拾う者、拾われる者
1話
森を抜けた先、夕闇に溶けるように二つの影が歩いていた。
先を行くのは、外套の老いた剣士。
背筋は伸びているのに、歩き方だけ妙に力が抜けている。
隠居の気配を纏った、変な剣士。
その数歩後ろを、
小さな足音が――重い鉄塊をずるりと引きずりながらついてくる。
さっきまで獣のように飛びかかってきた少女とは思えない、
戦意の欠片もない歩き方だった。
しばらく沈黙が続いたあと、
前を歩く剣士が振り向かずに口を開く。
「……あんた、何もんだい?
“廃棄文明”で生きてる人間なんて、野盗以外見たことないよ」
「……ちがう」
ぽつりと、か細い声が落ちた。
「だろうね。
野盗にしてはボロボロすぎる。
いかにも“あそこで暮らしてました”って面だ」
少女の足が一瞬止まる。
老いた剣士は気にせず歩き続ける。
「……あんた……いや。嬢ちゃん、名前は?」
風に揺れる外套の裾が、少女へ問いかけるように揺れた。
「……メイト」
言葉が喉の奥で絡まりながら、それでもなんとか名前だけが出た。
剣士はようやく振り返り、ゆっくり頷く。
「メイト、ね。
……いい名だよ」
そう言うと、老いた剣士はまた前を向いて歩き出した。
足取りは軽くないが、迷いは一度たりとも見せなかった。
沈黙は、長くは続かない。
剣士がふいに呟くように口を開く。
「今日の依頼は“廃棄文明の獣害調査”でね。
そっちの奥まで行くつもりだったんだけど……」
ちら、と横目だけがメイトをかすめた。
「――いるはずのない“生存者”がいたんじゃあ、話が変わる。」
メイトの肩が、ほんの少しだけ縮こまる。
その言葉が自分を指していると、直感的に理解したのだろう。
「獣か機構か……何が残ってるのか調べに行くつもりだったんだよ。
なのに、先に嬢ちゃんがいた。
あれじゃ依頼を続けても、邪魔が増えるだけさ。」
メイトの歩みがわずかに遅れる。
老剣士は小さく嘆息し、外套の襟を軽く整えた。
「――だから一度撤退する。依頼は出直し。
あんたを見つけた以上、ほっとけないからねぇ。」
返事はない。
かすかな呼吸すら聞こえない。
剣士は、問われてもいないのに説明の続きを口にした。
「さっきの乾パンじゃ腹、満足してないだろ?
ギルドに戻ったら、まずは飯だ。温かいのを食べて、寝る。
……そのあとで、あんたがどうしたいか考えな。」
メイトは顔を上げない。
握った拳だけが、弱々しく震えていた。
歩き続けながら、剣士は振り返らずに言う。
「生きてるなら、それでいい。
先のことなんざ……あとでいいのさ。」
夕闇の中、二つの影が並ぶ。
ひとつは大きく、もうひとつは小さい。
どちらも、今はまだ行き先を知らないまま。
夕暮れの灯りがともり始めた頃、
二人は冒険者ギルドの大扉を押し開けた。
酒と油と鉄の匂いが混ざった、いつものざらついた空気。
中では、装備を外す音や報告書を書く音、笑い声が入り乱れていた。
扉が開いた瞬間、数人の冒険者が振り返る。
「おいババア!今日は何拾ってきたんだ?」
「今度は子どもか?保育所でも開く気かよ!」
「そのチビ、剣より軽そうだぞ!」
どっと笑いが起こる。
老いた剣士は、手をしゅっと振り払う。
「はいはい、あんたらの相手は後だよ後。仕事の途中さね。」
メイトは反応らしい反応も見せず、ただ影のように背後を歩く。
カウンターに辿り着くと、受付嬢セリナが顔を上げた。
「おかえりなさい、ビショップさん――え?」
その目が、メイトに吸い寄せられるように止まる。
「その子……誰ですか?」
ビショップは肩を軽く回しながら答えた。
「廃棄文明の奥で見つけた。生き残りだよ。」
セリナの表情が一瞬引きつる。
「廃棄文明で……?
