場面4 あなたが伝えたかったもの

 LS-1-βとの邂逅を終えた後の、次のシーンはまさに没入型映画の真骨頂とも言えるものだった。


 遥か地平線の先まで続く、タイルの様に等間隔に並ぶ幾つものテーブルと、備え付けられた様に対面に座るLS-1-β。


 空白の椅子が全ての区画に用意されていて、きっと視聴者がそこに座れば会話ができるのだろう。


 しかし、どれもこれもが、おそらくザリクがLS-1-βと行った取材の一部なのだ。決められた文言しか、映像の中の兵器は口にしないだろうが、それでも視聴者としては構わなかった。


***


 体験を迷わないように、初めての視聴者に向けられた案内板もあったため、近場の椅子に座り込む。


 すると、LS-1-βが馴れ馴れしくも話し始めた。


「よう、さっそく来てくれたのか」


 その気やすさに苦笑しながらも、つい「ああ」と返してしまった。


「トゥルカシアの戦いに参加した、他のLSシリーズ?」


 だが、目の前にいる彼は返事をするわけもなく、話題を提供し続ける。


 一方的な会話だった。


「参加したのは他だと、セブンとエイトだな。第ゼロ世代」


 俺たちの前の、プロトタイプとも言える存在だよ、と彼は話す。


「性別はないみたいだから、兄とか姉とかって括りではないかな。俺もあんまり上って感じで接してはいなかったから」


 優等生ヅラしてた問題児だったんだぜ、とけらけらと笑って告げる内容は、些か不安な情報だ。


「正直、俺なんかよりあの二人が他の星に赴いたのが奇跡だったと思うぜ。なにせ、2人とも人嫌いの引きこもりだし」


 なぁ、とLS-1-βは後ろに声を掛ける。すると、何もなかった空間にアクシス-9が現れた。


 彼はLS-1-βの言葉に頷けないでいるようだった。先ほどの、優等生ヅラした問題児の発言から、アクシス-9の前ではそれこそ社交的に見えていたのかもしれない。


 同意を得られなかったことに、LS-1-βは残念そうな表情を浮かべたが、まぁいいかと話題を元に戻す。


「あの時は本当に珍しいこと続きだったんだ。珍しく姉貴が派遣されたと思ったら、任務拒否の帰還命令無視」


 つらつらと当時の話をするLS-1-βは、ちらりと右横に視線を向ける。


 そこにはおそらく何もない。


「そりゃあ、姉貴の命令無視は前もあったけど、それでもあの人は最低限の報告はいつもしてたんだ」


 けどあの時はなんの報告もなかった、と続く言葉に、連盟側ではどれほどの事態だったのかと察せられる。


「その上戦闘行動はしているみたいだし、何かイレギュラーが起きたのか、それともあの姉貴が手こずってるのか」


 現状歴史に名を残す次元破壊兵器が手こずるほどの相手、と考えれば確かにその異常感は増すことだろう。


「上の方で強制帰還が採択されて、次元移動が可能なセブンと治癒能力特化のエイト、それと姉貴が手こずる相手ということで万が一の事態に備えて俺が向かったって訳」


 たった1つの星にこれだけの戦力が投入されたのなんか、初だった! と大仰に手を広げ説明するLS-1-β。


 隣に立っていたアクシス-9もまた、顔を引き攣らせているので、どれだけのものだったのかが分かる。


 確かにLSシリーズが三体も追加投入される自体は——しかも次元破壊兵器である第一世代が二人とも投入されるだなんて——現代の星間連盟の一般的な歴史の教科書には記載がない。


