第2話
「私はクソ雑魚なめくじです……」
二時間後。其処にはぼっこぼこにされたカレンの姿があった。
顔は醜くはれ上がり、手足には痣が出来ている。
痛くしなければ覚えぬというライカードのスパルタ教育方針の姿がそこにはあった。
「……流石に治癒魔法でもかけてやるか」
レイは己の
その
「アーリンドラか? 訓練用の中庭まで来い」
『畏まりました』
突然の連絡でもあるというのにアーリンドラは即座に答える。
そしてすぐさまレイの横に転移魔法で飛んでくる。
「……一体何をしていたので?」
現れてカレンを見るなりアーリンドラはそう呟いた。
アーリンドラはハイエルフの魔法使いだ。
身長は百八十センチと女性としては高身長。
銀髪碧眼の鋭い目つきの美女だ。グラマスな体をしており、女性的魅力の強い体をしている。
魔女らしい黒いローブに同じく黒のとんがり帽子を被っている。尖った耳には水晶のピアスを付けている。
その手には杖ではなく煙管を持っている。
「ちょっとした模擬戦だ」
レイがコーヒーをすすりながら回答する。
「カレンが怪我をしたので直しやれ」
「わかりました」
アーリンドラはカレンの元まで歩く。
「
アーリンドラは第三環の魔法を行使する。
魔法には第一環から第十環までの段階がある。最低が第一で最高位が第十だ。更にその上の通常の魔法の理を超えた無環魔法まである。
アーリンドラは第十環に加え無環魔法まで行使できる数少ない魔法使いだ。
レベルも八十七と非常に高い。だが治癒系の魔法は第三環までしか行使できない。
魔法を受けたカレンは傷が時が戻るかのように治っていく。
「うぅ……アーリンドラさんありがとう……」
カレンはアーリンドラ相手にはさん付けをする。
余り話す事がないというもあるが見た目も実際も年上の女性という事もあって畏まるのだ。
「よし!」
カレンはがばっと起き上がると姿勢を正す。
「ライカード! もっかい模擬戦お願い!」
その言葉にレイは驚く。
あれだけぼこぼこにされたのにまだやる気があるのか、と娘の本気度をわかっていなかったのだ。
本気度をわかっていたライカードは驚くことなく「わかりました」と了承する。
「せっかくだ。アーリンドラも見ていくか?」
「……そうですね。見させていただきます」
アーリンドラは第四環魔法
椅子に座りカレンとライカードの訓練を見守る。
その姿は母親が子を見守るのに酷似していた。
■
「冒険者に成るには知識も必要だ」
というレイの言葉によってカレンは勉強室に連れてかれた。
勉強室は机と椅子が一つずつと本棚が六つあるそこそこの広さの部屋だ。
五つの本棚にはぎっしりとモンスターや魔法に関する本が入っている。
だがこれでも魔王城が有する書物からすれば微々たる量だ。
「という訳で、教師は私よ」
アーリンドラがそう微笑んだ。
カレンは椅子に座り生徒らしく振る舞う。
「よろしくお願いします! アーリンドラさん!」
「はいよろしく。じゃあまず基礎からいこうと思うのだけど……まずは魔法について勉強しようかしら」
「お願いします」
さて何から話したものか、とアーリンドラは考える。
弟子や生徒を持った事など無い。部下を持ったことは魔王軍時代にあるが、それらは配下であって生徒なんかではない。
まぁなるようになるかと投げやりにアーリンドラは考える。
「まず魔法だけど、第一環から第十環まであるのは知ってるわよね?」
「はい。そこら辺は普段の会話で何となく察してます」
「よろしい。ではなんで別れてるかは知ってる?」
「知りません!」
堂々と無知を晒すカレンにアーリンドラは頭を抱えそうになるが堪える。
「まず、この世界には神器と呼ばれる神々が残した遺物があるわ」
「そうなんですか?」
「ちょっと本題からずれるから神器に着いてはまた今度、兎も角神器があるの。その神器の内の一つ、
