第2話 ご近所付き合いというもの 1
「合計762円です。お会計はこちらの画面でお願いします。ありがとうございましたー」
大学の授業が終わり、俺はそのままバイト先のコンビニでせっせと働いている。ここは自宅のマンションから徒歩二、三分の距離にあるということもあって頻繁に利用している。
俺は両親から奨学金とバイト代で学費を払えと言われているため、大学に入ってすぐにここのバイトを始めた。面接での志望理由は「家から近いから」だったのだが、コンビニバイトって、そんな適当な理由でも受かるものなのだろうか。
今は四人ほどが店内で陳列棚の商品と睨めっこをしている。その光景を眺めながら、昨日のことを思い出していた。
♯
俺の目の前に現れたのは母校──
「なんですか」
「あ、いや……音、こっちまで聞こえてるので静かにしていただきたいと思って……」
「あぁ……音……そっちまで聞こえてたんですね……」
「そう……です。だから、静かにして欲しいなと。……クリスマスですし、騒ぎたい気持ちも分かりますが──」
俺が発した『クリスマス』の言葉に、目の前の女の子は眉を顰めた。
「──なんなんですかクリスマスって!!」
「……え?」
突然、何の脈絡もなく目の前で大声を浴びせられた。
「……クリスマスは、クリスマスなんじゃ……」
俺は咄嗟にそう答える。
クリスマスはなんだという問いの答えは、クリスマスじゃないのだろうか。俺はそれ以外の答えを知らない。クリスマスの歴史を聞かれている訳ではないのは流石に分かるが。
「……っ、そんなの分かってますっ!! クリスマスはクリスマスですとか、私が言いたいのはそういうのじゃないんです! もう良いから早く帰ってくださいっ!!」
「え、あの──」
──バタンッ。
俺はよく分からないまま、不機嫌なお隣さんに勢いよくドアを閉められてしまった。
♯
思い返しても意味が分からない。どうしてあんな始末になってしまったのか。
言葉遣いで失礼なところはなかったはず……。不機嫌な時に伺ってしまったようだから、タイミングの問題だったのか。それとも、『クリスマスはクリスマス』か……?
「はぁ……」
「ん、どした滝沢? 溜息なんか吐いて」
「……先輩」
落ち込んでいる俺を見兼ねて、先輩が声を掛けてくれた。
先輩はこのバイトと大学両方で先輩だ。学部は違って学年は確か三回生だったか。職場以外の交流がある訳ではないが、気さくに話しかけてくれてそれなりに話すことが出来る。
正直、昨日の件について相談したいと思った。
──俺の何が悪かったんだろう、と。
「あ、もしかして、昨日のクリスマスでなんかあった感じ? 滝沢モテそうだもんなー」
「別にモテてないですよ。……俺の学科の男女比って9:1とか8:2ですよ」
俺は工学系の学部生だ。勉強がそれなりにできたお陰で国立大学の理系学部に進むことができたが、それ以外に誇れる点が思い浮かばない。人付き合いという点においては誇れるどころか、苦手意識がある。
大学生になって気付いたことだが、人脈は自ら動かないと広がらない。中学高校は教室に行けば会える話せる、そんな状況は大学ではサークル、部活などに該当する。
つまり、出会いは向こうからやってこなくて、自分からサークルなどのコミュニティに属さないといけない。
「というか、俺が言いたいのはそうじゃなくて……」
「お、違うのか。じゃあなんだ?」
「えっと……」
昨日のことについて、先輩にどう切り出せばいいのだろうか。
俺のお隣が女子高生だったこと、お隣さんがうるさくて怖いこと、何やら不機嫌にしてしまったらしいこと。どれを選べば誤解が少なく、俺の欲しい言葉を貰えるのだろう。
「ご近所付き合いって、やらないといけないんですか?」
「ん、ご近所付き合い? それはあれか……、隣の部屋に挨拶したりとかのヤツ?」
「はい」
「そんなのは特に何もしてないけどな」
「やっぱりそうですよね……」
「今の時代でわざわざ隣の部屋に菓子折り持っていくとか聞かないけどな」
「ですよね」
俺も先輩の意見と同じだ。俺の親が学生だった頃は当たり前だったらしいが、時代が進んだ今はむしろ珍しい。
俺もあのマンションに住むと決めてから、隣の部屋に挨拶をしたことはない。
「だったら『クリスマスはクリスマス』なのか……?」
「なんて?」
「……クリスマスってなんなんですかね」
振り返ると、あの女の子は『クリスマス』に対してフラストレーションがあったように思う。その経緯は知る由もないが、昨日の俺はそのせいでとばっちりを受けてしまった。
正直に言うと、ご近所付き合いはもうしたくない。
でも、昨日のお隣さんに引っ掛かることがなかった訳ではないのも事実だった。
「滝沢。クリスマスっていうのはな……、“せい”なる夜だぞ」
「……因みに聞きますけど、それって、“聖”なる?」
「なんだよその漢字。こっちの“性”に決まってるよな!?」
「……はぁ。まあそっちだと思いましたけど、聞いた俺がバカでした」
「そうだな。バカ」
「だったら先輩は猿──」
「いらっしゃいませー!」
先輩の大きい声で俺の声が掻き消される。振り向くと、入り口の自動ドアに三人の女子高生が立っていた。
三人とも俺の母校、城南高校の制服を着たJKだ。
「……いらっしゃいませー」
彼女たちは俺に目もくれず陳列棚へ歩いていった。
「滝沢、お客さん来た。レジよろしく」
「はい。いらっしゃいませ」
俺は淡々とレジ業務をこなす。人付き合いが苦手な俺だが、仕事は割り切って取り組んでいる。大学生はもう大人で、子供じゃない。大人になったのだから、これくらいの切り替えは最低限必要だと思う。
次にレジに並んだのは先ほどの女子高生たちだ。
「お願いします」
「はい。いらっしゃいま──」
「……どうしました?」
「……いえ、なんでもありません」
昨日の女子高生だ。
お隣さんだ。
騒音がひどくてうるさくて、注意しに行ったら八つ当たりされたあのお隣さんだ。
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