「セブンとエイト、両方とも口では文句言いまくってたけど、実力行使の拒否はしなかったから、まぁ納得はしてたんじゃないかな」


 あの二人は少しツンデレだったしなぁ、というLS-1-βの笑いに、アクシス-9は首を傾げている。


 どういう意味だと尋ねる光の賢者に、後で説明するとLS-1-βは返し、更に話を続けた。


「結果は知っての通り。あの姉貴が、まさか子ども1人を気に入って命令拒否ったのは、後にも先にもあの一度きり」


 そこまで説明して、彼は傑作だったと大仰に笑う。


「セブンもエイトも驚いてたし、しかもそのまま戦線で能力振るわせたから、あの時は随分と怒ってたなぁ」


 俺も怒りたかったんだけどさ、とLS-1-βは独り言まで零す。


 状況を鑑みてみれば、当たり前でしかない彼らの感情は、生体兵器に似つかわしくない俗っぽさが満載だった。


「あの二人にしては珍しいことだったけど、たぶんちゃんと心配してくれたんだと思うよ」


 心配するのは当たり前だろう、とLS-1-βの後ろにいたアクシス-9が言う。が、LS-1-βは、そうではなかったと首を横に振った。


「第ゼロ世代の人嫌いは筋金入りなの。まーじであの人たちと交流してたの、親父殿以外だと俺たち第一世代くらい」


 しかもLSシリーズの破滅を願った第ゼロ世代の暗躍を第一世代が常に潰し回ったから、兄弟仲は最悪だった、と昔を思い出すLS-1-βの表情は、意外なほど穏やかなものだった。


 第一世代を除く他のLSシリーズの情報は殆ど出回らないし、その兵器たちの関係性などは尚更だ。


 人嫌い、LSシリーズの破滅を願っていた、兄弟仲は最悪、と対立が激しかったのが分かる説明なだけに、穏やかさの理由が分からない。


 きっとザリク・トゥリナも疑問に思ったのだろう。


 LS-1-βは、何かの質問を受けたような仕草をした。


「ううーん、第ゼロ世代との関係を象徴するエピソードね」


 象徴かぁ、としばらく悩む体勢になったLS-1-βは、そうだと言わんばかりに手を叩く。


「姉貴が世界の崩壊に巻き込まれて破壊されたとき、嘘だって否定したの第ゼロ世代の2人だった」


 そのエピソードに、隣に立っていたアクシス-9は複雑な表情を浮かべる。


 気付いたLS-1-βは、彼がそのような顔をする理由を説明した。


「そこにいるゼノンはよりにもよってかよ、みたいな顔してるけど、気にしないでくれ。コイツと会ったのは、姉貴が破壊された後の騒動からだから、その時のLSシリーズ全体の混乱知ってるんだ」


「だからこそ、象徴的エピソードにそれを持ってくるのはどうかと思ってるんだ」


「第ゼロ世代の素が出た話なんか、マジで希少過ぎて思いつかないんだよ。そもそもあの時、下の世代は呆然としたまま……頓珍漢でも動いてたのは第ゼロ世代くらいだろ」


「お前は?」


「え」


 アクシス-9の質問に、LS-1-βは一瞬動きを止める。目をまんまるにして、意外だとその顔に浮かべていた。


 しかしアクシス-9は、もう一度「お前はどうだったんだ?」と尋ねた。


 しばらくLS-1-βは考え込み、そして告げる。


「俺は……俺が第一世代として世界崩壊を観測してたから、そうかって思った。運用方法から一番死ぬ確率が高いのは、俺たちだったから」


 淡々とそこまで言った後、彼は逆接続詞を繋げる。


「でも、第ゼロ世代が活動停止した報告を聞いたときの方が、変な気分だった」


 あの人たちがあっさり停止するなんて思えなかったなぁ、と遠くを見つめてLS-1-βは答えた。


***


 LS-1-βの動きが止まる。


 同様にアクシス-9もまた、ぴくりとも動かなくなる。


 これはここまでの記録なのだと理解した。


 だから椅子から立ち上がったのだが、その瞬間目の前にいた彼らが粒子のように消える。

 ギョッとしてしまったが、周囲を確認すれば、他にも消えていくLS-1-βが複数観測できた。


 残された区画を見れば、消えたのが全体の五分の一だと分かる。つまりこれは、選択と誘導なのだろう。


 次の椅子に座ればまた彼との一方通行な会話が始まるし、その時間は永遠ではないのだと視聴者に突きつけるための処置。


 きっとザリク監督の図らいなのだろうと思ったので、甘んじてそれに従う。

 次の椅子に座った。


***


「え、こんな早く?」


 始まりはLS-1-βの驚きの声からだった。


 彼はその後、慌てて手を振り「あ、いや、嫌なわけじゃないんだ」とフォローする。


「その……あのカリオス-X3が認可出すのが早すぎて驚いてる。あの人、こういったことには恐ろしくものぐさ発揮するから」


 驚いた理由を説明した彼の横に、アクシス-9が呆れた表情を浮かべて現れた。


「お前が博士の何を知ってるんだ」


「言っておくけど、アクシス-9より俺たち第一世代の方が付き合い長いからな⁉︎ お前があの人の護衛になったの、五百年くらい前だろ」


 アクシス-9はLS-1-βからの指摘に、うぐっと声を詰まらせる。


 そこで、おそらくザリク・トゥリナが質問を投げかけたのだろう。


 お互いに睨み合っていたLS-1-βとアクシス-9は、一旦口喧嘩をやめて視聴者側へと身体を向ける。


「カリオス-X3との付き合い……ねぇ。俺たち第一世代が誕生した際に視察来てて、そのとき以来かな」


 LS-1-βの説明にアクシス-9は興味深そうな様子だった。


 対しLS-1-βは咳払いをして、説明を続ける。少し気まずさがあるのが見てとれた。


「そう、コロニー・テピアが半壊したやつ」


 悪名高い第一世代を語る際には付き物のエピソード、と補足される。確かに、彼ら第一世代の破壊と凶暴性を表すのに、ちょうど良いエピソードだった。


 今なら有名な話なのだが、第ゼロ世代に続き、第一世代を誕生させる実験と研究が行われていたのが、コロニー・テピアだった。


「あれさ、ほぼほぼ姉貴がやったんだけど、なんでか俺も共犯になってんだよなぁ」


 大袈裟に肩を落としたLS-1-β。逆にアクシス-9は、そうなのかと言わんばかりに驚きで身を乗り出す。


「博士護衛の前任者からは、お前とも戦闘したと聞いた」


「あのなぁ……攻撃されたら、とりあえず反撃するだろ。その時の俺、内部世界の崩壊直後でかなりの混乱状態だったわけだし」


 苦々しく告げるLS-1-βの説明に、それもそうかと納得した様子のアクシス-9。


「しかし、なぜLS-1-αはコロニー・テピアを攻撃したのか」


 年若いゼノンの彼は、詳細を知らされていないのか。


 その素朴な疑問に、LS-1-βは喉の奥から「んー」と音を出し、頭を左右に傾げる。


 どこまで告げるか悩んでいるその仕草が少し続いたかと思うと、彼はゆっくりと語り始めた。


「姉貴の言動からすると、内部世界へ干渉されるのを嫌がったっぽいんだよ」


 続けて、内部世界とは何か説明される。


「LSシリーズは、体内に世界を内包させられている」


 そう言ってLS-1-βは、自らの胸元を指差した。そこに内部世界とやらが入っているのだろう。


「次元を超えての活動で、俺たちの存在確定のために施された処置だな。ついでにこれがあるから俺たちの特殊能力が発動できる。世界への干渉を異なる世界の法則で成り立たせているんだ」

 