「全ての?」
「そう、全て。人類が未踏とされる第十環の魔法も書いてあるし、新しく魔法を作ればその魔法も載るという代物。それに分類も載られるため人類は第なん環の魔法の魔法かを判別しているの」
「へー」
「あんまり理解してないわね……今度テスト出すのでちゃんと聞く様に。ではその魔法だけど、一般的には──」
カレンとアーリンドラの授業は続く。冒険者に成る為の勉強は続くのだ。
■
それから、四年の時が経った。
かつてと同じようにレイはメイド長であるヌルを横に訓練用の庭で椅子に座っていた。
対峙するは成長したカレンとライカードだ。
カレンは身長も伸び、かつては百五十センチだった身長も十センチも伸び百六十センチにまでなった。
体付きもすらっとしており女性的な魅力にも溢れている。レイは変な男がすり寄ってこないかと心配になった。
対するライカードは何も変わらない。彼はホムンクルスだからだ。
ホムンクルスとは魔法的手段のみを持って作り出される人工的な種族だ。
生れた時から姿かたちが決まっており、成長しない、不老性を持っている。
レベルが生れた時から決まっておりライカードはレベル三十のホムンクルスとして生まれた為レベル三十である。
だが成長できないというデメリットがある為如何に努力しようが殺戮をしようがレベルが永遠に三十のままである。
お互いに無言で見つめ合う。手にするのは木剣だ。
「せやぁ!」
先に動いたのはカレンだ。
かつてはへっぴり腰だった動きも今は洗練されている。戦士として優れた動きだ。
突き出された突きに対しライカードは剣で弾く。
だが元から弾かれる前提で突いていたカレンはそのまま次の突きへと移る。
五連撃。だがライカードは難なく弾く。
「はぁ!」
大上段からの大振り。
ライカードは剣を挟むことで防ぐ。
「ぐっ……」
だがパワーではライカードが負けている。カレンは華奢な体をしているが実のレベル相応に肉体能力が高い。
カレンのレベルは実に三十。熊やオーガなんかより力が強い。
ライカードの剣が弾かれた。
しまった、と思う頃にはもう遅い。カレンはライカードの首筋に剣を向けた。
「……私の負けです、お嬢様」
ライカードは剣を捨て、両手を上げて降参のポーズをとった。
「私の勝ちね! 見てた! お父さん!」
カレンはやった、と喜び前と同じように黒曜石の椅子に座っている父レイに話しかける。
「ああ、見ていたとも。強くなったな」
レイはうんうんと頷く。
ちょっと予想以上に強くなり過ぎたとも思いながら。
レベル三十というのは国家に数人いるか、というレベルの人材だ。国が勧誘しにくるレベルだ。
その気になれば街の一つや二つ──同格が居ないという前提がいるが──単機で攻め落とせるレベルだ。
これには流石の魔王も苦笑い。
レイはカレンの元まで歩き、ぽんぽんと頭を撫でてやる。
カレンはだらけた笑みを浮かべた。
「じゃあ、早速明日から冒険者に成る!」
その言葉にレイは苦い顔をする。
冒険者に危険はつきものだ。如何にレベルが高かろうと死ぬことは稀にある。
そもレベル差でレジスト出来たりする魔法は兎も角物理的トラップ──例えば一万メートル落下する落とし穴や水中に閉じ込められるトラップなどで容易く死ぬことはあるだろう。
勿論
それ以外にも時間操作や即死魔法、溺死や病死、呪い等死因を上げればこの世界では限りが無い。それら全てに対処するにはレベル三十では足りない。
自分と同じレベル九十代にもなれば素の肉体能力で大抵の事には耐えれるし、
だからこそ、レイは心配する。親として子が死ぬかもしれない職業に着かせるのは嫌なのだ。
一分の沈黙ののち、レイは口を開けた。
「わかった。では余も冒険者に成ろう」
その言葉にメイド長ヌルとライカードが驚愕の顔をする。勿論カレンもだ。
