第2話

 VRMMORPG『 Astralアストラル Ignitionイグニッション』。通称アスイグは、ファンタジー世界でスローライフを送ることが出来るという王道VRゲームだ。それでも、数多のゲームに埋もれないのは、平和な日常の裏で巻き起こる世界崩壊の危機を救う重厚なストーリーが、多くのゲーマーから支持されているからだ。

 そして、数年前にやって来た少女もまた、アスイグの魅力に取り憑かれた1人であった。


 カランコロン。

 職人達が集まる街、フレーズの外れにある店。そこにすめらぎ一柑いちか改め、イチが鍛冶屋として店主を務める『十六夜いざよい』がある。


「いらっしゃい」

「おう。お前が店先に立ってるなんて珍しいな。これは明日にでも緊急クエストが発令されるんじゃねぇか」

「物騒なことを言うな。注文の品、持ってくるから。待ってな」


 席を立ったイチは、カウンターの奥にある倉庫から、事前に受注されていた品物を探す。

 セレクトする間も常連客の男は話し続けた。


「にしても驚いた。今日は臨時休業だって話だったろ。来ていいのか」

「その件については、お気になさらず。ま、臨時休業もとい臨時開店も良いだろう?」

「何だよ。それ」


 店奥から戻ってきたイチは、常連客の笑い声を聞き流し、天板に品物を置いた。


「はい。こちら、ご注文の品物となります。ご確認をお願いしても宜しいでしょうか」


 イチのわざとらしい笑みに、不服な顔を浮かべる常連客だったが、置かれた物を見て、その表情は一変した。

 客の要望通りに製造した片手剣。ただし、厳選した性能。デザイン性を追求した渾身の一振りは、アスイグ1であると自画自賛出来る。


「ひゃー。相変わらず、鍔の装飾が細けー。てか、すげぇ性能がこれだけ付いてて、この値段……ヤバすぎるだろ」

「後は保証についての説明だが」

「いつも通りメンテナンスやらだろ。それなら、要らねーよ。ほい」


 自動的に表示された決済画面を見て、「まいど」と言って、イチは下部にあるボタンを押す。

 これで、取り引きは完了したのだが、常連客は、まだ話したそうに口を開いた。


「うーん。やっぱし勿体無いなー」

「何がだ」

「いやー。旦那の武器と、そのガッシリした体は、いかにも戦い向きなのにな」

「あら。お兄さんのような、しつこい漢は嫌われますよ。例えば、私とか」


 突然、イチの背後から艶やかな女性の声が聴こえてきた。

 金色の髪は束ねて結ばれ、肩の前に垂らしてある。体のラインが分かるタイトな服装は、分厚い大胸筋を強調させ、腹筋を惜しげもなく披露している。短いスカートから尻尾が見え、頭の上から小さな耳がピクリと動く。