 言われてみれば、異なる次元、異なる世界へと単独で活動する彼らが、生体兵器として改造されている以上の理由は知らされていなかった。


「それで、姉貴と俺は次元破壊をする目的で開発されてる。結果、内部世界を複数回崩壊させるシナリオが、誕生までの背景に付けられてるんだ」


 連盟の一部の地域に見られる前世だとか、転生だとか、繰り返しの概念に近いものだよ、と説明されるのだが、一種のシミュレーションプログラムなのかもしれない。


 繰り返し、繰り返し、世界を崩壊させるために全てが動いていくシナリオの中で、彼らは破壊を選択し続けていたのだろうか。


「特に姉貴は回数が多かったからな。外部……というか俺たちを生み出したこの世界の事情と存在も認識してて、これ以上の干渉を拒否したってのが、たぶん動機」


 LS-1-αは最後に、世界崩壊シナリオの穴を突いて、繰り返しすらできないようにしたという情報まで渡される。


 メタ的な認識すら誕生前にできたわけで、改めて彼女の能力が突出していたのが判明した。


 が、そこでLS-1-βは急に怒り出す。


「とばっちりだったのが、俺」


 しかめ面を浮かべ、トントンとテーブルを指で強く叩く。


「俺も同時誕生をさせるために、姉貴がシナリオよりも早い崩壊を仕組んで、俺の世界に干渉してた……というのが後から分かって。もう初! 初の兄弟喧嘩!」


 早口で、とめどなく告げられる内容に、LS-1-βは随分と不満があったのが、ありありと分かる。


 その時に、LS-1-βはなぜか視聴者でも、アクシス-9でもない方に視線を一瞬向けた。


「その兄弟喧嘩が派手になり過ぎた結果、カリオス-X3と二度目ましてだし、喧嘩収拾で光の賢者たちと散々やり合ったし、最終的に罰でイエンシェラの後始末に駆り出されるし」


