け出すところから』って……」
「どこのスポコン漫画の世界!? ちゃぶ台返してそうな価値観してんのこええんだけど昭和か!?」
「店長はまだ28だよ?」
「年齢の問題じゃねぇんだよ! そして8つ上か結構離れてんな!!」
あまりにも現実離れした恋に、俺は片手で目元を覆い――スカッと、踏み出した足が空を切った。
「はっ……!?」
手の隙間から見える短い階段。空中に放り投げられた俺の足。
やべっ、落ちるっ……!
手すりに捕まろうとする。しかし腕が伸びるよりも、落ちていく速度のほうが早くて。
「っ……!」
咄嗟に目をつぶる俺。そして体を襲う引っ張られるかのような感覚と、硬いのに、どこか弾力のある感触。スパイシーな匂いが、鼻腔をふわりとくすぐった。
「……大丈夫か?」
囁くような色っぽい低音に、どきりと鼓動が跳ねる。恐る恐るあけた視界に飛び込んできたのは――見事な、腹筋だった。
「ふぁっ……!?」
なんで腹筋!?
「前見ねぇと危ねぇぞ。気をつけろ」
俺はその言葉にハッとして、必死に頭を働かせる。肩を抱えるような腕の圧と、ぺたりと階段に座り込んだ俺。どうやら落ちる前に引っ張り上げてもらったらしい。
「あっ……ありがとう、ございます……」
見上げた先にいたのは綺麗な金髪を揺らす、ミニタンクトップの女性だった。その剣のような鋭い目つきに――どきりと、一際大きく鼓動が跳ねて。
何かが、俺の中で堕ちた気がした。
「て、店長……!?」
どこか焦った海斗の声が鼓膜を揺らした。
俺から逸れる女性の視線。それだけで、何故か胸が苦しくなる。
「……まて、今店長って言ったか?」
海斗の方へと視線をやる。そこには、見たことがないほどに頬を赤く染めた幼馴染の姿があった。
「あっ、そ、そうなんだ。この人が俺のバイト先の店長で……」
あたふたと上擦った声で言葉を紡ぐ海斗。
その姿に、ざわりと胸が騒ぐ。
「エリザだ。よろしくな」
にっと細められたエリザさんの両目。新緑のようなその瞳に、言葉が全て吸い込まれていく。
「……蓮? どうしたの?」
「あっ!? え、いや、なんでもねぇよ! 俺、長谷川蓮です。海斗の幼馴染で、同じ大学でっ……!」
あたふたと自己紹介する俺。本当はもっとしっかり挨拶したいのに、うまく言葉が出てこない。
「えっと、その、助かりました。なんか、今度お礼でも……」
「んな事気にすんな。今度からはこけねぇように気をつけろよ」
「でも……」
食い下がる俺。ダサいことはわかってる。だが、ここで行動しないと後悔する。そんな気がした。
「んじゃあ、気が向いたらあたしの店こいよ。こけねぇように体幹の筋肉つける方法教えてやっからさ」
「はっ……はいっ……!」
爽やかな笑顔に鼓動が一層早くなる。100メートル一気に走った時でもこんなふうになったりしない。鼓動が激しくなって、汗が止まらなくて、全身が、ゾクゾクして。
……これが、恋、なのかもしれないなんて。
手首についた時計を見るエリザさん。細い瞳をわずかに見開くその仕草から、目が離せなかった。
「いけね、そろそろいかねぇと開店時間に遅れちまう。またな、海斗、蓮」
「あ、はい、また……」
去っていく広い背中と、走るたびに躍動するふくらはぎの筋肉。夕日に照らされたその美しさに、俺は静かに息を呑む。
「なあ、海斗。……お前のバイト先、確かまだバイト募集してたよな?」
「……してるけど?」
「俺……応募しようかな」
腹筋の割れてる女性って……こんなに、綺麗だったんだな。俺はこの日初めて、その素晴らしさを噛み締めた。
幼馴染が惚れたのはクソ強筋肉女子でしたー恋愛相談だったはずがいつのまにか三角関係が発生したようですー √ @Root_mojikaki
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