 魅惑的な彼女の風貌を見た常連客は、思わず頬を染めた。女性は客の様子にニヤリとして、とことこ歩きながら、言葉を続ける。


「そうですね。今後、お店への立ち入り禁止。それと、運営に迷惑プレイヤーとして報告……仕上げにアカウント凍結にしてもらいましょうか」

「おいおい。それが常連相手にする対応か。冗談だよ、ミーシャ」


 ミーシャ、と呼ばれた女性は「ん?」とあざとく首を傾げた。

 相変わらずの光景に、イチは口角を上げた。


「やはり番犬がいると安心だな」

「イチ様。私は犬ではなく、ライオンです」


 ぷくぅ、とミーシャは頬を膨らませると、2人のやり取りに常連客は笑った。


「はは。しっかし、2人は本当に仲がいいな」


 それを受けて、ミーシャは「はい」と続けた。


「何処に居てもイチ様は心から尊敬する主人であり、私には勿体無い程、素敵なお嬢様です」


 ミーシャが嬉しそうにする中、常連客は慣れた様子で話した。


「はいはい。確かに旦那に対する過保護っぷりやらを考えたら、鍛冶屋のお嬢様と言っても過言じゃねぇけどよ。その格好で、お嬢様と従者ロールプレイは厳しいって」


 常連客は2人を見比べながら、改めてイチの格好をジロジロと見る。

 イチは、そんな常連客の言動に怒ることなく、落ち着いた口調で同意した。


「だよな。俺もそう思う」

「むぅ〜。私は命を賭けてお仕えする覚悟だというのに」

「ってらしいから、これ以上、ミーシャの機嫌を損ねる前に帰った方がいいぞ」


 イチがそう言うと、常連客は諦めた顔を浮かべて頭を掻いた。


「お前が言うかよ。分かった、またな」


 カランコロン。

 イチは退店を知らせる鐘の音と共に客を見送った。そして、ふと近くの壁に掛けてある鏡を見ると、そこには彼──彼女が追い求める清楚で可憐な姿とは真逆の姿が映っていた。

 胸下まで伸びていた髪は黒の短髪に。新たな象徴として、青い瞳を前髪から覗かせる。また、一般的に細マッチョと呼ばれる体型は、服の上からでも分かる美しいシルエットを際立たせていた。

 それだけではない。出力されるボイスも本来のものではなく、プレイヤーボイスをカスタマイズしたもの。性別も男性としたアバターから出る、重低音の中に現実リアルを彷彿とさせるような秩序を感じる声は、唯一無二である。

 勿論、最初から性別を偽って始めるつもりはなかった。それでも、鍛冶屋を続ける為に。好きを貫き通す為に選んだ姿に後悔などない。

 そして、ライオンの獣人に姿を変え、こちらの世界では店員として手伝ってくれているミーシャ──三坂みさか杏莉あんりは、今日もお嬢様のことが気になる様子であった。


「もしかして、本日もお出掛けを?」

「勿論」

「では、私も着いていって……」

「駄目」

「ご迷惑にはなりませんから」

「駄目なものは駄目です」

「むぅ……お嬢様の我儘は嬉しいものなのに。ミーシャは仲間外れにされたみたいで悲しいです」


 拗ねるミーシャを宥めるように頭を撫でると、彼女は嬉しそうに耳を垂れる。

 こうして、無事にミーシャのご機嫌取りに成功したイチは閉店後、こっそりと出掛けていった。


* * * * *


 ゲーム内時間、朝。イチは森を彷徨っていた。

 葉が堆積した地面は柔く、頭上からは穏やかな日差しが差し込んでくる。最早、現実との区別が付かない中、イチは倒れた樹木を避けて進んでいく。

 そんなイチの格好はというと、暗闇と同じ色をしたローブ、目元をミステリアスに隠し飾る仮面。と、至って普通な鍛冶屋を怪しげな冒険者に変身させていた。


「事前情報によれば、この辺り……」

 

 丁度、顔を上げた先。周囲の景色と同化するように、プニッとした透明な怪物がいた。スライムだ。

 奴は、こちらを敵と認識したのか、胡麻のように小さな目が赤く光らせた。そして、ホイップクリームの先端に似た部分から円環を描くように液体が飛び散る。最終的にスライムの形は、槍を持った兵士に変貌していた。

 一連の様子を見たイチは「成程」と呟いた。

 

「この森には幽霊が出るという噂は、森に迷い込んだ冒険者を真似たスライムだったか……つまり、俺もそうなる可能性があると。貴方は、そう仰りたいのかな。しかし、永遠にその時が訪れることはないよ」


 イチは鞘に収めている刀に触れながら、まるでエスコートするように、右手を差し出した。


「怪物様。くたばる覚悟は宜しくて?」

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2025年12月24日 18:30
2025年12月24日 19:00
2025年12月25日 18:30

お嬢様オンライン〜鍛冶屋時々冒険はいかが?〜 雪兎 夜 @Yukiusagi_Yoru

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