「イエンシェラ?」


 聞き慣れない単語が出てきたことで、LS-1-βの勢いに呑まれていたアクシス-9がつい疑問符を浮かべる。


 途端にLS-1-βは小さな悲鳴をあげた。


「知らねーの⁉︎ あの楽園の蝶! 発見次第警報が一銀河中に響くような特級危険物!」


 騒がしく問い詰めるLS-1-βだが、アクシス-9は首を横に振って否定する。


 本当に遭遇も、知識もないのだとわかった途端に、LS-1-βは疲れたのか椅子にぐったりと座り込んだ。


「アクシス-9への問い詰めは後にして……イエンシェラの後始末に懲りたのか、あれ以来、姉貴は光の賢者嫌いになったんだよ」


 とはいえ、その後は光の賢者が出てくるような事件もなく、しばらくは接触していなかった、と説明が続く。


 そして最後に、LS-1-βはぞんざいに兄弟喧嘩の決着を告げた。


「兄弟喧嘩の勝敗? あー、珍しく姉貴から謝罪の言葉を貰いました。でも、俺はしばらく動けなくなった」


 あの結末はまだ納得いかねぇ、と不平不満を口にするLS-1-βと、その隣で腹を抱えて笑っているアクシス-9。


***


 やがて二人は、ぴたりと止まった。


 予想通り、再び五分の一だけ選択肢が消える。


 誘導基準はどうなっているのだろうか。と少しだけ考えたが、まずは全て見切るのが先だと思い、三つ目の椅子に腰掛けた。


***


「久しぶりだな。ちょっと老けた?」


 開始早々の言葉に面食らう。


 LS-1-βの見目は変わっていないが、わざわざ告げたということはそれなりの時間が経過しているのだろうか。


「俺の年齢? 何歳だったかな」


 きっとザリクもまた、時間と彼の変化について疑問に思ったのだろう。


 前の会話では、五百年以上は生きているはずだし、何より数百年前のトゥルカシアの戦いに彼は参加している。


 指を折り数えて、視線をあらぬ方向に向けながらも、LS-1-βは答えてくれる。


「あー、えっと、千歳にはたぶんなってない」


「お前、そんなに若かったのか!」


 アクシス-9が若いと騒ぎながら、登場した。


 星間連盟所属に所属している多くの種族にとってみれば、千年すら途方もない時間だった。


 それを超長命種ゼノンは、若すぎると断じる。


「とは言っても、活動期と休眠期が交互に来てるから、俺自身の実年齢よく分からないんだ」


 公式記録にアクセスしようにも、誕生時のデータが古すぎて規格がな、とLS-1-βは困ったように笑う。


 未だ千年という事実に驚いているアクシス-9だったが、きっと対照的にザリクはその長さに目を白黒させていたのだろう。


 相手の驚きを察したLS-1-βは、軽く説明する。


「LSシリーズは寿命含めたその辺も改造されてるんだ。いやまぁ、俺たちの素体が改造しやすい種だから、必然的にできる限り改造しまくってるみたいで」


 生体兵器としての事情もあると告げた彼は、ほらと自らの背中に大きな翼を出した。


「こんな風に背中に羽が生えてんの、俺。一応意味はあるんだけど、兄弟の中だとこういう改造されてんのは俺だけ」


 自らの背丈くらいはありそうな、黒々とした翼。


 彼が空から降りてきたら、いつか見た神話モチーフの絵画の一場面になりそうだった。


「これは飾りに近いものなんだよ。俺の内部世界では、この翼そのものが争いの象徴だった。ただの飾りでしかないのにな」


 おそらくザリクの視線が翼に集中したのだろう。


 苦笑とともにLS-1-βは翼をしまう。


「姉貴は……改造自体は相応にされてるんだけど、子どもの見目なもんだから、ちょっと油断されやすい」


 わざとなんだろうけど、俺よりも小さいし、華奢だし、未成熟な印象止まりなんだ。とLS-1-βが、LS-1-αの背丈を手で示す。


「でも、威圧感がすごいあるから、恐ろしくは思われてたんじゃないかな」


「実際、だいぶ恐ろしい人ではあったが」


 ようやく混乱から抜けたアクシス-9が、恐ろしさで身震いしていた。


 その様子に、LS-1-βは笑い、そしてまた一瞬だけ視線を横に向ける。


「ゼノンの戦士でもそう思うんだ」


「少なくとも、俺は全力のLS-1-α相手には勝てるイメージが湧かない。歴戦の勇士であった前任と、目覚めたてで互角だったと聞いている」


「ああ、あの人ね。カリオス-X3も一目置いてそうだったけど」


 LS-1-βには心当たりがあったのだろう。該当の人物を思い起こしている仕草をする。


「博士も文武両道とはいえ、前任者はトップクラスの戦士だ。だからこそ、誕生時の騒動でLS-1-αが危険視された」


「でも、次元破壊兵器としては大成功だっただろ」


「再現性がなかったことも含めてな」


 ぴりりとした雰囲気でアクシス-9は告げる。


「お前たち第一世代は——特にLS-1-αに関しては——再現性が否定されたことで、生存が許されたとも言えた。地球人類種の改造で、あの能力が意図的に再現されてみろ。星間連盟のパワーバランスは崩壊するぞ」


「……そうだな」


 LS-1-βは深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出しながら肯定した。彼の笑顔はどことなく歪んでおり、やんわりと首が横に揺れている。


