第9話 わからない
芽来は一馬と他愛のない話をして別れた後、これでよかったのだろうかと、ふと思った。自分は、一馬のことを分からない人間の一人に過ぎないのではないだろうか。これまでの経験では別にそれでも構わないと、自然に思ってきた。他人の、くだらないことに時間を費やすのなら、自分のためになることをするというのが常だった。しかし、一馬のことを軽んじることはできない。一馬の感じていること、思うこと、行動のきっかけ、何をとっても分からないことがとても悲しいことで、悔しいように感じる。そうは言っても、自分はもう手遅れだろうと、芽来は改めて思った。一馬の感性の豊かな部分に自分が追いつく余地はもうすでにない。何もかもが決定的に違うからだ。どこか落ち着かなかった。自分がもやもやしている今の感覚にもやはり名前をつけられなかった。誰かに話すなら、と思案して浮かんできた顔は、当の本人である一馬と、自分が一度突き放した結翔だけだった。
次の日からも、一馬も芽来も普通の学校生活を送っていた。一馬が文字を読めないと訴えたのは本当に一過性のもので、それから変わることは全くなかった。結翔とも、時々会っていたが彼は何も知らないような素ぶりを貫いていた。一緒に帰ることにも慣れ、周囲からの視線も落ち着いてきた。
「そういえばね」
と結翔が思い出したという体で、沈黙を埋めた。
「一馬先輩と芽来先輩って、結局どういう関係なのかって周りの子達からよく聞かれるんですよ。なんて捌いておいたらいいですか?」
芽来は特に反応せず、あえて一馬の答えを待った。
「え、クラスが同じで、最近仲良くなった、友人?じゃないのか」
二人の予想を超えることのない答えに結翔は
「まあ、僕からみてもそうなんですけど、なんでも芽来先輩が人といるのが意外っていうのが、委員会の先輩の中にあるらしく」
と踏み込んだ。今度は一馬に視線で促された芽来が仕方なく答える。
「僕の所属する水泳部の先輩だろうね。確かに人との交流は少ないけど、いられないって訳じゃ……」
否定をしようとして、少し突っかかった。事実、自分が今困っていても相談できる相手はいないわけだ。
「芽来とは勉強会を開いてるって言っておいてくれよ。実際、それが始まりだしさ」
一馬に誤魔化された芽来がゆっくりと目を逸らしたのを、結翔だけが苦笑いで見届け
「わかりましたー」
と一馬の側についた。その日の結翔は何かと一馬のことを伺っていて
「一馬先輩、最近お疲れですか?」
と核心に触れようとしてはのらりくらりと躱されて、一馬の笑顔にそれ以上の追求を拒絶され続けた。結翔も適度に諦めをつけて、雑談の域を出ようとはしなくなった。
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