ビショップさん、あそこはもう“生存者ゼロ”と処理された区域のはずでは……」
ギルド内のざわつきが、セリナの声に引き寄せられるように静まっていく。
ビショップは淡々と説明する。
「調査依頼の道中でね。
本来なら獣か機構の原因を突き止めに行くつもりだったけど――」
ちら、とメイトを見る。
「先に“こんな子”がいたんじゃ、依頼続行は不可能さ。」
メイトは視線を落としたまま動かない。
セリナは混乱を抑えながら言葉を選ぶ。
「……確認が必要ですね。書面だけ先に――」
「いや、ギルド長に直接話すよ。」
ビショップはもう階段のほうへ向かっていた。
「ビショップさん!今日はアポ取ってないんですよ!?
勝手に入ったらまた怒られ――」
「緊急だよ緊急。通すって言っといてちょうだい。」
勝手知った足取りで階段を上がっていく。
二階の扉が勢いよく閉まる。
ギルドの喧騒がゆっくり戻り始める。
だが、軽口は誰も飛ばさなかった。
代わりに、奇妙な視線だけが集まる。
セリナがそっとメイトに声をかける。
「……あの人、いつもこうなんですよ。驚かないでね。」
メイトは驚いてすらいなかった。
ただ、状況の変化すべてを“無”の表情で飲み込んでいる。
カウンター脇の椅子に座らされ、
鉄塊を抱えたまま、小柄な影がぽつんと取り残される。
ギルドのざらついた空気の中で、
メイトはまるで、置かれた荷物のようだった。
――その頃、ビショップはすでに二階の前へ辿り着いていた。
ビショップは階段を上がりきると、
返事を待つ気などまったくない勢いで扉を叩いた。
ドンドンッ!
「ギルド長!ビショップだよ、入るよ!」
「入るなババア!!返事を待てって言ってんだろ毎回!!」
室内から怒鳴り声が返る。
しかしビショップはお構いなしに扉を開けた。
中には、書類に埋もれたギルド長アーバンがいた。
年の割に皺が深いのは、主にこの老いた剣士のせいだ。
「……お前なぁ。心ってもんをどこかに置き忘れてきたのか?」
ビショップは肩を竦め、ため息まじりに返す。
「置き忘れたのはあんたの威厳じゃないかい?」
「やめろ!! 本気で傷つくんだっての!!」
「じゃあ泣く前に仕事しな。ほら、おしめ替えてた頃から言ってるよ。」
「言うなババア!! その情報は墓まで持ってけって何度言わせりゃ気が済む!」
アーバンが机を叩く。
「……で!今日は何の話だ?
お前がアポ無しで来るってことは、どうせろくでもないんだろ?」
ビショップは足を組んで勝手に座る。
「仕事の道中でね。拾いもんしたよ。」
アーバンの眉がぴくりと跳ねる。
「……またか?」
「人間。」
アーバンが椅子ごと後ろへズレた。
「――ああ!?
迷子か?流れ者か?」
「廃棄文明の奥地で、生き残ってた子どもだよ。」
部屋が静まり返る。
アーバンは深い溜め息を吐いた。
「……おいおい……生存者がいたのか。
ギルドの確認で“ゼロ”と判断した廃棄文明だぞ?」
「ゼロじゃなかったんだよ。
倒れそうな顔して大剣振ってた。」
アーバンはこめかみを押さえる。
「……で、その子は今どこだ。」
ビショップは淡々と言った。
「受付の椅子に置いてきたよ。」
「置いてくんな!!!!!」
アーバンは勢いよく立ち上がり、
紙束を蹴飛ばしながら扉へ向かう。
「まったく……お前は昔から……!」
階段を降りていく後ろ姿は怒っているのに、
どこか笑っていた。
ビショップは鼻で笑った。
「赤ん坊の頃から見てるあんたに言われたくないねぇ、アーバン。」
大剣少女は、滅びのあとで 藍色 @greibsian6
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