 やがて、その視線を視聴者側——おそらくザリク側に戻して、話の軌道を修正した。


「姉貴の恐ろしさに関してはカリオス-X3も指摘してたよ。姉貴の脳は活動度が同種どころか、他の種とも比較にならないレベルらしい」


 次元破壊兵器としては大成功で、しかしその能力は脅威である根源が説明される。


「だから、姉貴は知らない言語でも感情だけなら理解できていた。ついでに嘘も分かる」


 対する人々の大半は姉貴の察知能力も恐れたよ、と続くLS-1-βの口調はどことなく自らを恥じている雰囲気があった。


***


 ぴたりと止まったLS-1-β。


 三回目となれば、特に驚くこともない。繰り返されるままに次の座席へと座り、再び会話を始めた。


***


 目の前に座るLS-1-βは、何度か足を組み替えている。


「トゥルカシア人って、確かダミィノが駄目だったよな?」


 そわそわとした彼は、周囲を確認しながらも尋ねてくる。


 今回はアクシス-9がいないようだ。だが、次元破壊兵器として、きっと他のゼノンの見張りがついているのだろう。


「ダミィノって果物、あの無表情無感動無関心の権化な姉貴の数少ない好物だったの。あ、興味持ったな」


 こそこそと内緒話のような会話。


 LS-1-αの好物である果物に、あのザリク・トゥリナが興味を示さないはずがない。


 相手の反応に気をよくしたLS-1-βは、さらに身を乗り出して話し続ける。


「トゥルカシアは他と交流のない閉じた星だったから、ちょっと珍しい手土産になるかなぁって姉貴が用意したんだ」


 けど、とそこでLS-1-βは残念そうな顔を浮かべる。 


「閉じた星相手だから念のため体質確認したら、毒判定になったんだよ」


 肩を落とし、非常に落胆した様子を見せるLS-1-β。


「珍しく姉貴、悲しそうだった。どうにか無毒化できないかって俺も協力したんだけど、ダメだったんだ」


 あれは俺も好きだし、トゥルカシアでは珍しさもあった果物だったのになぁ、と彼はぼやく。


 そこまでして、ふとLS-1-βは何かに気づいた仕草をした。


「今やトゥルカシアは他の星や連盟とも交流ある開かれた星なんだろ。ダミィノの注意事項とか回ってないの?」


 LS-1-βは怪訝な表情を浮かべ、相手の態度を注意深く観察している。


 おそらくザリクがその質問に答えたのだろう。暫く考える体勢をとったあと、ゆっくりと小さな声で注意する。


「知られてないのか……それじゃあ、気をつけろよぉ、マジで、本当」


 軽い口調ではあるが、本気で彼が心配した様子なのは目の真剣さで伝わってきた。


***


 短い時間だったが、不穏さを隠しもしなかったLS-1-β。


 小声で伝える姿勢のまま、彼は動きを止める。


 椅子から立ちあがれば、消えていく目の前のLS-1-βたち。もう、残りは少なく、きっと次が最後だろう。


 そう思い、初見向けに示された通り、次の場所へと移動した。


***


「よく来たな、今回は俺お手製の菓子もあるぞ。あ、ダミィノは入ってねぇよ」


 けらけらと笑いながら、LS-1-βはテーブルの上に色とりどりの菓子を並べる。


 既製品だと言われても納得できるほど、その出来は良かった。


「俺の趣味なんだ。これだけは姉貴にも負けないし、下の世代にもウケが良かったんだぞ」


 腕を組み、胸を張って告げるLS-1-βの横では、すでにいくつかの菓子を頬張っているアクシス-9がいる。


 光の賢者とも呼ばれる彼は、もごもごと小動物のように食べながら、おいしいと味の感想を言っていた。


 LS-1-βはにやにやと笑いながら、早く食べるよう促してくる。その後、一人でやけに楽しそうに眺めてきたのだが、おそらくザリクが食べる様子を見守っていたのだろう。


 非常に満足げなため息を吐いた彼は、そのまま思い出話を語り始めた。


「俺たちにも、稀に自由行動が許可されるんだ。その時に、ここぞとばかりに話題の店とか、調べてたマーケットとか行ってたんだよ」


 楽しかったなぁ、と目を半分閉じて、椅子の背もたれに体重をかける。ぎしりと椅子が鳴った。


 その平穏に浸っていたはずの彼は、しかし何かを思い出し、苦い顔をし始める。


「それで、なんでか知らないけど自由行動中に姉貴が事件に巻き込まれて、呼び出し喰らって……あの人のことだから、なんかその辺始めから分かって行動してた気がするなぁ」


 別々に行動してたにも関わらず、LS-1-αから要請されたり、あるいは他のLSシリーズから合流するよう懇願されたことが、それなりにあったらしい。


 ハァーッとそれはもう嫌そうなため息をつき、恨み言を口にする。


「事件解決してさぁ、買い出し時間なくなったり、欲しかったやつが売り切れだったりするわけよ。そしたら、なんか後からお礼と称されて送られてくるわけ」


 あれは絶対計算して巻き込んできたんだ、と大変低い声で言うLS-1-β。


 不機嫌そうな彼の様子に、アクシス-9は同情的な視線を向けた。が、それでも手元にある菓子を食べるのを止めはしない。


「本当、そういうところはどうかと思ったぞ、姉貴」


 恨めしげな言葉を吐くLS-1-βの視線は、ザリクではなく、また別のところに向けられていた。


***


 最後の一方通行の会話を終えて、立ち上がる。


 周囲にあった、いくつものテーブルと椅子はなくなり、真っ白な空間だけになった。


 ここから次に進むにはどうするのだろうか、場面転換が起きるのだろうか、と思い馳せた直後に、遠くにLS-1-βが現れる。


 一歩進んだつもりで足を出せば、瞬時に彼の隣に立っていた。


 何かを手にしたLS-1-βは、こちらを認識した後に、告げる。


「間に合ってよかった。ちょっと思い出したことがあるから、取り寄せたんだ」


 いつの間にか周囲は、夜の砂漠になっていた。

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