第7話「改修の終わり」
1. 統合という選択
静寂と無限の白が支配する空間。
ミズキは一人、水晶球のインターフェースに向かい続けていた。
彼の傍らには、意識を失ったエルピスが横たわっている。
彼女の身体は半透明で、その呼吸はシステムの微かなパケット通信のように頼りない。
ミズキの指が、光を放つ。
目の前で展開されているのは、[PRAYER_GENERATOR_ROOT]——住民の願いを処理する、世界の心臓部だ。
その機能は、エルピスの愛から生まれた。
しかし、制御を失った今は、世界を破壊するバグの根源となっていた。
「削除ではない。統合だ」
ミズキは静かに呟いた。
最も確実で簡単な解決策は、Prayer(祈り)プロセスを完全に消去すること。
だが、それはRoakの孤独な願いと、エルピスの愛のすべてを無かったことにする行為だ。
ミズキはそれを選ばない。
なぜなら、彼のCS哲学は**「誰も切り捨てない」**ことだからだ。
「願いを止めるのではない。制御し、未来に活かすんだ」
彼の脳内には、前世で「完璧ではない」と切り捨てられたトラウマが蘇る。
そして、その孤独を打ち破ってくれた、エルピスの笑顔と、命懸けの「逃げて」という言葉が響く。
「俺は一人じゃない。お前の意志がここにある」
ミズキの指が、孤独と決意を乗せて、新しいコードを書き始めた。
◇ ◇ ◇
⸻
2. 制御可能な祈り
Rate Limiter(レート制限)。これが第一の防御機構だ。
暴走の原因は、処理能力を上回る願いの殺到だった。
ミズキは、システムのコアに、処理速度に上限を設けるモジュールを埋め込んでいく。
[PRAYER_CORE] Integration initiated...
[RateLimiter] Module attached successfully.
[Moderator] Initializing empathy parameters...
[Moderator] Emotional context sync — source: [Elpis_Memory_Archive]
[Moderator] Validation: PASS (Human-compatible response pattern detected)
[System_Notice] — Core Stability +41.3%
[Warning] — Legacy code fragment detected in /root/prayer/genesis.lua
[Warning] — Comment found: "// if love exceeds limit, overflow to god"
ミズキは眉をひそめた。
「……Roak、あんた、ここまで考えてたのか」
彼は小さく息をつき、さらに手を動かす。
// 一分間に処理できる願いの最大数を設定
PRAYER_RATE_LIMIT: 100/min
// 溢れた願いの処理。削除せず、キューに待機させる
OVERFLOW_ACTION: QUEUE_AND_WAIT
一分間に100件を超えた願いは、消去されることなく、ただ待つ。
不完全だが、これでシステムは崩壊しない。
次に、Moderator(調整役)。
これは、エルピスの「愛の余白」をシステムに組み込む機能だ。
Rate Limiter が機械的な速度調整なら、Moderator は願いの内容を監視する。
暴走を引き起こしかねない危険な願いを事前に検知し、処理を停止させる。
それは非効率的だ。
だが、エルピスは常にそうしてきた。
「システムが自動処理できない問題は、人間(管理者)が直接対話して解決する。それが、CSの基本である」
ミズキは、エルピスに代わって、その哲学をコードに落とし込む。
// 危険度レベル3以上の願いを検知し、自動処理を停止
MODERATOR_ALERT: ON
THRESHOLD: DANGER_LEVEL_3
ACTION: PAUSE_AND_REVIEW
// 管理者コンソールに即時通知
NOTIFICATION_TARGET: ADMIN_CONSOLE
危険な願いは、自動的に処理が停止され、管理者への対話要請が通知される。
そこから先は、ミズキの仕事だ。
「これで、Prayer(祈り)は暴走しない。そして、止まりもしない」
ミズキは、深く息を吐いた。
Roakの孤独と、エルピスの愛。その両方を活かした、制御可能な公式機能として、Prayer(祈り)は生まれ変わった。
◇ ◇ ◇
⸻
3. 再起動と祝福
最後のコマンドを叩き込む。
> System Reboot ——— [PRAYER_GENERATOR_ROOT]
[Boot Sequence Start...]
[Core Process Check] ✔
[Memory Integrity] 99.7% (Stable)
[Error Log] None
[New Directive] ACCEPTED: "No one will be left behind."