「お父さんが冒険者?! 魔王なのに?!」
「魔王が冒険者に成ってはいけないという規則はないだろう」
「いやないだろうけど! ていうかお父さんも私の冒険に着いて行く気?!」
「そうだが?」
「そうだが? じゃないよ! 嫌だよ! 父同伴の冒険とか!」
レイはカレンの「嫌だよ!」という言葉に驚愕し固まる。
「魔王様。カレンお嬢様は既に十六。独り立ちする年齢です。だというのに親同伴というのは駄目でしょう」
「…………十六等赤ん坊に手が生えた程度の年頃だろう。百年以上生きている余からすればまだ子供だ」
レイの年齢は二百五十三歳である。
レイは人間ではあるが
「ならば父を超えてみせよ。それならば余も安心して冒険に送り出せるというものだ」
「……わかったよ、じゃあ父越えやってやろうじゃん!」
という訳で、カレンとレイは一定の距離をとる。
「本気で行くよ」
カレンは左腕に付けた腕輪から
先程は着けていなかったルビーのネックレス。大小さまざまな宝石が着いた指輪を十個取り出す。
腕輪は
名の通り無制限にアイテムを仕舞う事が出来るアイテムだが、欠点として色々入れると何処に何があるかわかりにくくなるという物がある。
秘宝級のアイテムだ。
この世界のアイテムにはランクがある。
下級、中級、上級、秘宝級、聖遺物級、伝説級、の六段階だ。
レイの普段装備は最高位の伝説級である。
普段装備に各耐性の指輪を付けている。カレンも似た様に耐性系の装備で揃えている。身体能力強化等は持っていない。
レイもカレンも同じような指輪を付けている。
時間操作、疾病、毒、呪詛無効系の基本の耐性は揃えている。
ただカレンは普通に指輪を付けているがレイは骨に指輪を付けその上で肉を付けている為目には見えない。
レイの手は大きいのと骨を小さくしている為
カレンは指輪を十個付け、本気になる。
これで疲労も無効化されたため長時間の戦闘が可能になるだろう。
武器も
カレンの十三歳の誕生日にあげた剣である。
鎧等は着けていないが、完全武装。殺る気満々である。
「いいぞ。父の力を見せてやる」
対するレイは何の武器も持たない。指輪を付けてはいるが手には見えない。
「はぁ!」
カレンが剣を持って疾走する。
正しく風の如き速さだ。常人では視認すら出来ない。
下からの切り上げ。レイは右手の拳で剣を弾いた。
だが弾かれる事など想定内。カレンは続けて振り落とすもレイはそれも弾く。
カレンは後ろにジャンプし距離をとる。
「せやぁ!」
カレンは虚空に向かって剣を振るう。
<空斬>は初歩的な戦士の遠距離攻撃手段だが高レベルになっても使える
威力、飛距離共に使用者のレベルに依存する。カレンレベルならばアダマンタイトまで斬れるだろう。
そんな飛ぶ斬撃はレイの目の前まで迫り──レイは片手を虫を払うように振るうだけで霧散させた。
レイのレベルは九十七。アダマンタイトなんて握り潰せるし、引き裂ける。
その自身にとっては肉体も下手な鉱石を優に上回る強度を持つ為この程度の飛ぶ斬撃など脅威にはなりはしない。
だがカレンも当然それは分かっている。
<空斬>を目くらましにレイの背後へと回る。
そのまま体を上下真っ二つに斬ろうと剣を振るう。
「見えてるぞ」
だがレイは首を百八十度回転させその動きを見る。人間では出来ない動きだ。
レイは下半身も回転させカレンの腹に蹴りを入れる。カレンは吹っ飛んだ。
レイはすぐさま体を元に戻し吹き飛ばしたカレンの横まで走る。
そして見せつける様にカレンの真横にスタンピングを入れた。
「余の勝ちだ。つまり、カレンの冒険に着いて行くぞ」
「………………わかった」
カレンはそれはそれは嫌な顔をしながら了承した。
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