第14話「食べさせ合いっこ」

「――あ~ん」


 みんなで『いただきます』をして直後のこと。

 佐奈ちゃんは俺の膝から下りることをせず、『たべさせて』と言わんばかりに俺に対して口を開けた。


 この子、ほんと甘えん坊だな……。


「佐奈、お姉ちゃんが食べさせてあげようか?」

「んっ、いい」


 すかさず、どうにか俺から佐奈ちゃんを取り返そうとする上条さんが佐奈ちゃんに声を掛けるが、佐奈ちゃんは首を横に振ってしまった。

 それにより、上条さんが『がーん……!!』とショックを受ける。


 この子、ほんと妹に弱いな……。


 これで俺が食べさせようものなら、絶対上条さんが恨めしそうにこちらを見てくるんだけど――。


「あ~ん……!」


 期待したようにこちらを見てくる佐奈ちゃんの笑顔には、かなわなかった。


「ふふ……」


 佐奈ちゃんに美鈴ちゃんのお手製料理を食べさせていると、機嫌が良さそうに美鈴ちゃんが笑みを零した。

 なんというか、やっと笑ってくれていることに、どこかホッとしている自分がいる。

 やっぱり、彼女は笑顔がよく似合う女性だ。


 しかし――俺が見ていることに気が付くと、不機嫌そうなジト目を向けられた。


 うん、なんでだ……!?


「ほんと、何したんだか……」


 そして、上条さんは上条さんで、気を取り直したようにご飯を食べ始めているのだけど、ボソッと俺にだけ聞こえるように呟く。

 いや、まぁ……膝の上にいる佐奈ちゃんは確実に聞こえているはずなのだけど、ご飯を食べることに夢中で聞いていなかった。

 幸せそうに食べている姿は、見ていて心が和む。


「おにいちゃんも、たべる。あ~ん」


 佐奈ちゃんはモグモグと嚙み終えると、今度は子供用のフォークを手に取り、ハンバーグを切って俺の口に持ってきた。

 幼女に食べさせられるのは少し恥ずかしく、躊躇していると――。


「あ~ん?」


 食べろ、と言わんばかりに佐奈ちゃんが小首を傾げて俺の顔を見つめてきた。

 この子、かわいさで殴ってくるのだからずるい。


 当然、その後ろでは上条さんが恨めしそうに俺を見ているのだが、俺に怒られたってどうしようもない。

 むしろ、妹を止めてくれ、と思った。


 もちろん、彼女が止めることはなく、俺はおとなしく佐奈ちゃんのフォークを受け入れる。

 すると、佐奈ちゃんは俺が呑み込むのを待って、また口を開けた。

 どうやら交互に食べさせ合うつもりらしい。


 本当に凄く懐かれているのだが、俺は未だにどうしてここまで懐かれているのか、わからなかった。

 それに、彼女たちのお父さんはまだ帰ってこないようで……おそらく、残業で遅くなっているのだろう。

 美鈴ちゃんは事前に旦那さんが残業で遅くなることがわかっていたから、こうして俺を家に上げてくれたのかもしれない。


 そうして、ご飯を食べ終わると――

「んっ、ねんね……」

 ――佐奈ちゃんは、すぐ寝る態勢に入ってしまう。

 お腹が膨れて眠くなったようだ。


「佐奈、食べてすぐ寝たら体に悪いよ? 牛さんになってもいいの?」

「ねんね……」

「もう……」


 美鈴ちゃんが優しく注意するも、佐奈ちゃんは聞かず俺の膝の上で寝てしまう。

 もっと強く言わないと、多分この子は聞かないのだけど……これも、美鈴ちゃんが優しいせいなのだろう。


「さて……食器片づけないと」

「あっ、手伝うよ」

「あなたはおとなしく座っていてください」


 佐奈ちゃんを別のところで寝かせて立ち上がろうとすると、すぐさま美鈴ちゃんに釘を刺されてしまった。

 やっぱり、俺にだけ手厳しい。


「……そういえば、先生が使ってる茶碗、うちになかったものよね? わざわざ買ったの?」


 俺が苦笑していると、こちらをジッと見ていた上条さんが、突然美鈴ちゃんに質問をした。


「えっ、それって俺のために買ってくれたってこと……!? ごめん、お金返すよ……!」


 てっきり余っていた茶碗を使ってもらったと思っていた俺は、慌てて財布を取り出す。

 さすがに、ご飯をご馳走になった上に、茶碗代まで出させているのは申し訳ない。

 というか、材料費くらいは出さないと……。


「いりません、佐奈が無理矢理付き合わせてしまっているだけなんですから……!」


 俺がお金を渡そうとすると、美鈴ちゃんは慌てて首を横に振り、食器を持って流し場に逃げてしまった。

 待っていれば残りの分を取りに戻ってくるかもしれない――と思っていると、両手で持って行けた少ない食器を洗い始めてしまう。

 どうやら残りは、上条さんに持ってこさせるつもりのようだ。


「そこまで全力拒否しなくても……。ごめん、上条さん。これ後で渡しといてくれる?」


 どれくらい必要かわからないので、とりあえず五千円札を上条さんに渡してみる。


「先生、頭いいはずなのに、察しは悪いんですね……」


 そして、心底残念そうな男を見るような目を向けられてしまった。


「ご、ごめん、足りなかった? じゃあ――」


 と、一万円札を渡そうとすると。


「お金から離れてください……! まったく、私がせっかく――」

「真凛~? 早く、食器を持ってきてくれると助かるんだけど~?」

「「――っ!?」」


 上条さんと話していると、突然美鈴ちゃんが黒いオーラを纏いながら笑顔をこちらに向けてきた。

 それにより、上条さんから『なんで私が怒られないといけないんですか……』と言いたそうな目を向けられてしまう。


 うん、ごめん。

 俺もよくわかっていないんだ……と、心の中で謝っておくのだった。

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