[Process Status] PRAYER_ROOT — ONLINE
[Residual Echo Detected] — Source: unknown tag [R★K]
[Residual Message] "You rewrote the prayer... but who rewrote you?"
水晶球が激しく明滅し、心臓部が再起動する。
エラーは流れず、警告は消え去り、安定した青い光が満ちていく。
「……成功だ」
ミズキは、静かに呟いた。
システム全体が、ミズキによる改修を**「新たな仕様」**として承認したのだ。
彼はエルピスの方を振り返る。
彼女の身体の透明度がわずかに回復し、苦しげだった表情に安堵の色が差しているように見えた。
システム全体の負荷が減ったことが、彼女を支えている。
「よかった……」
ミズキは安堵の息を漏らし、水晶球の電源を落とそうとした。
——その瞬間。
空間全体が、金色の光に包まれた。
それは、祝福の光ではなく、圧倒的な権威と圧力を持つ光だった。
◇ ◇ ◇
⸻
4. 上位存在の通達
[System_Override Detected]
[Privilege Escalation] — Layer Transition: 3 → 0
[Access Log Frozen]
[User Input] — LOCKED
[Console Message]
>>> 『通達』
機械的でありながら、神聖な威圧感を伴う声が、ミズキの意識に直接響いた。
これは、上位存在の声だ。
『創造神Elpisは、管理者権限を自己犠牲的に最大解放し、Layer 0 における緊急事態に対処した。この行為は、**管理規定第4327条「権限の濫用」**に抵触する』
ミズキの拳が震えた。
エルピスが彼を守ろうとした、その「個人的な感情」が、システム最大の罪と断じられている。
『管理者権限の使用は、世界の維持を目的とする場合にのみ許可される。よって、創造神Elpisの管理者権限を、即時、永久に破棄する』
「待て!」
ミズキは叫んだ。
『管理者権限は、現行アシスタント・高峰ミズキに暫定的に移譲される。以下の選択肢より、72時間以内に選択せよ』
ミズキの脳裏に、冷徹な通告が刻まれる。
選択肢A:管理者への昇格——Elpisの権限を永久剥奪し、ミズキが新管理者となる。世界は存続するが、Elpisは機能を全て喪失する。
選択肢B:契約の完全破棄——両名をシステムから永久追放。World OS は管理者不在で自動運用される。
ミズキは、歯を食いしばった。
エルピスが「逃げて」と言ったのは、この二者択一だったのだ。
彼女は、ミズキを管理者として残し、世界を救う道を残した。
◇ ◇ ◇
⸻
5. エスカレーション
ミズキは、エルピスの傍に膝をついた。
彼女の手を握る。
その冷たさが、彼女の自己犠牲の重さを伝えてきた。
「『逃げて』……俺を新管理者として、残すためだったのか」
ミズキは、深く息を吐いた。
選択肢Aを選べば、世界は救われる。
だが、エルピスのすべてが失われる。
ミズキは、水晶球に向き直った。
「俺は……CS担当である」
彼の声が、静かに、しかし空間全体に響き渡った。
「俺の顧客はエルピスだ。顧客の問題を解決するのが俺の仕事だ。顧客を見捨てて、自分だけ昇進して世界を救う? そんなの、カスタマーサポート失格である」
ミズキは、選択肢AにもBにも触れず、新しいコマンドを叩き込んだ。
> user: Mizuki
> command: DECLINE_ALL_OPTIONS
> reason: "Customer satisfaction not achieved."
[System Response] ERROR — No valid reason code found.
[System Response] ERROR — Command not recognized.
[System Response] WARNING — Unhandled assertion: HUMAN_WILL_OVERRIDE detected.
[Log Injection] Source: [Manual Input / Unauthorized Human Layer Access]
> user: Mizuki
> message: "This is an escalation request."
[Priority Change] Ticket #E-∞ assigned to: GOD_LAYER_ADMIN
[Session Status] CONNECTING...
金色の光が、激しく明滅した。
システムが、想定外の事態に驚愕している。
「これは、エスカレーションだ。管理者権限の剥奪、ペナルティ契約。そのすべてについて、俺はあんたと直接交渉する権利を行使する」
ミズキの目が、鋭く光った。
「今から、システム管理者——上位ステークホルダーとの緊急会議を要求する」
次の瞬間、空間全体が激しく揺れた。
金色の光が、ミズキの視界を飲み込んでいった。
(『仕様です』で諦めていた俺は、もういない)
⸻
第8話「エスカレーション」、次回更新!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます